発攻少女ラビリンチュラ

五速 梁

第1話 午後の森は少女を誘う


「ね、春花はるか。これから校舎裏の森に動画を撮りに行こうと思うんだけど、つきあってくれない?」


 教室の清掃を終え、久しぶりにスーパーでお肉を買って行こうかなとわくわくしていた私に声をかけたのは、クラスメートの城田琴美しろたことみだった。


「えっ、動画?森ってどこ?」


 私が話の中味を把握できず戸惑っていると、琴美は「ああ、そうか」としまったというような苦笑いを浮かべた。


「春香はこの学校に来てまだ三カ月だもんね。森の事は知らないか。ほら、うちの敷地って異常に広いでしょ?校舎裏の森っていうのは、グラウンドの向こうにある大学部のための森のことよ。別名『迷いの森』よ」


「迷いの森?」


「そう。大して広くもないし、中にはちゃんと遊歩道だってあるのに時々、存在しない森の奥に迷いこんで公式には存在しない施設を目撃しちゃう生徒が出てくるの」


「存在しない施設……」


「通称『緑の図書館』って言うんだけどまあ、いわゆる学校の七不思議みたいな物ね」


 私はロッカーの前で琴美の語るおとぎ話に、ぽかんと口を開けて聞き入っていた。


「どうして動画なんか取りに行くの?まさかその『緑の図書館』を探しに行くつもり?」


「まさか。探したって見つからないわよ、たぶん。でもそれっぽい雰囲気の動画を撮りたいっていうのはあるかな」


 私は友人の無謀とも言える思いつきに、「はあ」と気のない返しをするしかなかった。


「私、先週から『女子動画部』に入ってるの。正式の部活じゃなくて同好会みたいなものだけどね。それで、挨拶代わりの短い奴を撮れって話になっちゃって。どうせならインパクトのある風景を撮りたいじゃない。『迷いの森』ならうってつけかなって思ったの」


「大学部のための森だったら、私たちは入れないんじゃない?」


「……と、思うでしょ。確かに木立の中は立ち入り禁止なんだけど、真ん中を通ってる遊歩道は高等部の生徒でも通っていいんだって。わざわざ許可を貰って下校時に森の中を通って帰る子もいるって話だよ」


 私は行動力の塊みたいな琴美を、羨望の眼差しで見つめた。ある事情から複数の学校を転々としている私にとって、気心の知れた遊び仲間はそうそうできる物ではない。だが、琴美はこの『界南学園付属第七分校』に転入してわずか一週間でできた「画期的な」クラスメートだったのだ。


                ※


「へえ、こんな場所に『森』への入り口があったんだ。グラウンド自体、あんまり出ないしちょっとドキドキする」


 私たちはフェンスの一角に設けられた遊歩道の入り口をくぐり、森の中へと足を踏みいれた。遊歩道は三時から四時半までの短い間だけ、高等部の通行を許可しているのだそうだ。


「すごい……全然、向こう側の道路が見えないね。思ってたよりちゃんとした「森」だ」


 私は左右の木立が想像していたよりうっそうとしていることに、思わず感嘆の声を上げた。演習林と言うには小さすぎるが、図書館ぐらいならどこかにありそうだ。


「この辺で何カットか撮ろうか。春花、ちょっとそこの木の前に立ってくれる?」


「撮影の許可、取ってるの?勝手に撮影してSNSとかに上げたら、後で怒られるんじゃない?」


「単なる資料だから、表には出さないよ。……でもさ、この遊歩道にまつわる噂に『入り口の木』っていうのがあって、それが実在したら面白いなって」


「なんなの、その『入り口の木』って」


「この遊歩道は一本道なんだけど、途中のどこかに『入り口の木』っていう木が二本あるらしいの。その間に立って儀式っぽいことをすると図書館に続く枝道が現れるんだって」


「ふうん……いかにも七不思議って感じね。……で、その『入り口の木』にはどんな特徴があるの?」


「それがわかんないのよ。わかったらみんな図書館に行くでしょ」


 なるほど、と私は頷いた。噂なんてえてしてそんなものだ。


「あ、誰か来る。……早く撮っちゃお。春花、早くそこ立って」


 琴美に急かされ、私は気乗りしないまま指示された場所に立った。琴美は立ったりしゃがんだりと慣れた物腰で私を動画に収め、一分足らずで「オッケー、行こう」とスマホをしまった。


「あんなのでいいの?私、なにもしてないんだけど」


「いいの、入り口っぽい木さえ撮れれば女優は誰でも」


「もう、誰でもいいなら誘わないで」


 私がバッグで琴美の脛をポンと叩いた、その時だった。琴美が目を丸くしたまま、虚をつかれたような表情でその場に固まった。


「……どうしたの?」


「確かに誰か歩いてたのに……」


「歩いてたのに?」


「――消えちゃった」


 琴美の目線を追った私は、誰もいない遊歩道を見てふうとため息をついた。なるほど、こういう事が重なると、七不思議になるわけか。


「たしかにこういう場所なら、幻の図書館を見た人がいてもおかしくないね」


「幻かあ。……やっぱり幻なのかな」


「え、もしかして本気で入り口を探しに来てたわけ?」


 がっかりしたような琴美の表情を見て私は思わず両肩をすくめ、「本当にそんな物があるなら、とっくに誰かがドローンでも飛ばして見つけてるよ」という言葉を呑みこんだ。



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