第81話 プロジェクト▪雪ウサギ9

◆ナレーター視点

(バッグミュージック▪地上の雪ウサギ▪作詞作曲▪中島雪ウサギ)


「はあ?ビール瓶は貸し出しだから納品本数分、返却しろだと!?」


「はい、それでお願いしたいのですが」

「おい、おい、そんな面倒、店側に押し付けるんかい。皇国エールは何時からそんな御大尽商売するようになったんだ!そんな事をさせるなら、もう皇国エールは扱わねぇぞ!」


「………いいんですか?」

「あっ、何がだ?」


「実は、皇国エールの瓶を転売する事例が起きてまして、窃盗の疑いで皇国憲兵に訴えに行こうかと考えております」

「………何、だと?!」


、そうした事も、私共の販売の仕方が悪かった、との反省もありますので、これ迄の事は不問にしていこうかと」

「ああ、おお、そうだろうさ。瓶の返却が義務なんて聞いてなかったからな。そうしてくれると有難いな」


「では、次回からは、納品時に瓶を返却頂くという事でお願い致します」

「し、仕方ねぇな」


「………」

「………」



バタンッ

「ふう」


ハンス氏は皇国エール顧客店を出ると、大きくタメ息をした。

まさか自分がこんな駆け引きをするなんて、思ってもいなかったからだ。

しかも交渉している内容は、自身に帰ってくるブーメラン。

正直、精神的な疲れはハンパない。


だが、今日までで販売先は粗方回れた。

これからは本当の意味で、皇国エールの真価が問われる事になる。


現在、妖精印はモルト君が居ない為、工場は停止中だ。

だが、倉庫には計画生産した在庫がある。

推定だが皇国での販売量から察するに、半年分の在庫になる。

つまり、妖精印ビールはモルト君が居なくても、半年間は出荷が可能なのだ。



「どちらにせよ、正攻法でどれだけシェアを確保出来るかです」


ハンス氏は思った。

これからが勝負だと。


そうは言っても、彼にとっては妖精印も大事な取り引き相手。

複雑な心境だが、両方とも個別の顧客で住み分けられればそれが一番だと思う。





ガキョンッガキョンッガキョンッ


数日後、自動瓶詰め機がフル稼動し、皇国エールは順調な滑り出しを見せていた。

すでにターナーが仕込み終えた七つの大樽のうち、一つ目の樽がカラになった。

慌てたターナーは、すぐに仕込みに入ったが、既に次の樽が半分になっている。

出荷量からすると、独占状態だった頃には及ばないものの先ず先ずの出荷量だ。

このままでは何れ、新規に従業員を雇うしかないだろう。


皇国エールの評価は昔ビール。

妖精印が現代風のビールだとすれば、皇国エールは昔ながらの懐かしのビール。


あのモルト君が狙っていた通り、上手く住み分けが出来たようだ。

また、瓶による高級感と特有の味わいは、今後も安定した人気を博す事になるだろう。


なお、瓶の返却も上手くいっている。

割れた瓶については、欠片も回収で顧客は了承済みだ。



「モルト君、ハンスさん、本当に有り難う。とにかく皇国エールは、やっていけるだけの売り上げを確保出来る様になったわ」


レサは心からモルト君、ハンス氏に感謝を述べた。

後ろの工房では、忙しくターナーが仕込みをしている。きっと彼も二人には感謝している事だろう。


「良かったです。独占ではないから、かつての量まで戻るのは難しいですが、恐らく安定的な物量で今後もいけるでしょう」

「私も貢献出来る事になって良かったです。今後は共にもり立てていければ幸いです」



赤ヘルのモルト君、頬を染めたハンス氏、レサの感謝に嬉しさを隠し切れない。

こうして、モルト君とハンス氏による皇国エール立て直し作戦は大成功となったのである。



パシュンッ、パシッ

「はい?」、「「!?」」


三人が皇国エールで話ていると突然、モルト君のヘルメットに何かが当たった。

レサとハンス氏が音に気づいて、モルト君に目線を移したが、そこにモルト君は居なかった。


「え?モルト君?!」

「あれ、モルト君が居ない?」


レサ、ハンス氏が辺りを見回したが、モルト君を発見する事が出来ない。

それもその筈。

モルト君はその頃、空を飛んでいた。



「ふえっ!?ボクは一体ど~なってええーっ???」


モルト君が空を飛んでいるのは、自身の羽根によるものではない。

実はモルト君は気づいてないが、彼のヘルメットに釣り針が掛かっていた。

それにより強引に引っ張られ、あたかも空を飛んでいる様な格好になっているわけだ。


バコンッ

「むぎゅっ!?」


見事に何か、固い壁面に当たったモルト君。

果たしてその運命は?



フッ

落ちたモルト君、壁に当たったが釣り針に引っ掛かった状態でぶら下がっている。

釣り針には糸が付いており、その糸の先は長竿に繋がっていた。


そしてその竿を振るっているのは、冷たい目をした一羽の雪ウサギ。

その目は間違いなくスナイパーの目だ。


「……………」


彼はまるで竿を銃を構えるように扱い、器用にモルト君を手繰り寄せていた。

果たして、可愛い姿に冷酷無比に見えるその瞳を持つこの雪ウサギは一体、何者なのだろうか。


ふと、その傍らに停車するのは大型トラック。

そう、先ほどモルト君がぶつかった壁は、このトラックの銀色の車体だったのだ。


完全に丘に上がった魚状態のモルト君。

針に引っ掛けられたまま、脱力感でゆらゆらと揺れるしかない。


その揺れた先、モルト君の目に冷酷な目を持つアンバランスな雪ウサギが映る。



「き、君は、G13?!」


モルト君は、彼の正体を知っていた。



彼の名前はG13ジーサーティ


妖精印ビールの運搬係にして大型トラックの運転手、スナイパーを自称するただの雪ウサギである。


はて?

ところで誰かを忘れている気がするが、気のせいだろうか。

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