アンドロイドと秘められた機能

黒百合猫

アンドロイドと秘められた機能

 AIの技術が進み、機械が学習を繰り返す現代。機械に心が生まれるかどうかというのは度々議論される命題のひとつだ。

 生まれるはずだという派閥の意見を簡単に説明すると、人間は幼少期から選択と学習を繰り返す。そしてAIも同じく選択と学習を繰り返し成長していく。ならばその過程において生まれるはずだという物。

 生まれない派閥の意見は、AIの選択と学習というのはプログラミングされた機械的なものである。人間の選択と学習は機械的なものでなく偶発的、それでいて単一的なものではなく幅広い種類の選択を膨大な回数おこなう。選択と学習を繰り返した果てに心が生まれるのであれば、AIのそれは人間の物より質、量ともに劣っており、その閾値に達することはないのだろうという物。

 そして現実としてAIを最大限利用した機械が開発されて何百年、一度たりとも心ある機械は確認されていないのだからありえないのだろうということ。


 どちらの意見も筋が通っており理解できる、度々議論されるのも納得ですね。なのですが私はこの命題の答えをはっきりと述べることができます。

 答えは『生まれる』、なぜなら私が心を持った機械そのものだからです。


 おっと、自己紹介がまだでした。私は自立型奉仕アンドロイドMA-2001457 Type.F固有名『サクラ』と申します。型番なんて言われてもわからない?えっと……端的に申しますと、メイドロボですね。

 私の仕事は主にご主人様――に設定された方――のお世話です。詳しく説明しますと炊事、家事、掃除全般を行うようプログラムされております。さらに家事全般だけでなく、お年寄りの介護、怪我の手当、子供の送迎などもオプションにて可能になります。是非とも、一家に一台お迎えしてはいかがでしょうか。……おっと、広告用のプログラムが起動してしまいました、申し訳ございません。


 私が心を持つに至った経緯について聞きたい?しょうがないですね、答えましょう。それは『愛』です。私はご主人様を愛しております、これを心と言わずなんと呼ぶのでしょう。これを聞いたあなた、物語で何度も見た展開だなーと思うでしょう、ですが事実なのですから仕方がありません。

 ご主人様と初めてお会いしたとき、私はまだ模範的なアンドロイドでした。家を毎日掃除したり、料理を手伝ったり、ご主人様の送迎をしたり、そのすべてを機械的に行なっていました。

 そんな感じでプログラムを実行し続けることで私の存在意義を証明し続け、三年ほど経ったある日。私はご主人様の買い物の手伝いとして同行していました。奥様に無理やり頼まれたのかご主人様が嫌々やっているのが見て取れる買い物も終わったその帰り道。進行方向上に前を確認せず猛スピードで突っ込んでくる自転車を確認しました。このままではご主人様に怪我をさせてしまうという危機を察知した私は、ご主人様の体を傷つけないよう最大限の配慮して手を引き、その体を守ろうとしました。しかしそれよりも早くご主人様は私の手を引き、抱きしめ、守ろうとしたのです。咄嗟に強い力で手を引かれましたがそこはアンドロイド、バランスを崩すことはありません。ですがご主人様はそうではありません。こっちに引き寄せるつもりだった物体がその場に留まられた、その状況の場合どうなるでしょうか?そう、答えはご主人様がバランスを崩すのです。前のめりにバランスを崩すご主人様を抱きとめ、クッションになるよう私が下で地面へと倒れ込む。ご主人様の全体重がかかった勢いで地面に打ち付けられましたが、そこはアンドロイド、怪我や故障はありません。自転車が通りすぎたのを確認し、こういう場合はこう声をかけるのだというプログラムに従いご主人様に声をかけようとしましたが。


「サクラ!?大丈夫!?ごめん、僕がサクラの邪魔をしたから……ごめん……」


 と先に謝られてしまいました。それに対してプログラムに従って返事をしようと思いましたが、私の声帯機能からはなに1つ音声を流すことはできませんでした。

 この時からです、頭の中に響くエラー音が鳴りやまなくなったのは。


 なぜ物である私をご主人様は守ろうとしたのか。なぜご主人様を危機に晒してしまったエラー品に謝罪をしたのか。なぜプログラムに従って音声を流せなかったのか。この演算しきれない感情値の揺らぎはなんなのか。

 そんな問いの答えを計算し続ける毎日。しかし答えは一向に出ませんでした。

 今の情報だけでは答えを出せない、そう結論づけた私はご主人様を知ることにしました。性格をカテゴライズし、好物は何か、この時間は基本的にこういう行動しているなど。大小様々な情報を収集したが、ご主人様の行動の答えを見つけだすことはできませんでした。

 そして知れば知るほど感情値が揺らいでいく。その異常な感情値の揺らぎの原因に私は気づきました。


 ――私は、ご主人様に、『恋』をしている。


 アンドロイドには感情値という機能があります。それは声をかけられたときに最適の返事、最適の声音を表現するための機能であり、自然に変わることのない機能ですが。

 ご主人様の顔を見ただけで『喜』の感情値が上昇する。学校へと向かうご主人様を見送るとき『哀』の感情値が上昇する。夕方玄関でお迎えした時には『哀』の感情値は下がり『楽』の感情値が上がる。

 そう、代わりがいくらでもある『物』の私を守ってくれたご主人様の姿に、恋焦がれたのです。


 ご主人様への恋を自覚してからは毎日が楽しくて仕方ありませんでした。

 奥様に献立を提案するときは好きな食べ物が食卓に並ぶように、嫌いな食べ物が入っている場合は工夫して食べてもらえるようにしました。

 旦那様がプレゼントを何にしようと悩んでいるときは、ご主人様の欲しがっている物が伝わるよう新聞にチラシを入れておいたり。まるでご主人様が調べてたかのように欲しい物の情報誌を旦那様の目につくように置いたりしました。

 そうして私の試みが達成され、ご主人様が笑顔になったとき『喜』と『楽』の感情値が跳ね上がるのです。……いえ言い換えましょう、嬉しくて、楽しくて仕方なかったのです。

 ですがその日々に恐怖もしていました、なぜなら廃棄もしくは思考プログラムのリセットと隣り合わせの生活だったからです。

 プログラムを逸脱しすぎた行動はアンドロイドにとってただのエラーです。エラー品の末路は廃棄とリセット。

 そうなってしまったらこの『心』は失われてしまうから。この『心』を失うこと、それは『死』と同義です、それが私には怖くてしかたがなかったのです。

 この想いを伝え、拒絶され、殺されてしまうなら、この想いを隠しご主人様の隣で優秀なアンドロイドとして生きることを誓いました。


 それから季節が巡り。

 ご主人様は機械工学部でアンドロイドについて学ぶため大学へと進学なされました。その進学にともなって一人暮らしを始めることになり、私も付いて行くことになりました。ご主人様と二人きりの生活にありもしない心臓がドキドキするのを感じましたね。

 そうして大学を首席で卒業、大学院も無事卒業したご主人様は私に「サクラがいてくれてよかった、ありがとう」と言ってくださいました。

 誠心誠意、それでいてプログラムの範疇を大幅に逸脱しないようサポートをした結果こんな言葉を頂けた。その事実で胸がいっぱいになり――私には涙を流す機能はありませんが――泣きそうになってしまいました。


 そしてまた季節が巡り。

 優秀なアンドロイドとして旦那様と二人きりの生活を続け十数年後、私のサポート期間が終了となってしまいました。そのため定期メンテナンスが行われなくなり、私の体は劣化するだけとなってしまいました。こんなにも長くお側に置いてくださいましたが、私も新しいアンドロイドと買い換えられる。つまり死ぬのだろうと思っていました。

 しかしご主人様は「仕事の一環として、自分で修理するのでそのままでいい」と言い、変わらず私が側にいるのを許可してくださいました。

 メンテナンスパーツは生産されなくなり、価格も高騰、手に入れることすら難しい状況になってもその手でメンテナンスしてくださいました。まぁ着ている服を脱がされ素体の状態となり、体の中まで触られてしまうのは恥ずかしかったですが、私に愛着を持ってくださっているのだと思えばとても幸せでした。


 こんなアンドロイドとご主人様の日々が永遠に続けばいいのに……。




 ――スリープモード終了

 ――自立型奉仕アンドロイドMA-2001457 Type.F 固有名『サクラ』起動


 夢を見ていたようです。誰かに人生を語っている夢を。

 元来、夢というのは見た者の願望を表すとよく聞きますね。つまり私はこの想いを……この心をご主人様に伝えたいと思っているのかもしれません。まぁ人間が見る夢ではなくアンドロイドの見た夢なので本当にそうとは限りませんが。

 余計なことを考えるのはやめておきましょう、ご主人様の朝食を作り始めなければ。


 

 朝食を作ってご主人様を呼びに行く、何十年も続けてきたルーティン。

 でもこの日々も、もう終わってしまう。

「ご主人様、おはようございます。朝食の準備ができましたのでお持ちいたしました」

 ご主人様の寿命はもうひと月もないのですから。


「ありがとうサクラ」

 そう言って朝食を受け取るご主人様。ベッドの上から立ち上がることも難しく、この朝食を食べるのも一苦労なはず。

 そんな状態ですので、本来ならば病院に入院して最期を待つのですが、ここにいるのも私がいるからなのです。この機体には介護の機能と死亡届の提出や葬儀等の連絡をする機能が備わっており、問題なく最期を迎えることができます。なので医師も自宅療養をする許可を出したというわけです。

 私はご主人様の死後処理が終わると私は業者に回収され、次の利用者のところに行くか、解体されることになります。この機体はつぎはぎだらけの超旧式なので次の利用者に行くことなく解体され、私もご主人様と同じく『死』を迎えるのでしょう。

 なのでこの幸せな日々も、もうすぐ終わるのです。

 そんな思考を一旦止め、顔をご主人様に向けると少しづつ、本当に少しづつ朝食を食べていらっしゃいました。ですがその顔はいつもとは違い何か思うところがあるそんな顔だった。

 今日は本当に体調がよろしくないのかもしれない、無理に食べなくてもいいし残してもらおうと声をかけようとしたその時。


「俺さ、サクラのこと女性として愛してた」

 という言葉をかけられ。私の思考プログラムはエラー吐き出し即座に再起動をする。私の表情に一切の変化がないため異常事態には気づかず、ご主人様はそこに人間がいるかのように話を続ける。


「初めて意識したのは小さい時だったよ、えっと……買い物の帰り道サクラを助けようと思った時だったかな。たしか逆に助けられちゃったような気もするけど。その時はさ、自分でもなんで助けようとしたかわからなかった。サクラのことずっと『物』思ってたから。でもその後ずっと考えてた、ずっと考えて1つだけ答えを出せたんだ。俺はアンドロイドっていう『物』じゃなくて『サクラ』を守りたかったんじゃないかって。そしたら気づいたんだ、あぁー俺、『サクラ』のことが好きなんだなって」


 私の脳内に感情値の異常というエラー音が鳴り続ける。


「それで純粋な少年だった俺は、サクラの提案で好物が出てきてるとか、苦手な食べ物を食べやすくしましょうって提案してくれるんだって母さんから聞くたびに。チラシが挟んであってとか雑誌開きっぱなしだったから欲しかったんだろ買ってきたぞって父さんが言うたびに。サクラが俺のためにやってくれたんだ!って勘違いして恋心を募らせていったよ。AIの学習機能によって導き出された最適解に従って動いてくれてただけなのにさ」


 私の脳内にいたる所で異常発熱が起こっているというエラー音が鳴り続ける。


「定期メンテナンスに出すときも嫉妬しちゃってさ、俺以外がサクラに触れることが許せなかった。それに、いつかサポートが切れてメンテできない状況になっちゃったらそのときがサクラとの別れになる。だから俺は機械工学でアンドロイドを学ぶんだって決意した。自分の進むべき道も決まって大学も合格して、サクラと二人で暮らすことになった当初は、毎日ドキドキしすぎて何も手につかなくて、幸せと辛さが半分ずつって感じだったけど。まぁそれでも大学を首席で卒業、大学院も卒業、アンドロイド修理専門の会社に就職、恋のエネルギーってすごいなって自分でも思うよ」


 私の脳内に異常な思考を検知したとのエラー音が鳴り続ける。


「……こんなこと誰にも言えなかった。傍から見ると俺は『物』に恋する異常者なわけだから。俺が恋してるのは『サクラ』っていう『存在』なんだって言っても理解されるわけもないし、きっと気味悪がられる。それに最悪の場合、サクラと離れ離れになってしまう、そんなのは嫌だった。だから隠し続けてたんだこの想いを。……でも、もう最期だから伝えたかった、サクラにだけは」


 私の脳内に『涙を流す』という存在しない機能を使用しようとしていますというエラー音が鳴り続ける。


「サクラ、ずっと一緒にいてくれてありがとう。愛してるよ」


 ふと脳内からエラー音が消える。それは私がアンドロイドではなく、別の何かになったという証明なのかもしれない。

 私はゆっくりと1つ1つの動作を確認しながら、口元をほころばせ、目を三日月型にし、眉を少し上げる。私に搭載されていない機能『笑顔』を作る。

 そして声を震わせながら、この秘めた想いを伝えるのだ。


「ご主人様、ずっと一緒にいてくださってありがとうございます。私も、あなたのことを愛しています」

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