第4話 少女は闇の住人に命を預ける


 意識を取り戻した私が最初に見たのは、天井に据え付けられた無影灯だった。


「ここ……は?」


 ごく自然に問いを口にしたつもりだったのに、なぜか口が動かず私の問いは「もごもご」という意味不明の音になった。


「どうやら気がついたようだね。でも喋らない方がいい。強い麻酔を使ったから間もなくまた意識を失うはずだ」


 諭すような言葉と共に視界に現れたのは、白衣を着た年配男性だった。


「私はという医師だ。敵ではないから安心したまえ」


「お医者さん……」


「医師と言ってもこの国の医師免許はない。そしてここは正規の病院ではない。これから君の命を救うためにある処置を施すが、その前に本人の了解を取っておきたい」


「了……解?」


「そうだ。そのために天然の成分を調合した特殊な麻酔を使用した。お腹の中味が失われても会話ができる状態にするためにね」


「お腹の中味……」


 私は動かない首を無理やり動かして自分の身体を見た。お腹のあたりに植物のような物が乗せられており、通常の手術ではないことをうかがわせた。


「君は腹部に銃撃を受け、胃腸を丸ごと摘出せざるを得ない状態にある。本来ならすでに死んでいる所だが、我々の会得した秘術を用いれば生きながらえることができる」


「秘術?」


「簡単に言うと消化器の移植だが、君の身体に移植されるのは普通の腸ではない。ある特殊な能力を持った人物の『考える腸』だ。君との適合性が高ければ、施術後も恐らく拒絶反応は起きない。だが適合性が低ければ腸に支配されるか最悪の場合、二人とも死亡する」


「二人……どういうこと?」


 この医師は一体何を言っているのだろう。それに『考える腸』ってどういうこと?


「今から説明する。……あれを持ってきてくれ」


 伍が背後に控えているらしい誰かに命ずると、からからとキャスターの音がして私の近くに何かが運ばれてきた。首を捻じ曲げ、気配のした方を見た私はそこにある物体の異様さに思わず悲鳴を上げそうになった。


「なんなの、これ……」


 私の前にあったのは透明なケースに収められたピンク色の物体――人間の「腸」だった。


                  ※


「この人…『腸』は、ボルネオ島の奥地に住む特殊能力者の一族、『ペナンガラン族』の最後の生き残りと言われる女性だ」


 パニック状態からなかなか抜け出せない私に、伍と名乗る医師は極めて理性的な口調で言った。


「人って……これが?」


 私は容器の中に収められたピンク色の物体を、信じられない思いで眺めた。


「そうだ。それこそが彼女の特殊能力であり、その能力故に彼女は闇の勢力に狙われて腸以外のすべてを失った」


「でも、臓器だけじゃ……」


「彼女は脳と同じ機能を腸の中に持っていて、頭部を失っても腸だけでも生きることができるのだ。その「彼女」をこれから君の中に移植する」


「この腸を?」


「彼女を受けいれることで、君は自分の中に二つの自我を持つことになる。しかし彼女はきっと君と共生するための努力を惜しまないだろう。後は君が彼女を受け入れられるかどうか、それだけだ」


「二つの自我……」


 私は混乱した。この摘出した臓器にしか見えない物体が、物を考えたり人を愛したりするというのだろうか。


「彼女には二つの名がある。本来の名前である『セリマ』と、アスワンとしての呪力を解放した時の『ラビリンチュラ』の二つだ」


「アスワン?ラビリンチュラ?……いったいなんのこと?」


 私が混乱していると、伍はふっと息を吐いて容器の中の臓器に慈しむような目を向けた。


「アスワンとは東南アジアに伝わる吸血一族の総称で、彼女は血こそ吸わないが一族を守るための超常能力を持っている。君が彼女との約束を守れば彼女は君と一体化し、必要に応じて『ラビリンチュラ』の力を解放してくれるだろう」


「約束?……約束って、一体どんな?」


「それは施術が成功し、君が彼女の声を聞けるようになったら尋ねてみるといい。きっと心を通い合わせることができるはずだ。君たちはこれから一つの身体を共有するのだから」


 私が次から次へと浮かんでくる疑問を口にできず戸惑っていると、伍は「さあ、このくらいにしてそろそろ移植の準備に入ろう。次に君が意識を取り戻した時、君はこれまでとは異なる自分に生まれ変わっているはずだ」


 伍はそれまでとはうって変わって優しい口調になると、振り返って「麻酔の準備を」と言った。

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