第12話「泣きだしたあの子」

 佑葉が入院している病院から自宅に戻った俺はベッドに入って一眠りし、目覚めたのは夕方。


 学校はすでに終わっている時刻で、俺は家を出て隣の家のインターホンを押した。


「……何よ」


 玄関から出てきたのは美梨奈だ。


 美梨奈に伝えなければならないことがあったのでインターホンを押したのだが、それよりも先に確認しなければならないことがある。


「こないだ俺にキスしたよな」

「あ、改まって言われると恥ずかしいからやめてくれない?」

「それは俺のことが好きってことでいいんだよな?」

「……そ、そうだけど、何か文句ある?」

「ごめん。俺、佑葉のことが好きなんだ。だから俺は美梨奈とは付き合えない」


 俺は美梨奈に自分の気持ちを伝えることにした。


 恐らくではあるが、佑葉が昨日から今日にかけて姿を現さなかったのは俺が美莉奈にキスしている場面を佑葉が目撃したからだろう。

 その場面を目撃した佑葉は俺と美莉奈に気を遣って俺には近づかないようにしたのではないだろうか。


 俺が佑葉の立場でもそんな場面を目撃してしまえばキスしていた二人は付き合っていると勘違いするだろうし、そうなったら近づくのはやめておこうと考えるのは自然なことだ。


 佑葉が階段から落ちてきて保健室に運んだとき、俺は佑葉のことが好きなのかも知れないと思った。

 あの時はそう思った瞬間に佑葉が幽体離脱をしている姿を見つけて驚いたので深く考えることをやめてしまったが、やはり俺は佑葉が好きだ。


 佑葉がいなくなって、やはり佑葉は俺にとって大切な存在なのだと気づいた。


 生身の佑葉と直接話したことはないが、幽体離脱をしている佑葉と過ごした時間は生身のまま話す時間の何倍も濃い時間だったと思う。


 幽体離脱が体に悪影響を及ぼさないのであれば、このままでもいいのではないかと思ったこともある程だ。


 とはいえ、今回こうして佑葉が自分の体に戻るのが遅くなってしまい、幽体離脱したままでいいとは思えなくなってしまった。


 美莉奈には申し訳ないが……。


「そう。まあ知ってたけどね」

「……は? 知ってた?」

「うん。知ってた」


 美莉奈からの予想外の返答に俺は目を丸くした。


「な、なんで⁉︎ 誰から聞いたんだよそんな話⁉︎」

「いや、アンタの行動見てたら嫌でも気付くわよ。このままだとまずいと思ってなんとか私のことを意識させようと無理やりキスしてみたんだけど、やっぱりダメだったみたいね」


 ちょ、ちょっと待って。


 幽体離脱した佑葉と話しているところを目撃されて、一人で喋ってる変な奴認定されたところまでは分かるんだが、何で俺が佑葉を好きだって気付かれてるんだ⁉︎ そんな素振り見せた記憶ないぞ⁉︎


 とはいえ、キスされて美莉奈のことを意識したのは事実なので美莉奈の思い通りだったわけだ。


「意識させるためにキスって……」

「仕方がないでしょ。こちとら小学生の頃からずっと好きだった人が別の人に取られそうになってたんだから。なりふり構っていられるほど甘い状況じゃなかったのよ」

「--っそ、そうだったのか⁉︎」

「そうよ。でももう諦めるわ。しつこ過ぎると嫌わへちゃうし。佑葉ちゃんと仲良くやりなさいよね」

「あ、ちょ、美梨奈⁉︎」

「べ、別に気を遣ってもらわなくてもいいから。もっといい人見つけて付き合うし」

「そうか……」

「私の前で当てつけみたいにイチャイチャされたら流石に殴るけどね」

「そんなことしなぇよ‼︎」


 俺は佑葉と生身の姿では会話をすることができないので、人前でイチャイチャすることはないだろう。

 まあ生身の佑葉と会話できるとしてもイチャイチャしないだろうけど。


「ふんっ。それじゃ」

「み、美梨奈‼︎」

「……何よ」

「ありがとな」

「……どういたしまして」


 そう言って自宅へと入っていく美莉奈の声が震えていることを見て見ぬ振りする気にはならない。


 美莉奈のためにもなんとかして佑葉が幽体離脱しなくなる方法を見つけることを決心して自宅に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る