第6話 少女は内なる分身と挨拶をかわす
私が彼女――『セリマ』と初めて会話を交わしたのは手術から半年後、中学二年のある日だった。
――ここはどこ?……誰か私のこと、わかりますか?
深夜に軽い腹痛を覚えた私がリビングのソファーで休んでいると、ふいに身体の奥から誰かが話しかけてきたのだった。
「聞こえる……どこにいるの?あなたは誰?」
――私はセリマ。ペナンガラン族の娘。
私ははっとした。『セリマ』は日本語を流ちょうに話し、私には彼女の性別も人柄も瞬時に理解できたのだった。
「あなたは……『考える腸』ね?私の中にいる、そうでしょう?」
セリマはしばらく沈黙した後「そうか……そういうことだったのね」と私にしか聞こえない声で言った。
「ここは日本、私は古河理亜。犯罪組織に襲われて、あなたの腸を移植したの」
――そうだったの。……どうりで他人のような気がしないわ。
セリマと私はたちまち打ち解け、私は彼女に襲い掛かった壮絶な出来事を知った。
元々、ペナンガラン族の中でも特に優れた能力を持っていたセリマはその能力故に犯罪組織から狙われ、頭部を銃で撃たれて仮死状態になった。だが現代医学と島の呪法を組み合わせた秘術を知る伍の手術によって摘出された『腸』は生き続け、特殊な容器の中で適合する人間の到来を待ち続けていたのだった。
――理亜、実は私の娘がこの国にいるらしいの。見つけるのを手伝ってもらえないかしら。
「娘さん?……お子さんがいたんですか?」
――ええ。私が犯罪組織に殺される半年前に産んだ子がいるわ。生きていれば、十七歳になっているはずよ。もし娘と再会できたら、私には一つだけどうしてもしたいことがあるの。
「なんなの?私にできることなら協力するわ」
――娘に私の生命エネルギーを分け与えることで、ペナンガラン族の力を引き継がせることができるの。それができたら私はあなたと完全に融合しても構わない。……お願い、娘を探すのを手伝って。あの子と一度でいいから心を通わせたいの。
私は驚き、すぐに桐生にそのことを伝えた。桐生は組織と検討を重ねた結果、学費の支援を行う代わりに私にあるミッションを課すという提案を持ちかけた。
そのミッションとはセリマの娘がいそうな高校に転入し、娘を見つけ出すことだった。
「わかりました、そのミッション、受けます」
「その娘がいそうな高校がわかり次第、ミッション開始の手続きを始める。君には新しい名前と身分が用意され、速やかに転校してもらうことになるが……構わないかね?」
「もちろん構いません。私の中の『もう一人の私』が安心できる日が来るまで、私に自分のためだけの高校生活は必要ありません」
「わかった。では転校する学校が決まり次第、追って連絡する」
私とセリマの『約束』と、桐生達との『契約』はこうして静かに動き出したのだった。
※
セリマの娘、『フローラ』は私たちのミッション上では通称『忘れ姫』と呼ばれている。そして、セリマからの情報は、私が標的の可能性がある人物に近づいたところでもたらされる。
それは鈍い腹痛に始まり、やがてそれらしい人物がヴィジョンとなって脳内に浮かぶという形を取る。それは極めてあいまいなシルエットで、今のところすべてが誤受信なのだった。
セリマはもし娘が見つかって精神エネルギーの交換が成功したら、溶けるように私の一部となり一体化するという。私はその目的を成就すべく、潜入工作員となったのだ。
界南学園は『アニータス』というアジア系の財閥が経営する私立学園で、高等部は第一から第七まで七つの校舎がある。そしてセリマの娘『フローラ』は、どういういきさつかは知らないがある人物の後ろ盾の元、この学園のいずれかに通学しているらしい。……ただし名前は『フローラ』ではなく風貌もやや変えられている可能性があるという。
私は桐生のバックアップの元で本名の『古河理亜』からミッション用に『風蓮春花』に名を変え、セリマの特殊能力を使って見た目も本来の物から別の物へと顔を変えている。
私はミッションのために「別人」となり、「もう一人の私」と共にいつ終わるとも知れない旅を始めることとなったのだ。
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