僕の好きなもえかちゃんは、眠っている。

れなれな(水木レナ)

新解釈

 僕の好きなもえかちゃんは、眠っている。

 ちっさいころ、一緒にあそんで、仲よくしていたもえかちゃんは、本当はモカくんっていう、男の子だった。

 だから、言えない。

 もえかちゃんとして、およめさんになって、なんて……。


「ようよう、ひでよし! 話かんがえてきたかあ?」

 かんがえてきたかって、ここは僕んちなんだけど?

 もえかちゃ……モカくんはサッパリした頭髪をふわふわさせながら、うちの階段をのぼってきた。

 ちょっとわらってしまいながらも、僕は言った。

「ごんぎつねが熱いよ」

「おう! ぼくもだ!」

 気が合うんだよね。

 だけどこういうのは困ってしまう。

「ごんは与ひょうのことが好きだったんだぜ!」

「それじゃあ男同士じゃん」

「男同士だって愛は愛だからいんだよっ」

「あれさ、きつねってぱっと見、オスメスすぐにはわかんないじゃん? じつはメスだったってことにしてさ」

「メスじゃないといけない理由はないよ」

「それをドンと撃って与ひょうは……?」

 ……けんかになった。


「ねえ、じいちゃんはどう思う? ごんぎつね」

「あれは衆道の話だな」

「しゅどうってなに?」

「男色といって、男同士の愛だな」

「もえかちゃ……モカくんもそういうんだけど、実際はさ、ごんは天女の生まれ変わりだったかもしれないじゃん?」

「ほうほう。新解釈だな」

「与ひょうが鉄砲でごんを撃っちゃったら……」

「それは、もったいないことをしたなあ」

 台無しだ。

 与ひょうがごんをかたきと思いこんで撃っちゃって、そこでもしもごんが天女のすがたになったなら。

『ごん、おまえだったのか……もったいないことをしたなあ』

 これって台無しだよね?

 でもモカくんのはもっとひどい。

『ごん、よなよな俺にあんなことやこんなことをしたのはおまえだったのか……』

 だよ? なんだよ、あんなことやこんなことって! 絵におこせないよ!

 思い出しながら、笑ってしまう。

 まったくもう、しんけんにやって!


 小学校4年になったら、クラブ活動があって、僕とモカくんは漫画創作クラブの創作部門に入ったんだけど、最近の流行とかにはうとい。

 先生がよみなさいっていって用意してくれた本は、古事記とか、ギリシャ神話とか。

 あと、ローマ神話とか、聖書物語とか、手塚治虫の『ブッダ』とか。

 エジプト神話なんて、かっこよかったけれど人気作で他の子にとられっぱなし。

 そこで人気もそこそこ、認知度も高い日本昔話をだいざいにした創作漫画をつくることにした。

 モカくんが原作で、僕が絵を描く。

 しょっぱなから、けんかになっちゃったけど。

 まあ、べつにいいんだよ、ごんぎつねじゃなくったって。

 けど、モカくんはなんだかんだ言ってロマンチックなのが好きなんだよな。

 はんぶんくらいはおもしろがって、僕にそういう絵を描かそうとしてるようだけど。

 女の子みたい。

 言っちゃ悪いけど。

 キャラクターが二人そろえば恋愛話にしたがるし、かんぜんちょうあくものも、痴話げんかってことにしちゃうし、なんだか全然わかんないよっ。

 現実とまったくちがうんだもの。

 僕だって恋愛にまったくきょうみがないわけじゃない。

 モカく……もえかちゃんが、もどってきてくれないかなと夢想したりもする。

 であったとき、2才だったもえかちゃんは、3才になったとき、男の子になった。

 妹が産まれたのと同時に、お母さんを亡くしたのがきっかけで、じぶんのことをぼくって言うようになっちゃった。

 そして、自分は男の子なんだと思う、って言ったんだよ。

 体じゃなくって、心がね!

 それいらい、そえんになっちゃったんだけど、僕は一時だってもえかちゃんのことをわすれたことはなかった。

 それなのに! 小学生になって同級生になったら、ぼくはモカだよって言って、僕のことは全然おぼえてなんかいなかったんだ。

 このお! はくじょうものっ。

 僕はつんつんして自慢ばっかりするようになった、モカくんのことが嫌いだった。

 おもちゃを買ってもらっただとか、新しいスニーカーのブランドが、とか、とにかくはなもちならなかったんだ、モカくんって。

 おかねもちがなんだ! おかねよりも大事なものって、ないのかよー!

 僕は思ったけど、思いかえせばモカくんちはお母さんがいないのだった。

 それで、一種の虚勢でああいうたいどをとるんじゃないかって、お母さんが言っていた。

 でも、そのことを口にしたら、モカくんは怒って……顔をまっ赤にしながら涙を流したんだ。

 ごめん、この話はかんぺきに僕のミス。

 思い出しただけで、胸がくるしくなる。

 ごめん、こんな僕とまた友達になってくれて、ありがとう。

 ごめん、モカくん、ごめん。

 お母さんのことなんて、言われたくなかったよね。


 こんな僕だから、モカくんにもう一度もえかちゃんになって、などと言えるわけもなく……初めてのであいから、8年が経っていた。

 モカくん、たまにふしぎなことを言うんだ。

「ぼくたちが友達になったのっていつだった?」

 え、っと思った。

 もしかして、昔のことを思い出してくれたのって、正直期待してしまった。

 だけど、さんざん嫌なやつだと思ってきた相手だったから、僕もちょっとかっこつけて、

「僕のしゅうってなまえに吉をつけて、ひでよしって呼んだ時からだよ」

 って言った。

 まちがいではなかったんだけれど、そのあと話が続かなかった。

 だから、今日みたいにまた、つくえをはさんで一つの話にぼっとうするのは楽しかった。


 さてさて、今日の議題は『化け猫』の話。

 もえかちゃ……モカくんの考察はこうだった。

「まず、化け猫はどうして化け猫になったのか?」

「どうしてなってしまったのか、だね」

 うん、とひとつうなずいて、モカくんは言ったんだ。

「これはね、シットだよ」

「え? なんだなんだ?」

 僕は話をはんすうする。

 昔話の『化け猫』の話はこうだ。

「猟師が飼っていた三毛猫が、猟をしていた猟師を化け猫になっておそう話だろ?」

「そうなんだけど……」


 はあ、すごかった。

 まさか猟師の三毛猫が猟師に恋をしていて、その猟師が別の女性に求愛しようとしたのでシットにかられて化け猫になったんだなんて。

 僕はノートに漫画の下描きをしていった。

「バーン! と猟師は鉄砲を撃ちました。カッキーン!『いっぱぁーつ! ”ひでよし”よ』。もういちどバーン! と猟師は撃ちました。カッキーン!『にはぁーつ! おまえを……』もういちどバーン! カッキーン!『さんぱぁーつ! 愛していたのに……さあ、たまぎれだ』」

「そうして化物は猟師を頭からくらおうと、ぐわあっと牙をむきました」

 ここは迫力がいるな。

 ばばんと見開きでいこうかな。

「そこで、猟師が腰につけていた守護弾まもりだまのでばんだ!」

『猟師はきけんな仕事です。このおまもりを』

 と言って、恋人が持たせてくれたものだった!

「バンッと撃って、大きな悲鳴。あたりが明るく霧がはれると、地面に鉛の弾と、お釜がころがっておりました。あたりには真っ赤な血の跡がてんてんてん……」

「そこはいっしょなんだ」

「うん、けど、決定的なのはなぜ化け猫になった三毛猫が猟師の小屋で息絶えていたかってことなんだよ。ふつうね、猫は死にたいをさらさないというよ。きっとよっぽど猟師を慕っていたんだね」


「っていうんだよ。モカくんって想像力たくましいよね。ていうか、あれは妄想へきなのかな? ちょっとわかんないよねー」

「ふがふが」

 じいちゃんは入れ歯を洗浄中だ。

 なにを言ってるのかわからない。

 でも、モカくんの空想を、他のだれかにしゃべりたくってたまらなかった。

「おかーさーん、僕たちの創作の話を聞いて!」

「え? また……? お母さん、ちょっといそがしいの。また後で」

「えぇー? じゃあいいや! モカくんちへ行ってくる!」

「もう夕方よ! あぶないから早く帰ってきなさいよ」


 モカくんは、どうしてあんなにロマンチックなんだろう。

 戸籍は女の子なんだから、将来男の人と……たとえば、僕なんかとつきあったりとか、するのかな? しないのかな? でも、本当は男の子なんだから、いつか女の人を好きになって結婚しちゃったりするのかな。

 そうなったら、僕はちょっと……

 モカくんは好きだけど、女の子として好きになっちゃダメなんだ、きっと。

 男の子として、見てあげないと。

 でも、男の子として見るって具体的にどうやって? 体育のときは着替えがいっしょだし、水着は……ワンピース? あれ、どうなってんのかわかんないやっ。


「ねえ、秀。モカくんの話もいいけれど、学校はどう?」

 え? お母さん、今は創作昔話の話をしているんだよ?

 僕はお母さんをゆさぶって、ノートを見せた。

 そこには僕の、僕だけの筆跡で「モカ&ひでよしのノート」と書かれており……お母さんはなぜか、かなしそうに泣いていた。

 へんだな。

 かなしい話なんかいっこもないんだけどな。

 あ、そっか。

 最後、猫が死んじゃうから泣いちゃうんだな。

 昔飼ってた、子猫はモカって言ったんだけれど、子猫のうちに死んじゃったんだ。

 かわいいリボンのにあう子で、おかあさんはモカが死んじゃったとき泣いて、ないて。

 僕がなぐさめてあげなくちゃいけなかったんだった。

 そうか。

 お母さんはまだモカのことを引きずっているんだね。

 じゃあいいよ、わかった。

 僕はモカくんにもういちど相談するために、庭に出た。

「ねえねえ、モカくんっ」

 校庭よりはせまい庭先に、「モカ」と書かれたアイスの棒が、盛り土の上につっ立っている。

「猫、死ななかったことにしようよっ。そんでさ、猟師の仲間になって、つぎつぎと悪者をたいじする! おもしろそうだろ?」

「じゃあ、ものはぼうけんもの? キャラをふやさなきゃ」

「うんうん、でさ、おひめさまがさらわれてー、猟師が助けにいくんだよ」

「じゃあ、恋人はおひめさまか」

「うん!」

「そのほうがいいな。グレードが高くなる」

「だろ? 僕もすてたもんじゃないだろ」

「たしかに」

 よし! 決まりだ。

 僕ははりきって、へやにもどって漫画を描いた。

 お母さんは台所で目を赤くしていたけれど、この話はハッピーエンド。

 できあがったら、見てもらうんだ! 僕たちの『化け猫』物語!


 -おしまい-

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僕の好きなもえかちゃんは、眠っている。 れなれな(水木レナ) @rena-rena

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