第2章 2年西組

※本文に出てくる人物の名前は仮名です。


~2年西組の女子児童の回想~


 あの日、2時間目の終わりに私たち2年西組は席替えをしました。後になって思えば、あの席替えがなければ違う結果になっていたのかもしれません。おそらくあの教室にいた全員が、先に襲われた隣の2年南組の異変に気づいていなかったはずです。席替えのために教室が賑やかになっていなければ気づく機会があったかもしれません。


 もとより2時間目と3時間目の間の休み時間は少し長めで、2年南組は早々に授業を切り上げて大勢の同級生たちが校庭に遊びに出ている様子が2年西組の教室内から見えました。私たちも早く授業が終わってほしいと思っていたときでした。教室後方のテラス側の扉から男の人が無言で入ってきました。担任の岩下律子先生(女性・20代)は黒板に書きものをしていて気づかない様子でした。席替えの結果、私は後ろの方のテラス近くの席になったので、すぐに男の人に気づきましたが他のクラスメイトたちの大半も前を見て座っていたので男の人が入ってきたのを知らないようでした。


 男の人は箸蔵真由美さんの真後ろで止まりました。右手が振り上げられてやっと、男の人が包丁を持っていることに気づきました。箸蔵さんが背後の男の人に気づいて振り向こうとした瞬間、包丁が箸蔵さんの背中に振り下ろされました。周囲が騒然としました。岩下先生も大変な事態に気づいたようでした。岩下先生は慌てて教室内の電話を取って、たぶん職員室へ連絡を試みていましたが繋がらなかったらしく、程なくして断念したみたいでした。

 男の人が包丁を振り回します。見境なくクラスメイトが切りつけられます。岩下先生が叫びました。「みんな逃げて!」と。そして先生は廊下を走っていきました。

 先生はどうすればよかったのでしょうか。男の人は背が高くて頑丈な身体でした。小柄な女性の先生が一人で立ち向かって何ができたのでしょうか。逆に先生も襲われたでしょう。周囲に助けを求めて叫ぶべきだったのかもしれません。しかし、職員室に繋がる電話に誰も出てくれなかった時点で周囲に助けを求めるのを断念したのかもしれません。とはいえ、私たち子供たちは先生が教室からいなくなってしまうとは思ってもいませんでした。

 子供たちだけが残された教室はパニック状態から修羅場に状況が悪化しました。テラス側の出口に群がるクラスメイトに次々に刃が振り下ろされます。突然、私は背中に強い衝撃を覚えました。


 我に返ったときには既に男の人の姿はなく、騒然としていた教室は静かになっていました。教室内のあちこちに倒れるクラスメイトのうめき声が聞こえました。

 私はうつ伏せに倒れ込んでいました。背中をやられたみたいでした。深く呼吸をすると激しい痛みが走ったので浅くゆっくりと呼吸しました。少し経って冷静になってきたので改めて周囲を見渡すと、最初に刺された箸蔵さんが私のすぐ近くにうつ伏せで倒れていました。苦しそうにうめき声を上げていました。刺された背中は一面真っ赤です。私が「真由美ちゃん」と呼びかけると会話はできなかったものの反応がありました。そして私たち2人は手と手を握り合いました。私は右手で箸蔵さんは左手で。

 そして程なくして箸蔵さんは事切れて動かなくなってしまったのです。


 それからしばらくして岩下先生が戻ってきました。そして教室のありさまを見て座り込んでしまいました。先生は教室内に倒れる子供たちに声をかけて回りましたが箸蔵さんだけは反応がありませんでした。

 岩下先生は箸蔵さんを抱きかかえて「どうして誰も助けにきてくれないの・・・」と呟きながら涙を流していました。ようやく男の先生が助けに来てくれたのはそれから更に少し経ってからのことでした。

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