第2話 少女は支援者と秘密を共有する


 私の名前は風連春花ふうれんはるか。高校二年生だ。  


 二か月前からこの界南学園かいなんがくえん第七分校のハイブリッドクラスに編入し、学費稼ぎのアルバイトの傍ら授業を受けている。


 ハイブリッドクラスは勤労学生など特殊な立場にある生徒のために設けられたクラスで、日中と夜間の授業がそれぞれ週三日づつという変則的な登校形態だった。


 琴美は私と同じ火、木、土がデイクラスなので同じ境遇の私とは、すぐに親しくなった。それでなくても転入生で友人がいない私にとって、琴美はほとんど唯一の「クラスメート」なのだ。


 この一年半、私は編入を繰り返しいくつもの高校を渡り歩いてきた。もちろん私の転校には理由があり、私をバックアップしてくれている人物以外、その理由を知るものはいない。私は単に学業をまっとうするだけでなく、卒業までにある目的を果たさなければならない。それが学費を肩代わりしてもらうただ一つの条件だからだ。


 琴美と別れた後、私は町の中心部にある商店街に足を向けた。目的の一つは夕飯のための買い物だったが、私にはもう一つ、別の用事があった。


 早々と買い物を済ませた私は商店街を抜けると、その向こうにある歓楽街へと制服のまま向かっていった。


 住宅地でもなく治安もいいとはいえない通りにわざわざやってきたのは、ここが私のホームグラウンドだからだ。


 私はいかにも安そうなビジネスホテルの間で足を止めると、迷うことなくエントランスに足を踏みいれた。


 幸い制服姿の少女を見とがめるような野暮な人間はおらず、私はロビーの奥にある四、五人も乗れば定員になりそうなエレベーターに乗り込むと最上階のボタンを押した。


 エレベーターが上昇を始めると、狭い箱の中で私はようやく慣れてきた学園生活に思いをはせた。


 ――珍しくすぐ友達もできたし、今度の学校で私の「旅」が終わってくれればいいのだけれど。


 エレベーターが到着する振動で我に返った私は、他愛のない願望をそっと打ち消した。


 ドアが開き、十階の廊下に足を踏みいれた私は奥の扉を見た瞬間、複雑な気分になった。


 それは初めてここを訪れた時に感じた、もう以前の暮らしには戻れないというやるせない喪失感だった。


 ――でも、これが私の現実。ここで頑張れないなら、永久に私の未来は取り戻せない。


 私は人気のない廊下を突き当りまで進むと、支配人室の赤く塗られた扉をノックした。


「風連春花です」


「入りなさい」


 分厚い扉の向こうから入室を促す声が聞こえ、私は扉を開けて室内に足を踏みいれた。


「やあ春花君、久しぶり。新しい学校はどうかな?」


 樽のような下腹部とピンと伸びたちょび髭が特徴的な中年男性、桐生悟きりゅうさとるは、私を見るなり当たり障りのない問いかけを口にした。


「友達ができました、支配人オーナー。『忘れ姫』はまだ見つかりません」


「そうか。……まあ、まだひと月足らずだ。何も焦る必要はない」


 桐生はそう言うと、レザー張りの椅子に貫録たっぷりの身体を収めた。この人物は、私が十四歳の時から学業のみならず生活面の面倒まで見てくれている「支援者」だった。


「支配人、本当にこの第七分校に『忘れ姫』はいるんでしょうか。まだ『セリマ』からの呼びかけが一度もないんですが……」


「まあ大きな学校だし、ある程度近づかないと感知できないのかもしれないな。あの子も姫の事ばかり考えていたんでは気が休まらないだろう。急がないことだ」


「じゃあ、近くにはいないのね……」


 私はふうとため息をついた。確かに少し焦り気味だったかもしれない。普通の高校生活への焦りがそうさせるのだろうか。


「お腹の警報が鳴るまで、私も同好会に入って動画でも撮るかな」


「ふむ。禁じてはいないが、特定の集団に所属する時は身元を探られぬよう気をつけてくれたまえ」


 桐生の忠告に、私ははっとした。目的を果たすまで、私の素性をみだりに打ち明けることは許されない。なぜなら私と「私の中のもう一人の私」を手中に収めようとチャンスを狙っている組織が存在するからだ。


「はい、気をつけます」


 私はきっぱり言い切ると、自分のお腹に手を当てた。


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