第7話 少女は内なる情報を受け取る
「動画部に入りたい?」
「だめかな?体験入部みたいな形でいいんだけど」
「ううん……実は部って言っても私を入れて四人しかいないんだよね。……それでもよかったら聞いてみるよ」
「うん、お願い。……ところでこの間、森で撮った動画はできた?」
「それが、なんだか変な物が映ってたんで、もったいないけど消しちゃった」
「変な物?」
「うん、スマホが上を向いたときにね、明らかに鳥とは違うおかしな生き物が飛んでるのが映ってたの」
「鳥じゃない生き物?……コウモリとか?」
「似てるんだけど、コウモリにしては大きさと形が不自然だったのよね」
「どんな形?」
「ふざけてるって思わないでくれる?……あのね、羽根はコウモリそっくりだったんだけど、胴体と頭がね……人間みたいだったの」
「人間……」
「動画部の部員に話したら、それは『緑の図書館』の門番じゃないかって言われてちょっと怖くなっちゃった」
「図書館に門番?……その子はどうしてそう思ったのかしら」
「なんかいろいろと言い伝えがあるみたい。……一応、今日の放課後も集まる予定だけど見学する?もしかしたら部員の中に『緑の図書館』に関する噂に詳しい子がいるかもしれないし、ひょっとしたら面白い話が聞けるかもしれないよ」
「そうね……お邪魔じゃなかったら参加させてもらおうかな。どこの教室でやってるの?」
「一階の第二書庫よ。週二回、一時間の約束で使わせてもらってるの。これで顧問の先生さえいればもっと大きな普通の教室を使わせてもらえるんだけどね」
「書庫なんて私、一度も入ったことないんだけど」
「そうだろうね。私が案内するから心配しなくていいよ」
私は任せろとばかりに胸を張る琴美に感謝しつつ、一方でなぜこうまで『緑の図書館』が気になるのだろうと自分自身の不可解な気紛れに首を捻った。
※
「あ、春花、待ってたよ。こっちこっち」
アルバイトを終えた後、ナイトクラスの生徒のために解放されているカフェテラスを訪れた私は、いきなり名前を呼ばれてはっとした。
「琴美……その人は?」
私は見たことのない少女と一緒の琴美に戸惑いつつ、二人のいるテーブルへと近づいていった。
「この子は
私は琴美の向かいに座っている少女を見て思わずほうとため息を漏らした。瞳が大きくエキゾチックな顔立ちは、モデルか何かだといっても通じそうだった。
「はじめまして。
私はほっとした。流ちょうな日本語を喋るところを見ると、まるっきり向こうの人というわけでもなさそうだ。
「私は風連春花。ハイブリッドクラスの二年です。……実は私もほんの二月ほど前に転入してきたばっかりなんです」
私が自己紹介をすると、悠葉は「嬉しい、私のほかにも新人さんがいたなんて」と表情を崩した。
「春花、悠葉も『女子動画部』に興味あるんだって。……いっそのこと、二人で見学に来たらいいんじゃない?」
「……えっ、いいの?」
私と悠葉は同時に同じ問いかけを口にし、思わず顔を見合わせた。
「ちょうど今から顧問になってくれるって言う先生が来るんだ。見学者もいた方がにぎやかになるしナイトクラスが始まるまでの間、体験入部して行きなよ」
「うん……ありがたいけど随分と気が早いなあ」
私が琴美のせっかちぶりに呆れていると、突然、下腹部をじわりと締め付けるような鈍痛が襲い始めた。
「……んっ」
お腹を抑えて顔を顰めた私に、琴美が「どうしたの?いつもの腹痛?」と尋ねた。
「うん……すぐ収まるから気にしないで」
私はついに来た、と思った。私の中にいる『もう一人のわたし』が、探している娘に似た波長を受信したのだ。下腹部の痛みは、私にそのことを知らせる「警報」なのだった。
「私、携帯いじってるからお腹が落ち着いたら教えて」
この「警報」が私に情報をもたらす時間はおよそ十五分。私は無言で携帯をいじり始めた琴美に、心の中で「ありがとう」と言った。
下腹部の痛みが背中の方へと回り、ずんと尾てい骨に響く鈍痛がもたらされた瞬間、私の脳裏に校舎の廊下を歩くショートカットのシルエットが揺らめきながら現れた。
――この子が、『忘れ姫』か?
私が『忘れ姫』の姿を記憶に焼き付けようとした途端、お腹の痛みと共にショートカットのシルエットがふっと消え失せた。私は安堵と失望の混ざったため息を吐き出すと、まあいいわと自分に言い聞かせた。
「収まったよ、琴美。今回は短かったみたい」
私が体調の回復を告げると、琴美は「良かったね。……今日は見学、止めとく?」と尋ねた。
「ううん、大丈夫。本当にもう何でもないから」
私は琴美の気遣いに感謝しつつ、あのシルエットが歩いていたのは校舎のどのあたりだろうと訝った。『忘れ姫』の情報は必ずしもリアルタイムでもたらされるわけではないが、ただ、イメージの終わりの方でシルエットが立ち止まった場所には見覚えがあるような気もした。
――それにしてもあんな雰囲気の子、うちの学校にいたかなあ。
私が黙ってひとしきり訝しんでいると、琴美が「さ、それじゃさっそく部室へ行こうか」と腰の重い私たちを促し始めた。
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