第42話 彩葉…この前の件なんだけど…
「……あのことは言っておいた方がいいよね……」
倉持晴希は朝、起きた。
ベッドから上体を起こすなり、そう呟く。
晴希は無言のまま、ベッドから離れ、自室のカーテンを開け、朝の光を浴びた。
外の空気を吸い、深呼吸をする。
そのあと、ため息を吐いたのだ。
辛い感情の方が、今一番強いのかもしれない。
この頃、天羽彩葉と一緒に遊んでもいないし、勉強を教えるために、晴希の家を訪れてもいないのだ。
晴希は彼女との距離を感じていた。
幼馴染なのに、自分勝手なことで、関係性が悪化してしまったのだ。
元はと言えば、晴希が悪い。
彩葉には付き合っている人がいるのに。セックスした穂乃果と距離を取るために、彩葉に助けを求めた。
その上、穂乃果と付き合うことになったら、彩葉にハッキリと、そのことを伝えたのである。
晴希は自分でも思う。
どう考えても自分勝手だと――
晴希は自室の扉を閉めた。
そして、昨日、色々なことがあったことを思い出す。
悩ましいことが多く、心苦しい気分に陥ってしまう。
いつまでも消極的になっていたら、よくない。
自分の感情をハッキリとさせておいた方がいいと思った。
「彩葉には謝っておかないといけないし。早く、準備しないとな」
晴希は今後のために決心を固めつつ、先早にリビングに向かうのだった。
晴希は朝食を食べ終えると、制服に着替え、必要なものを通学用にリュックに入れ、自宅を出ることにした。
今日は朝日が強いような気がする。
少々暑い。
晴希は道端を歩き、近所に住む彼女の家へと向かうことにした。
彩葉の家まで、三分ほど。
久しぶりの訪れ。
「……」
晴希は彩葉の家の前までやってきたものの、緊張した感じに立ち止まる。
この前、自分勝手な言動で、距離が広がってしまったのだ。
謝りたいが、どんな顔を見せればいいのだろうか?
この頃、出会っていないことも相まって、不安な感情に圧し負けそうになる。
でも、いつまでもおどおどしていてはよくないと思う。
晴希は決意を固めるように右拳を強く握りしめた。
刹那、彩葉の自宅の扉が開く。
そこから私服姿の彩葉が姿を現したのである。
彼女は、無言で、晴希を見やっていた。
冷たい視線が、晴希の心を貫くようだ。
「……」
いつも通りの態度とは少し違う。
そんな雰囲気が、彩葉の体から漂っている感じだった。
彼女からそんな顔を見せられると、晴希も気まずくなる。
そして、俯きがちになってしまう。
「なんで、私の家の前にいるの?」
「えっと、あのことで謝ろうと思って」
晴希はボソッと口にする。
緊張した感じであり、あまり視線を合わせられていなかった。
「別にいいよ。晴希がそう決めたのなら、私は特に言うことないし……」
彩葉は視線を合わせてくれなかった。
話し方は淡々としていて、心の距離を感じてしまう。
「私、学校に行くから、そこどいてくれない?」
彩葉の声は冷たかった。
幼馴染なのに、他人のように思えてしまったのだ。
「ごめん……」
「いいよ。そういうのは、私……ちょっと、ね……」
彩葉は悲し気な話し方になる。
彼女は何かを思い詰めているような、そんな心境。
晴希はそう感じた。
晴希の発言で、彩葉も悩んでいることがあるのだろう。
一人にさせた方がいいのだろうか?
雰囲気的にそう感じ、晴希は彼女から距離を取るように、少しだけ離れた。
そもそも、彩葉はよい表情を見せてはくれない。
表情が暗く、晴希の横を素通りするように、住宅街の道を歩き始めるのだ。
晴希はただ、彩葉の背を見ているだけになった。
晴希はハッとし、彼女の後を追いかけることにしたのだ。
「彩葉?」
晴希は彼女の横にたどり着くなり、左側にいる彼女に話しかけた。
「……」
彩葉からの明白な返答はなかった。
それはただの虚無のような感じ。
この前の別れの発言が相当、心にきていたのがわかる。
「……」
彩葉は顔を背けている。
特に話しかけてくることはなく、以前のような人懐っこさは全くなかった。
「本当に、急にあんなことを言ってごめん」
「……そんなことを言っても、彼女と付き合ったままなんでしょ?」
「……」
「ねえ、もしかしてだんまり?」
彩葉から強い口調で問われた。怒り交じりの視線を向けられていたのだ。
「そういうわけじゃないけど……」
彩葉は今まで以上に怖い。
彼女は怒ると、無表情になることがあるのだ。
晴希は全力で、関係性の修復をしようと必死だった。
でも、すぐに的確なセリフを口にはできなかったのだ。
「ハッキリとしたら?」
「そうだよね」
「でも、晴希が、あの子と付き合うならさ。私、別にいいよ。晴希がそれでいいならね」
彩葉は遠回しに拒絶するような言い方。
けど、彼女は軽くため息を吐き、優しい笑みを少しだけ見せてくれた。
晴希は気が楽になる。
久しぶりに彩葉の笑みを見て、安心したのだ。
ただ、本当の意味で、彩葉から受け入れられたわけじゃないだろう。
「私も、付き合っている人いるし……」
「そう、だよね」
「そうだよ。今、晴希と付き合ったら、浮気していることになってしまうしね」
「うん」
晴希は冷静に考えつつ、ゆっくりと頷いた。
「私、晴希に彼女ができてよかったし。別にいいんじゃない? あの子と、そのままの関係を続けたら?」
彩葉は軽く笑みを見せてくれた。
本心から湧き出る優しさなのかは定かではない。
幼馴染だからわかる。
まだ、彩葉は晴希のことを許したわけではないと。
「私、そろそろ、行くから。今日早いし」
「そうなの?」
「そうよ。晴希のように色々と悩んでいる暇なんてないしね」
簡単にディスられたような気がしたが、晴希はそこまで悪い気分はしなかった。
そう言われてもしょうがないと受け入れられたからだ。
彩葉は背を向け、走って向かって行く。
電車の都合もあるようで、急がないといけないようだ。
少しすると、彩葉の姿が見えなくなった。
これで、少しは関係がよくなった方なのだろうか?
まだ、心の距離はあるものの、ちょっとだけ進展はあったような気がする。
晴希は一度ため息を吐き、穂乃果とのことを考えつつ、学校へ向かって走り出したのだ。
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