③日常

第6話 「勝手に家に来るあの子」

 佑葉が幽体離脱をしていることを知ってから一ヶ月が経過した。


 しかし、未だに佑葉が幽体離脱しないで済む方法は見つかっていない。


 どうすれば佑葉が幽体離脱しないようになるかと頭を抱えながら下校している途中、靴屋のショーウィンドウの中に厚底の靴があるのを見つけた。


 身長がそこまで高くないことがコンプレックスだった俺は常日頃からどうすれば身長が高くなるだろうかと考えているので、厚底の靴という即効性の高い対策には思わず目が留まってしまう。


 これがあれば俺も170センチ超えれるんじゃねぇか……。


「旭陽さんは今のままで十分素敵ですよ?」


 そんな声が耳元で聞こえた俺は焦って後ろを振り返った。


「びっくりするだろ!‼︎ 急に耳元で囁くのはやめろって何度も……」

「ちょ、旭陽さん、声‼︎ 声‼︎」


 佑葉に指摘されて俺は自分が周囲からの注目を浴びていることに気が付いた。


 俺からしてみればただ佑葉と会話をしているだけなのだが、周囲の人間から佑葉の姿は見えていないので、ただ俺が一人で会話をしている変な奴に見えていることだろう。


「ったくもう……」

「旭陽さんは周りに人がいるときは私に話しかけれませんからね。でも私は話かけ放題なので……。大好きですよ」

「--っ!?」

「ふふっ。冗談に決まってるじゃないですか~。今振り向いたらまた変な人だと思われますよ〜?」


 こいつっ……。


 俺が話しかけられないのをいいことに調子に乗りやがって……。


 周囲を見渡して佑葉が俺の周りに寄ってこないようにけん制したいところだが、俺以外の人には佑葉が見えていないだけに、俺がキョロキョロと周囲を見渡していると挙動不審で危険な人間だと思われてあらぬ疑いをかけられる可能性もあるのでそれはできない。


「もしかして本当に勘違いしちゃいました? 勘違いしちゃいました?」


 明らかに最初話した時からキャラ変わってるだろこいつ。


 その後も俺はなす術なく佑葉からの口撃を浴びせられ続けながら帰宅した。






「……いや、こんなところで油打ってる暇があったら早く自分の体に戻れよ!?」

「意外と幽体離脱してるの楽しいんですよね〜」


 結局佑葉は俺に口撃を浴びせながら自宅までついてきて、俺の部屋の中をフワフワと浮いていた。


「楽しいことあるか!! こっちは毎回佑葉が元の体に戻れるかどうかドキドキしてるんだぞ!?」

「今まで戻れなかったことなんて一度もないので大丈夫ですよ。それとも……生身の私とイチャイチャしたいんですか?」

「--!? だから耳元で急に囁くなバカ!!」

「あれ~? 顔赤くしちゃって、照れちゃいました? 照れちゃいました?」


 毎度耳元で囁かれていたのでは心臓がいくつあっても足りない。

 誰だって、好きな人からっ耳元で囁かれれば驚きもするし、興奮だってしてしまう。


「照れてねぇわ。急に耳元で話しかけられれば誰だって驚くだろ」

「驚くかもしれませんけど、顔は赤くならないんじゃないですか?」

「そもそも赤くなってねぇから。気のせいだろ」

「気のせいじゃないと思いますけどねぇ」


 言われっぱなしは癪に障るので俺からも佑葉に口撃することにした。


「……」

「あれ、急に静かになってどうかしました?」

「イチャイチャはしたくないけど、生身のお前と会話をしてみたいってのは本当だよ」

「--っ!? 急に何するんですか!?」

「あれ~? 顔赤くしちゃって、照れちゃいました? 照れちゃいました?」 

「わ、私の真似しないでくださいーー!!」

「まあいつになるかは分からないけどな。楽しみにしてるよ」


 佑葉をからかうために言った言葉ではあるが、いつか生身の佑葉と話してみたいというのは本心だった。


「……私もそう思ってますし、……もし私が旭陽さんと話せるようになったら付き合ってあげなくもないですよ」

「ちょっ!? だから耳元で話しかけるのはやめろって言ってるだろ!? あとそんな嘘簡単につくんじゃねぇ!!」

「さーあ嘘か本当か、どっちですかねー!!」

「あーもうそろそろ戻れよ!! 遅くなると親も心配するだろうし」

「ありがとうございます!! それでは、お邪魔しましたー」

「邪魔するなら二度と組んな!!」


 最後に佑葉は俺の方にしたり顔を見せてから壁をすり抜けて帰宅していった。

 あいつの能力、男が使えたとしたら解決策なんて探したいと思わないだろうな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る