ウサギが繋ぐ、月とススキ

CHOPI

ウサギが繋ぐ、月とススキ

 『落とし物を拾ったら、ちゃんと届けなきゃだめだよぅ』

 『はぁ? 500円玉届けるって。小学生のガキじゃねぇんだし、別にいいだろ、拾っとけ』


 テンプレでよく見かける、マンガやおとぎ話の中での展開のひとつ。


 例えば今起きている状況で言うと、500円玉が俺の目の前に落ちていて、それを拾って交番に届けるか否か。右側には、優しく微笑む真っ白な天使の女の子がいて『善』の言葉を。左側には、少し意地悪そうな笑顔を浮かべた真っ黒の悪魔の男の子がいて『悪』の言葉をささやいている。で、その二人に挟まれて『善』と『悪』で悩む俺――……



 『……まぁでも、確かに。500円玉を届ける行動の方が、偉いし正しいことだけど。あっくんの言うとおり、優月ゆづきももう、小学生じゃないんだよねぇ」

 『だろ? コイツ、もう高校生だぜ? 警察だって落とし物の特定のできない500円玉だと、処理がめんどくさいからってそのまま渡してくるらしいしな。……でもちゃんとそうやって、例え500円玉だとしても届けるように伝えるてんちゃんの事、本当にすげぇし偉いなって思うよ』

 『えー、やだぁ急に、あっくんったら!』

 『てんちゃんの照れてる顔、かわいい』

 「うるさーい!! いい加減にしろー!!」


 俺の中には確かに『善』『悪』を判断する“天使”と“悪魔”の存在がいる。そしてなぜかこの二人、異様に仲がいい……っていうか。



 ――たぶん、付き合っている。



 人間は常に『善』『悪』の判断をして暮らしていて、その多くがきっと無意識化で理性をきかすか、本能にゆだねるかの問題だと思っている。で、よく例え話に出てくる自分の中の“天使”と“悪魔”。まぁ、ようは理性的に社会的な模範行動をするのか、本能的に利己的な行動をするのか。どちらをとっても選択するのは“自分”。全責任を取るのだからどちらを選ぶのか非常に悩むことだってある。


 それなのに俺の中の“天使”と“悪魔”は、いつの間にか仲良くなって、気が付けばお互いの発言を尊重し合うどころか、ひいてはあるじである俺(え、この場合そうだよな? もう自信が持てなくなってきているけど、二人の主って俺だよな?)を差し置いて付き合い始めるとはこれ如何に。いやあの、別に否定はしない。しないんだけど。選択肢が出るたびに耳元でいちゃつかれる俺の身にもなってほしいとつくづく思う。


 「……こうなったらもう、第三の選択肢でいく」

 独り言をつぶやき、目の前に落ちていた500円玉をスルーして通り過ぎていく。案の定頭の中の“天使”と“悪魔”が騒ぎ始める。


 『えー! 優月、拾わないのぉ!? それはそれで、罪悪感が後から来るよぅ!?』

 『おーっと、これは。てんちゃんの言う通りだね。お前の性格の場合、絶対後悔するからな、その選択。なっ、てんちゃん♡』

 『うん、あっくん♡ ぜーったいそうだよぅ』


 ……うるさい。非常にうるさい。大体お前ら二人がそんな感じだから、俺は第三の選択肢を選んでるんじゃないか!! っていうかそもそも!! “天使”と“悪魔”が恋してるって、バカップルってどんな状況だよ!!


 脳内が騒がしいのはいったん無視して、500円玉スルーを決め込んでいつもの道を急ぐ。そもそも今日は寝坊して、学校へ行くのに遅刻ギリギリなんだ。こんなことで足を止めている場合じゃない。いつもよりかなり急ぎ足で(というか半ばダッシュで)家からの最寄り駅へと向かって改札をくぐる。少しだけ上がった息を抑えつつ電子版を確認すると、いつもよりは遅い電車だけど、とりあえず次の発車予定の電車に乗れれば遅刻だけは免れそうだった。


 「あっぶねー……」

 独り言ちて、いつもの乗車口の方へと歩みを進める。ポケットからスマホを取り出して弄っていると、さっきの500円玉が頭に浮かんだ。


 『あー、やっぱり後悔してますねー、あっくん』

 『ほーら、言わんこっちゃない。ね、てんちゃん』


 ……悔しいけど二人の言う通りだったかもしれない。無視を決め込んだことがちょっとだけ胸の中に引っかかっていた。そのせいでスマホに集中も出来ず、スマホは早々に諦めてポケットの中にしまい込んだ。電車が来るまで10分程度。まぁ別に、大した時間じゃないし、ぼーっとすることにする。


 不意に横に人の気配を感じて、視線をそちらにずらす。同じクラスのかやちゃんがいた。

 「おはよう」

 「……おは、よう」

 あまり話しをする仲でもないし、かといってクラスメイトを無視するのもなんだかなぁ、と思って挨拶をする。すると向こうは挨拶されると思っていなかったのか、反応が少しどもり気味だった。


 「いつもこの時間の電車なの?」

 沈黙に耐えられるほどの仲でも無いので、とりあえず無難な会話を探す。すると向こうも会話に乗ってきてくれたので、沈黙は避けられた。

 「基本的には。遅刻ギリギリなんだけど、どうしても朝が弱くてこの時間……」

 「ははっ。なるほどね」

 二人きりで話すのは今が初めてだったけど、確かに朝が弱そうなイメージはあった。いつも1、2時間目の科目の時、茅ちゃんはウトウトしていて、だいたいその科目の先生に『おい!茅!お前はまたか!』って注意を受けているから。


 「優月くんは? いつももっと早いよね?」

 「あー、うん。今日は寝坊した」

 「あ、なるほど」

 そんな会話をしているとホームに電車が滑り込んできて、そのまま二人、その電車に乗りこんだ。乗った瞬間に距離が開くのもなんか変な感じがするので、二人隣のポジションを保ったまま、吊革につかまって電車に揺られる。


 「今日の1時間目、日本史だったよなー」

 「うん。あの先生の授業、眠くなっちゃうんだよね……」

 思わず、日本史だけじゃないだろ!というツッコミを入れそうになる。だけどそのツッコミを入れるには、まだいささか関係性が浅すぎるな、と思って自重した。それから今日の授業についての会話や、その科目の先生の話を無難にしていれば、電車はあっという間に学校への最寄り駅へと到着した。二人そろって電車を降り、改札口をくぐって通学路を歩く。


 二人そろっての登校途中、人通りのやや少なめな歩道の植樹帯(この辺は白いツツジの花が植わっている)の傍に、両手サイズにすっぽり収まる、小さなウサギのぬいぐるみが落ちていた。近づいてみるとそのウサギは少し薄汚れていて、なんだかそのまま無視をするのも忍びない。

 今日はやけに落とし物を見かける日だなぁ……

 頭の片隅でそう思っていると、隣を歩いていた茅ちゃんもそのウサギに気が付いたようだった。


 『優月。さっきも500円玉、届けなくて結局後悔してたじゃない。これはちゃんと届けてあげたら?』

 『優月。これこそ無視でいいだろ。近くに交番も無いし、なにより遅刻するぜ?』


 俺の中の“天使”と“悪魔”が騒ぎ出す。正直今回は“悪魔”の方が優勢だった。


 『えー、あっくん。でもこのウサギさん、かわいそうだよぅ……』

 『でもなー、てんちゃん。これに構ってたら、間に合うものも間に合わなくなるぜ?』

 『でもぉ……』

 『てんちゃん。わりぃけど、今回は譲らないよ?』

 “悪魔”が優しく『ごめんな』と言いながら、“天使”の頭をポンポンッとなでている。


 俺の中で“悪魔”の意見の方に固まった時、隣の茅ちゃんが動いた。落ちていたウサギを拾い、汚れを優しく、ポンポンッ、とはたくと自分の目の前に掲げる。


 「これ、誰かの落とし物、だよね」

 そう言って茅ちゃんはそのウサギを片手に持ったまま、自分のスクールバックを漁り始めた。目的の物はすぐに見つかったようでそれを引っ張り出す。よく見るとそれは可愛らしい、薄ピンク色の真新しいハンカチだった。そのハンカチにウサギをくるむと、歩道の植樹帯の白いツツジの上に置く。薄ピンク色のハンカチに包まれたウサギは、白いツツジの上でよく目立っていた。


 「持ち主さん、きっとお迎えに来るからね」

 白いツツジの上に置いたぬいぐるみのウサギに、ふんわりと微笑みかけた茅ちゃん。


 その瞬間の表情に、一瞬で俺は。


 おちた。


『……ねぇねぇ、あっくん。もしかしてこれ、もしかする?』

『俺も思った。てんちゃん、これはもしかするやつだ』


“天使”はニコニコ、“悪魔”はニヤニヤ。そんな表現がぴったりな顔。



 俺は誰にも言えない“天使”と“悪魔”のバカップルを抱えている。今この瞬間生まれてしまった感情を、これから先、この問題のバカップルは楽しそうに助言してくる様子がありありと目に浮かんだ。


「……茅ちゃん。遅刻しちゃうから、早く行こう」

「あ、そうだね、ごめんね!」

 声をかけて先に歩き出すと、その後を慌てて付いてくる茅ちゃん。

「茅ちゃん、優しいんだね」

「んー……、そうかなー?」

「だってさっきのハンカチ、結構新しい感じだったし。それ置いてくるからさ」

「あぁ、あれ? んー……全然、深い意味は無いんだけど」

 尻つぼみになっていく茅ちゃんの言葉。それを聞き逃すまいと必死に耳を傾けた。



 ――あのね、今日は朝からいいことがいっぱいあったから。

   私の精一杯の、お裾分け、かな。

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