第3章 発見

※本文に出てくる人物の名前は仮名です。


 附属池田小事件において大人で最初に事件を感知したのは2年西組の担任・岩下律子教諭だった。彼女が受け持った自分のクラスの2時間目の授業が終わらんとするときに自分の目の前で児童が侵入してきた男に刃物で切り付けられはじめた。

 しかし彼女の不手際ゆえか、それとも不運な不可抗力ゆえか、彼女から他の学校関係者に事件発生が伝えられることはなかった。岩下教諭は当初は教室内の内線電話で職員室に電話をかけたが繋がらなかった。そして(児童らを置き去りにする形で)2年西組を離れたあと110番通報を行うために事務室へ走ったが、そのあいだ他の教諭や学校職員とすれ違うことはなかった。


 不審なことには岩下教諭による110番通報は8分間もの通話時間を要していることが判明している。彼女の伝え方が支離滅裂で大阪府警が何度も聞き返す羽目になったのかもしれない。あるいは逆に問題は警察の側にあって、岩下教諭の訴えを理解できなかったり何度も聞き返したりしたのかもしれない。事件があったのは6月上旬。配属されたばかりの新人警官による拙い電話対応があったのかもしれない。

 いずれにせよ、もはや真相は藪の中である。事件の遺族たち、殊に岩下教諭が受け持っていた2年西組の児童で犠牲になった坂本亜紀の父親は大阪府警に通報記録の開示を求め続けたが府警は拒み続けた挙句、やがて資料の保存年限切れを理由に記録を廃棄したという。



~発見①・校舎1階玄関ホール~


 結局、当初は現場に居合わせなかった教諭たちが事件の発生を知ったのは現場に居合わせて目の前で友達が襲われたことを告げた児童たちを介してのことだった。当初は被害者の人数も被害の程度も、それどころか襲撃してきた男の所在すら、何もかが分からない混乱状態だった。

 玄関ホール近くで倒れる女子児童が「発見」されたのは、訳も分からずに駆け回る女性教諭によってだった。2年南組で襲われた駒田裕希だった。教室から廊下をここまで逃げてきて力尽きたのだった。

 実は先述の岩下教諭が通報のために事務室へと駆けていたときに、倒れる駒田裕希の姿を確認している。岩下教諭がいた2年西組が襲撃を受けているときに既に2年南組は襲われた後だったのだ。しかし混乱状態だった岩下教諭は駒田裕希に何もすることなく、すぐそばの事務室へと入って行ってしまった。


 大阪教育大学附属池田小学校の制服、特に女子の夏服は標準的に見えて実は少し凝ったデザインである。前から見ると大きい丸襟の白い半袖ブラウスの上から胸元がV字に開いた紺色のジャンパースカートという普通のデザインなのだが、ジャンパースカートの形状に特徴があって背面が大きくY字状にカッティングされている。体の前面より背面の方が白いブラウスの露出が大きい。脇の下は腰ひもの部分まで全開である。涼しさと子供ゆえの活発さに配慮したためだったのだろう。

 うつ伏せに倒れる駒田裕希は背中を3ヵ所も刺されていた。白いブラウスは血に染まるという段階をもはや通り越し、服が吸収できない血がツーと流れ落ちている状態で、滑らかに光っていた。まるでビニールのような光沢すら放っており、あたかも赤いジャンパーを着ているかのようだった。

 駒田裕希にはまだ微かに息があった。倒れる彼女を見つけた女性教諭はどうしてよいか分からず、ただただ駒田裕希の手を握った。そしてそのまま彼女は間もなく事切れた。



~発見②・校舎1階テラス~


附属池田小学校に最初に到着した救急隊は箕面37号である。到着時刻は10時30分。受け入れる学校側も混乱していた。そもそも被害の全体像がまだ皆目見当がついていなかった。何年何組の何という名前の児童が襲われたのか、という以前にどこに児童が何名倒れているかということすら判然としていなかったのである。

箕面37号は学校に到着したものの、誘導すべき学校職員が混乱しているためにすぐに校舎へと向かうことはできなかった。続々と後続の救急車が到着するなか、先陣をきって校舎に向かったのは到着から数分経ってからだった。


救急車を停めたグラウンド前の広場から校舎までは高低差数メートルの階段を昇る。そして階段を昇りきったところで、テラスにうつ伏せに倒れる坂本亜紀(2年西組・7歳)を「発見」した。

教諭たちには児童たちからテラスで倒れている女児がいるとの報告は複数寄せられており、坂本亜紀の横を通過した学校職員もいたが、混乱の極みのなか、何の処置も行われていいなかった。

箕面37号の3名の救急隊員たちは狼狽した。血の海だった。ともすれば女児自身の身体よりも大きな血だまりの中に小さな身体が横たわっていた。背中を刺されているらしく、制服の背中も血染めだった。

坂本亜紀を仰向けにする。顔、首、腕、手、胸、腹、脚、足、全てが血まみれである。背中だけはでなく、腹部にも刺された部位があるようだった。

しかし、これだけの惨状にもかかわらず、彼女にはまだ息があった。箕面37号は急いで自分たちの救急車まで運び、最低限の処置ののちに大阪大学医学部附属病院へと搬送を開始した。



~発見③・2年南組~


 混乱が続く現場だったが、それでも少しずつ秩序を取り戻しつつあった。グラウンドには無事だった児童が全学年全員集められ、整列して座らせたところ周囲を教諭たちで取り囲んで守った。校舎1階では1年生と2年生の児童多数と教諭数名が倒れていたが、負傷者本人や周囲の者からの助けを求める声に応じて救急隊が向かっていった。言い換えれば静かな場所には目も足も向ける余裕がなかった。


 先述のとおりグラウンドに集められた子供たちだったが、1年生と2年生では人数が合わないクラスが幾つもあった。この時点では襲撃を受けた中でも2年西組と1年南組の被害は特に大きいという情報が共有されていた。ゆえにこの2クラスの人数が揃わないのは当然だったのだが2年南組が女児ばかり数名足りないことに大人たちは誰も気がついていなかった。この場に2年南組の担任教諭がいれば見当たらない教え子がいることに気づいただろうが、この教諭は1年南組で犯人を取り押さえる際に頭部を負傷して治療のため不在だった。


 警察官の一人が、校舎のどこかにまだ震えながら身を潜めている子がいないか探すつもりで校舎1階テラスへ足を向け、2年南組に足を踏み入れた。我が目を疑った。

 教室内のどこに目を向けても鮮血が視界に入ってきた。血だまり、血しぶき、点々とした血痕・・・そして倒れる3名の女子児童を「発見」した。3人ともうつ伏せで、血の海の中で大の字になってピクリとも動かなかった。10時35分ごろだった。


 後日判明したのは、この2年南組が最初に襲撃を受けたという事実だった。推定時刻は10時10分過ぎ。最初に襲われた教室の子どもたちが一番最後まで、なんら手をつけられることなく放置されてしまっていた。

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