第41話 私に何の用なの? あなたには関係ないでしょ?

「やっぱり、気になるな……」


 倉持晴希くらもち/はるきは、一瞬立ち止まり、振り返る。

 やはり、先ほどの彼女のことが気になってしょうがなかった。


 すでに、そのツインテールの子は遠くの方へと進んでいたのだ。

 電灯に照らされた住宅街の夜道を歩く。制服姿の彼女の背が薄っすらとだけ見える。

 一人で、こんな時間帯に歩いているのも不思議だが、学校にも通っていない感じであり、この前の件も相まって、もう一度接触を図ろうと思った。


 同じオーラを感じる。

 だから、晴希は、ツインテールの彼女のことが気になるのかもしれない。






 晴希は彼女の後を追う。


 暗い時間帯。

 本当であれば、帰りたい気分だった。

 けど、足の傷の件もあり、話したかったのだ。


 晴希が距離を詰めるように歩いていると、数メートル先にいるツインテールの子の足の動きが速くなっていく。

 近づこうとすればするほど、距離ができてしまうようだった。


 少し話したいだけなのに……。

 そもそも、晴希は彼女の名前を知らない。

 それどころか、接点が以前、曲がり角でぶつかった事と、トラックの件だけである。


 もしかしたら、不審者に思われているのだろうか?

 だから、敬遠しがちに早歩きになったのかもしれない。


 けど、そんな不審者じゃない。

 ただ、話したいだけだ。

 同じ雰囲気を感じる彼女と接点を持ちたいという単純な考え。


 視界の先にいるツインテールの子が次第に、歩くのが速くなる。

 背後に晴希がいることを把握しているかのような歩き方だ。


 SとNのように、反発しあうような感じ。

 でも、どうにかして、関わりたい。

 関わって、少しだけ会話したかった。

 だから、迷うことなく進んだ。


「ちょっと、待って」


 全然、追いつけないことで、晴希は咄嗟に声を出してしまった。


「――ッ」


 悲鳴ではない何かの声を発し、目先にいる彼女は本格的に走り出したのだ。






 ツインテールの子は、声を出すことなく、走っていた。

 止まることなく、闇夜を切り裂くように進んでいる。

 晴希も走ったのだ。

 そんな中、彼女はとある場所に入っていった。


 そこは住宅街の中心部にある公園である。

 晴希もそこに足を踏み入れた。


 すると、誰かの気配を感じたのである。

 暗闇からゆっくりと姿を現す彼女。

 彼女は睨んでいる。

 嫌悪感を示すような視線。


 ツインテールの彼女が急に闇から出てきた感じだったので、晴希はドキッとし、その場で後ずさってしまう。


「ねえ、なんで、私の後を追いかけてくるの? ストーカー?」


 彼女の睨み具合が格段に上昇している。

 普段からそんな目つきをすることがあるような印象を受け、晴希は怖かった。

 彼女の方が年下なはずなのに、なぜか、大人びた雰囲気に圧倒されてしまうのだ。


「違う。ただ、気になっただけで」

「気になる? キモッ」


 彼女からの軽蔑交じりのセリフ。


「……」


 晴希は、悪い意味で心に突き刺さるような言葉を投げかけられていた。

 今日、黒木日葵からも罵声を浴びせられ、心に辛くのしかかるようだ。


「私、そういうことされるの嫌なんですけど。いちいち、私に話しかけてくる人」


 ツインテールの彼女から、見下される瞳を向けられた。


「な、なんで……?」

「なんでって、私とあなたって、関係ないですよね?」

「……うん」


 晴希は申し訳程度に頷く。彼女の言うことはごもっともである。


「じゃあ、なんで関わろうとするの?」

「それは……」

「それは何?」


 闇夜に包まれた公園にいる二人。

 僅かな電灯の明かりがスポットライトのように、二人を照らしているようだ。

 そんな環境下、彼女は不貞腐れた顔を見せつつ、距離を詰めてきた。


 彼女は、多分、晴希のことが嫌いなのだろう。

 だから、そんな態度をとっていると思われる。

 晴希も、何となく察していたことだ。


 いきなり話しかけて、ストーカー染みたこともして、ハッキリとした関わる理由もないのに、急に距離を縮めてしまった。

 それが一番の原因。

 出会った時から最悪だったのだろう。


「なに? ハッキリとしたら? あなた、私より年上でしょ?」


 ツインテールの彼女は怒りを露わにしている。

 そんな彼女の頬を見てみると、ちょっとだけ傷があった。

 暗くて気づくのが遅れたが、この前はなかった傷だ。


 彼女は誰かから、何かをされたのだろうか?


「その傷が気になって、それにさっき、悲し気な瞳を俺に見せていたし」

「ん……そ、それだけ……?」


 彼女はハッとした顔を浮かべ、傷のある頬を手で摩るように抑えていた。


 晴希は彼女の問いかけに簡易的に頷いた。


「……そのくらいで、話しかけないでよ……というか、別に私、そんな目とかしていなかったし」


 ツインテールの子はイラっとした顔を見せ、ふと顔を背け、何かをボソッと話していたのだ。


「なにかな?」

「なんでもないし。別に、あなたには話すことなんてないし……」


 そう言う彼女は、頬から手を離す。

 そして、罰の悪そうな顔を浮かべていた。


「そうか……」

「それより、早く帰らないと、警察に職務質問されるんじゃない? そろそろ、夜九時でしょ?」

「……そうだね」


 晴希が先ほどスマホを確認した時は八時半過ぎくらいだった。


「そういえば、今日の夕方。街中で私達と同じ制服を着た女の子が、知らないおじさんと歩いていたんだけど。あんたと同じ学年のかもね。あんたの制服の首元の色って、青でしょ?」

「う、うん。なんでそれを?」

「別に、いいでしょ。何となく言っただけだし……ここ周辺では珍しいなって思っただけ」


 ツインテールの子はぶっきら棒に言った後、背を向ける。

 そのままどこかへ向かって行こうとするのだ。


「どこに行くの?」

「どこでもいいでしょ。あんたには関係ないし」


 彼女は振り返ることはしない。

 ただ、夜の風と歩く振動で、彼女のツインテールが揺れ動いているだけだった。


「ちょっと待って。送っておくよ。そんな時間帯に、女の子一人で過ごすのはよくないと思うし」

「くんな」


 ツインテールの子は強い口調で言う。

 誰も寄せ付けないような威圧感があった。


「で、でもさ」

「いちいち、話しかけられるの嫌いなの。さっきも私、言ったでしょ? バカなの?」

「……ごめん、なんか……」

「フン――ッ」


 彼女は冷たい視線で晴希を見やった後、闇の中に消えていくように歩いていったのだ。

 大丈夫なのかな……。


 晴希は不安だった。

 そもそも、接点を持つ理由なんて明確にはない。


 晴希は、彼女の背を見ると、辛い人生を歩んでいるような気がしてならなかった。

 だから、心配でしょうがなかったのだ。


「……俺も帰るか……」


 晴希も職務質問される前に、自宅に戻ろうと思ったのだ。

 明日も学校である。


 寄り道しない予定だったのに、余計に遠回りしてしまったと、晴希はため息を吐いて、住宅街の公園から立ち去ったのだ。

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