第39話 晴希はどこに行きたいの? どこでデートするか、決めない?

 倉持晴希は、キスした。


 目先には、諸星穂乃果がいる。

 二人は一旦、顔を離し、気恥ずかしさを感じていた。


 キスするのなんて、セックスと比べれば、比較的簡単な方。

 けど、実際に付き合っている女の子の部屋で、口づけするというシチュエーションに、晴希はどぎまぎしていた。


 数秒の間、現実とは違う空間にいるような感じだ。

 胸の内が熱くなり、晴希は堪えるように、左手を強く握った。


「穂乃果? これでいい?」

「うん……いいよ。これで、許すから」


 晴希は頷き、心を落ち着かせていた。

 穂乃果も受け入れるように頷いてくれたのだ。


 二人は距離を取る。

 晴希は、穂乃果の部屋にいた。二人は一緒にベッドの端に座っていたのだ。


「ねえ、晴希は、どんな場所に行きたい?」

「場所?」

「うん。さっき、デートのことについて話していたじゃない。だから、具体的に、どんな場所で、デートをしたいかなって」


 穂乃果は視線を合わせないように頬を紅葉させて話している。

 彼女もキスの味を忘れられないようで照れているらしい。


 先ほどは、高屋敷漣のことを話題にしてしまい、少々気まずい空気感になってしまったのだ。

 今回は、そういうことがないように、気を付けようと思った。


 晴希は自身の胸に手を当て、考えたのち、穂乃果の方を向く。


「俺は街中でもいいと思ってるけど。それは普通すぎかな? 穂乃果はどこがいいの?」

「私も、街中って決めていたけど。やっぱり、普通すぎるよね?」

「うん……そうだよね。じゃあ、どこにしようか……」


 二人は、行先を決めることにした。

 ようやく付き合うことになったのだ。

 今まで経験した場所ではないところにしたい。


 デートとして行くなら、どんな場所が一番しっくりとくるだろうか?

 実際のところ、街中の方が色々なものがありそうな気がする。

 街中であったとしても、今まで訪れた場所ではなければ、新鮮さを感じられるだろう。


 晴希は一旦、穂乃果の様子を伺うように、右側にいる彼女へと視線を向けた。

 穂乃果も考え込んでいるようで、左手を頬に当てている。

 頬を赤く染まっているが、表情は真剣そのものだった。


「穂乃果はどこがいい?」

「水族館とか?」


 穂乃果は流れるような口調で提案してくれた。


「水族館か……そこもいいよね」


 晴希は相槌を打つように頷いた。


 街中から少し離れた場所に位置する水族館に行くという手もある。

 あまり行くことがない故、新鮮さを感じた。


 その場所でもいいのかもしれない。

 晴希は自分の中で承諾するように受け入れた。


「晴希は、そこでいい? 晴希はどこに行きたいとかないの? 私だけの意見だけじゃなくて……晴希の意見も聞きたいなって」

「俺は、街中でもいいかなって。やっぱり……でも、穂乃果が水族館に行きたいなら、そこでもいいし」

「本当に?」

「うん」

「でも、晴希の行きたい場所に、私も行きたいかな……?」

「どうしても、俺も提案した方がいい?」

「そうだよ。だって、一緒に決める話だったじゃない」

「まあ、うん……そうだね」


 晴希は一旦、考え込む。

 穂乃果が行きたいと言っているなら、別にどこでもいい。

 初めての彼女であり、デート経験の浅い自分よりも、彼女の方に委ねたかったのだ。


 でも、行きたい場所を提案するならば――


「じゃあ、普通に映画とか見ない?」

「映画?」

「うん。今まで色々なことがあって、冷静に街中で遊ぶとかなかったし」


 晴希は伺うように言った。

 デート経験は浅いが、学生のデートの定番と言えば、映画館しかないと思ったのだ。

 穂乃果はどんな返答をしてくれるのだろうか?


「私、そこでもいいよ。じゃあさ、色々な場所に行こ」


 穂乃果は否定することなく受け入れ、軽く笑顔を見せてくれた。

 友好的な態度であり、映画館に行くことに抵抗はないらしい。


「どんな映画を見たい? 私、晴希が好きなものを知りたいし」


 穂乃果は距離を詰めてくる。

 誘惑するような表情を浮かべ、問いかけてきた。

 急に緊張した環境下に陥る。


「と言っても、俺もそこまで、映画とか見ないし」

「え? じゃあ、なんでそんなこと、言ったの?」


 穂乃果は目を丸くして驚く。


「だって、デートと言ったら、映画かなって思って」

「そういう理由?」

「そうだね」

「単純じゃない?」

「でも、俺からしたら、そういう場所しか思いつかないし」

「まあ……いいよ。じゃ、一緒にどんな映画を見たいか決めよ」


 穂乃果は否定することなく、基本的に受け入れてくれた。


「穂乃果は、どんなジャンルとか見ることが多いの?」

「……」

「なに?」

「考えてみたら、私もそこまで見ないかも」

「そうなの?」

「でも、日常作品のは見るかも」

「日常作品って?」

「んん、なんだろうね。説明しづらいけど、なんていうか、日常でありそうなワンシーンを取り扱った作品的な?」

「日常でありそうな?」

「うん。伝わったかな?」


 隣にいる穂乃果は首を傾げ、確認のために聞いてきた。

 けど、晴希はすぐに頷くことはできず、少々首をかしげてしまったのだ。


「……よくわからないけど。人同士の交流が描かれた作品ってこと?」

「そうだね。うん、そうだよ。晴希も、そういう風なの見ないの?」

「見ないかも。けど、もう少し具体的には? どういう内容なの?」


 よくわからない。日常系だと思われるが、人同士の交流とだけだと、流石に範囲が広かった。

 どういう特徴があるジャンアルなのか、もう少し突き詰めたかったのだ。


「仲間同士で海に行ったりとかのシーンがある作品的な?」

「仲間同士で海に……? じゃあ、青春ものかな?」

「そうかも」

「青春か……」


 穂乃果はあまり作品を見ない故、ジャンルについては抽象的だった。

 でも、大体のことは把握できたような気がする。


 彼女の思考を踏まえた上で、晴希はもう一度考え込み、そして、新しい角度から質問してみた。


「恋愛ものは見ないの?」

「それは見ないかも」

「どうして?」

「だって……」


 穂乃果は意味深な顔を浮かべ、少々あまりハッキリとした口調ではなくなる。

 やはり、漣のことが関係しているのだろうか?

 また、変なことを話題にしてしまったと思い、晴希は口を慎んだ。


 余計な発言ばかりで、晴希は内心、気まずくてしょうがなかった。

 晴希は申し訳ない挙動を見せ、穂乃果の出方を伺う。


「ごめん。そういうの言わない方がよかったよね?」

「……うん」


 穂乃果は簡易的に頷く。

 ただ、それだけだった。


 ちょっとだけ気まずさは残っていたものの、穂乃果は簡単に笑みを見せてくれる。

 多分、穂乃果は場の雰囲気を和ませたかったのだろう。


 一度ならず、二度までも、失態をしてしまった。

 晴希は口を強く閉じてしまう。


「ねえ、晴希って、青春ものでもいい? 他に見たいジャンルがあるなら、私、晴希の見たい作品に合わせるけど?」

「俺は……青春ものでいいかな? うん、青春ものでいいよ」

「いい? 私の意見に流されていない?」

「うん、流されていないから。大丈夫」

「……だったらいいけど。じゃあ、今週中の土曜日に映画館に行こうね」

「今週中?」

「そうだよ。予定とかあった?」

「いや、ないけど……でも、弟は?」

「大丈夫。親戚の人が来るから」

「そうなんだ……」

「それに、弟は、休みの日に友達とよく遊んでるし」

「一人でなんでもできる感じなの?」

「うん……そうだね」


 穂乃果はただ、そんなことを言った。

 少々意味深な感じだったが、一応、今週中の予定は決まったのである。


 二人のやり取りが終わった頃合い、階段から誰かが上ってくる足音が聞こえた。

 その数秒後、扉が開いたのだ。


 そこの扉周辺に佇んでいたのは、穂乃果の小学生の弟だった。

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