第57話 商人

『……』

『……じ』

『……あるじ!』


んん?誰か呼んでますかね?


あるじ!!』

ガバッ「はいぃって、痛!?」


『我だ、あるじ

「痛たた、はい?ヒューリュリ様?」


ガンガンッ


あう、頭、痛ーーっ、ヒューリュリ様に起こされた様です。私、いつの間にか、眠っていましたか。

痛っ、え、じゃあ、この頭痛ずつう、二日酔いって事ですかね!?


辺りを見回すと、ウサギのしかばね累々るいるいと、じゃなかった、飲んだくれて寝転んでる雪ウサギで埋め尽くされている中、ヒューリュリ様が警戒しつつ、あさっての方角を見ながら私に声を掛けてきます。


何で、あさって?

私がヒューリュリ様の向いている方向に目をやると、そこには壁のパントマイムをしているボーイスカウト風な中年男性、約一名。


【怪し過ぎる】


ヒューリュリ様が、警戒するだけの事はあります。

あら、ところでヒューリュリ様もビールを飲んでましたよね?大丈夫なのかしら。


グルルルッ『あるじ、指示をくれ。あの人間は倒しても構わないか?』


「駄目です。まずは話し合いです。ところでヒューリュリ様、酔わなかったんですか?ビールは飲んでましたよね?」

私の言葉にヒューリュリ様は、何故か悲しそうな顔をしました。哀愁あいしゅうただよいます。なんで?


『我がビールを飲んでいたら、奴らに横取りされたのだ……だから、、一杯分しか飲めなかったのだ』


ああ、なるほど。

ヒューリュリ様がお持ちのは、小ジョッキ。今どき、小ジョッキ一杯で酔う人間はいません。しかもヒューリュリ様は、人間よりもやや大きいサイズ。小ジョッキで酔える筈もあません。

ビールタンクを見ると、コックの下に折り重なる雪ウサギの山。バナナの叩き売りですかね。一山、何円?


あるじ、それより、この人間はどうするのだ。箱庭には入れないようだが、この場所を特定されるのは不味い』


「私が話しますから、ヒューリュリ様はそのまま待機して下さい」

んーっ?

何か、あった気がしますが、思い出せません。なんでしたっけ?

あら、二日酔いで頭を抱えながら、一羽の雪ウサギが前に出てきました。何か、言いたい事があるようです。何でしょう。


『女王様、オ忘レデスカ?商人トシテ、ビールノ取リ引キヲシタイトノ申シ入レガアリ、ゴ報告イタシマシタ』

「はい。お忘れでした。商人ですか」


雪ウサギは、人語を解する事は出来ませんが、思考を読む事は出来ます。つまり、間接会話が成立するんです。


それにしても、妙ですね。

こんな森の奥に、偶然に商人が来る事があるでしょうか。オルデアンちゃんの話では、ここは道から外れた、かなりの森奥の筈です。

アルタクスさんか、テリアさんの関係者じゃないかしら?

なら、何か別の目的があるはずです。


さて、私はパントマイム男の前に立ち、手を前に出しました。

【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】の障壁しょうへきの解除です。こうして、個別に対象を指定しないと、【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】に入る事は出来ません。

ちょっと面倒ですが、何事も安全の為です。


「そこな男性、障壁しょうへき解除」


「うわお!?」ドサッ

あらら、丁度、見えない障壁しょうへきを叩いている時に解除してしまって、男性は前のめりに突っ伏してしまいました。

丁度、お顔が私の目の前です。

大丈夫ですかね?


「痛たたた、急に見えない壁が消え?!」

「大丈夫ですか?」


あらら、私を見た男性がフリーズしてしまいました。どうしましょう?


「よ、」

「よ?」

よっちゃんイカ?美味しいです?


「妖精だぁ?!!」


「ひゃう!?」

またまた、耳が鳴ります法隆寺です?!

キーンです!キーン!!!


私はムンクのような男の叫びに、あまりに耳が痛くて、耳を塞ぎながら、雪ウサギの山の陰に逃げ込みました。前もそうでしたけど、私の耳は、やたら人の声が大きく聞こえるようです。

って、耳元で叫ばれれば当たり前ですか。


そーっと、雪ウサギの陰から覗きますが、男は地面に腰を落としたまま、今度は違う方向を見ながら冷や汗をかいてます。

んん?

ああ、男の見ている方向は、ヒューリュリ様がいる方向ですね。今度は恐怖でフリーズですか。忙しい人です。

はあ、仕方ない。また、出ていきますか。

あ、でも、初対面だからちゃんと挨拶しないといけませんか。

「はーい、えーと?ハロー、良い天気ですね。息してます?」


は?

私、今の、また変な挨拶でした!?

んん、まあ、それどころじゃないみたいです。男性は、私の挨拶に気づかず、ヒューリュリ様から目を反らす事が出来ないようです。仕方ないですね。


私は飛び上がると、ヒューリュリ様と男性の目線の間に割り込みます。



ああ、やっと気づいてくれた様ですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る