第5話 少女は新たな命と宿命を得る
「気の毒だが叔母さんの元にはもう戻らない方がいい」
無事に移植手術を追えた私に、伍が真っ先に告げたのはその一言だった。
「どうしてです?」
「今回の事件で、君がはっきりと奴らに狙われていることが判明したからだ」
「奴らって、誰です?私を誘拐しようとした人たちですか?」
「そいつらだけじゃない、もっと大きな……そう、アジアを中心とする『ピーズコネクション』という巨大企業グループだ」
「企業グループ?」
思わず首を傾げた私は伍の表情を見てすぐに笑いを引っ込めた。伍の険しい顔つきから、冗談を言っているのではないらしいことが察せられたからだ。
「表向きは巨大娯楽産業を営むコンツェルンだが、もうひとつ裏の顔がある。薬物や人身の売買を行う犯罪シンジケートの顔だ」
「なぜ先生は、そんなことまで知っているんですか?」
私は伍が冗談を言っていることを願いながら、問いを放った。
「それは我々が、ピーズコネクションの手から君たち能力者を保護する別のグループ、『ハントゥ』の人間だからだ」
「別のグループ……?」
「いかにも。……今後、君を敵から守り、バックアップする人間を紹介しよう」
伍がそう言って施術ベッドの傍から離れると、代わりに一人の中年男性が私の前に現れた。
「はじめまして。お加減はいかがかな?」
鼻の下に髭を生やした男性は、私を見ると豊かな低音で言った。
「……普通です。あなたは?」
「私の名前は桐生悟。仲間からは『はらわた紳士』と呼ばれている」
桐生はそう言うと、樽のような腹をなでさすった。
「あなたも組織の人間なんですか?」
「左様。……といっても、君を攫おうとした連中とはむしろ敵対する組織だがね」
「その人、敵対している人たちっていうのは、なぜ私を狙ったりしたんですか」
「君の能力――もっと端的に言えばペナンガラン族の力が欲しいからだ」
「……ちょっと待ってください。おかしくないですか?だって今はその何とかって言う種族の女性と一体化してますが、私が襲われたのはその前ですよ?襲われなければ私が腸を移植されることもなかった……狙われるとしたら『考える腸』のほうじゃないんですか?」
「鋭いね。……実は君自身にも十分、狙われる理由があったのだ。まだ詳しくは教えられないが、奴らが君に目をつけるより数か月ほど早く我々も君の存在を突き止めていた。それもあって今回、迅速に『考える腸』を移植することができた」
「狙われる理由……私が?だってどこにでもいる普通の中学生ですよ?」
私が大きく頭を振りながら異を唱えると、桐生は「残念ながら君は普通の中学生じゃない。思い当たることがあるはずだ」と即座に答えた。
「思い当たる事……?」
「もう七、八年は前になるかな。君はジャングルの中で事件に巻き込まれ、ある奥地の村に身を寄せていたことがるはずだ。その時以来、君にも特殊な力が宿っているのだ」
ジャングルの村、特殊な力……私の中でひどく古い、それでいて断片的な記憶がでたらめにつなげたコラージュ映像のように明滅し始めた。
※
私が現在の『風蓮春花』を名乗る前――そう、銃で撃たれ重傷を負って『考える腸』を移植される前の私の名は『
私の家は幼い時に母がいなくなり、私は九歳の時まで伝承文化の研究をしていた父と暮らしていた。
ある時、父のフィールドワークにつきそう形で私は海外行きの飛行機に乗り込んだ。ところが飛行中にハイジャックか何か――よく覚えていないのだが事故が発生し、私と父の乗った便はボルネオ島のジャングルに不時着する羽目になったのだ。
ハイジャック犯の隙をついて機内から脱出した私と父は、救援を求めてジャングルの中をさ迷い歩いた。ところが何者かが私と父を追いかけ始め、父は私を草むらに隠して相手を誘きよせるおとりとなったのだった。
ジャングルの奥地に一人取り残された私は丸一日父の帰りを待ったが、父は戻って来なかった。痺れを切らした私は隠れていた草むらを出ると、ジャングルの中を父を探してあてどもなくさまよい始めた。
五日間、歩きまわった私はジャングルの奥で偶然、ある集落にたどり着いた。私はそこで一月ほど住民の世話になった後、地元のレスキューに救出された……らしいのだが、この辺りの記憶がすっぽり抜け落ち、今に至るも全く思いだせずじまいだ。
その後、私は支援団体の力で帰国することができた。……が、現地にいる間も帰国してからも父の消息はわからず、私は父の姉である叔母の元に身を寄せることとなったのだ。
――もし、桐生が言うように『考える腸』の移植を受ける前から私に特殊な力があったとすれば、それはおそらくあのジャングルの村にいた時に授かった力に違いない。
私はひとしきり記憶を弄ったが、村で自分が何を体験したか思いだすことはできなかった。
――私の身体に一体、何が起こったの?……お願い、教えて。
私は生まれ変わったばかりの身体をぎこちなく撫でさすりながら、自分の中の『もう一人の私』に語りかけた。
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