第3話 「リラックスできないあの子」
宙に浮かびながらこちらを見つめる城戸は目を丸くしている。
「わ、私のこと、見えてるんですか……?」
「いや、見えてるけど……」
城戸は驚いた表情でこちらを見つめているが、どちらかと言えば俺の方が驚きは大きいはず。
急に同級生が宙に浮かんで現れて驚かない人はいないだろう。
というかそんなシチュエーションまずあり得ない。
「この姿を見たのって初めてですか?」
「初めてに決まってるだろ。初めてじゃなかったらこんなに驚かねぇわ……ってえ? ちょっと待ってくれ。もしかして城戸、死ん……」
「死んでない死んでない‼︎ 死んでないですよ⁉︎」
外傷がないことを確認したとはいえ、先程階段で倒れたときにどこかを打って死んでしまったのではないかと思ったが、どうやら死んではいないらしい。
「じゃあなんなんだよこの状況」
「……私がよく倒れてるのは知ってますか?」
小学生の頃からずっと同じクラスの俺が城戸が頻繁に倒れていることを知らないわけがないだろ。
むしろそれが気になってずっと目で追ってるくらいだわ。
「知ってるよ。さっきも倒れてたしな」
「私、倒れてる時、幽体離脱してるんです」
「幽体離脱?」
幽体離脱ってあれか?
『幽体離脱〜‼︎』てやつか?
「今絶対双子の芸人のこと思い浮かべてるでしょ」
「お、思い浮かべてねぇし」
「いや、絶対思い浮かべてた」
城戸から突っ込まれた内容が図星過ぎて俺は慌てて話を変えた。
「というか、なんで幽体離脱してるんだ?」
「……詳しくは分かりません。でも、しばらくしたらいつも自分の体に戻るので心配はご無用です」
心配はご無用と言われても、頻繁に倒れてた人間が実は倒れる度に幽体離脱をしていた、なんて話を聞いたら心配にもなるだろう。
確実に元の体に戻れるならいいが、もしかしたら元の体に戻れないまま……なんてことがあるかもしれない。
「心配無用って言ったってな……」
「それより先程はご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。私が怪我をするだけならまだしも旭陽さんを危険な目に合わせるなんて……」
「いいんだよ。それより城戸、俺のこと避けようとしただろ?」
俺は厳しい目で城戸を睨む。
「は、はい……。私の都合に旭陽さんを巻き込むわけには行かないと思ったので」
「バカ。あのまま階段から転がり落ちたら城戸が大怪我するだろ? あれはあのまま俺に向かって飛び降りて来てくれていいんだよ」
「で、でもそれは……」
「俺だって昔川で溺れそうになったとき、必死になって前を泳いでた泳ぎが得意な奴の足にしがみついたもんだよ。まあそれは褒められたことじゃないかもしれないけど、それで城戸が助かるなら俺は嬉しいから」
「はっ……はい……」
「まあでもありがとな。俺のために避けてくれたのは嬉しかったよ」
「はっ、はい‼︎」
城戸はパァっとした笑顔をこちらに向けた。
「それよりそれ、どうやったら元に戻れるんだ?」
「あ、あの……リラックスして時間が経過したら元に戻れるので、旭陽さんはもう帰宅してもらって大丈夫です」
「いいのか? 何かやってほしいことがあればなんでもするけど」
「な、なんでも⁉︎ あ、いや、その、本当に帰ってもらって大丈夫です。一人の方がリラックスできると言うかなんと言うか……」
リラックスしないと元に戻れないのであれば、俺がここに留まっていては元に戻ることはできないだろう。
それならば、いつまでも押し問答を繰り返しているよりさっさと帰宅してしまった方が城戸のためだ。
「分かった。気をつけてな。一応戻ったら連絡くれよ。連絡先、交換しといてもいいか?」
「はい‼︎」
俺は城戸のスカートのポケットからスマホを取り出す。
女子のスカートのポケットに手を突っ込むのは妙な背徳感があるな……。
とはいえ目の前、いや、目の上に幽体離脱している城戸がいるので動揺していることを気付かれてはいけないと平常心を保ちながらスマホを取り出し連絡先を交換した。
これが俺と城戸が初めて会話をした理由である。
いつになったら幽体離脱しなくて済むようになることやら……。
途方に暮れそうになりながらも、腹を括って俺は城戸が幽体離脱をしないで済むような解決策を考えることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます