第38話 晴希? 恋人らしいことしない?

 今日の放課後を迎える。

 倉持晴希は、学校を後に通学路を歩いていた。


「ねえ、晴希? 歩きながら話さない?」


 隣には、諸星穂乃果がいる。

 学校から遠く離れた場所にある通学路ゆえ、知っている人は周りにはいない。

 だから、彼女と手を繋いで歩いていても問題なかった。

 遠くから見れば、普通にカップルのように思われるだろう。


「別にいいけど。何かを話すために、今日一緒に帰ることになったんだよね?」

「うん……」


 穂乃果は軽く頷きつつ、優しい反応を見せる。


「話って、どういう内容?」

「それは、付き合うとして、どうするかってことよ。晴希は何をしたい?」

「何って。それ、改まっていうことかな? 俺はなんだっていいけど」

「本当に何でもいいの?」

「なんでもっていうか。できる範囲だったら」

「じゃあ、少し普通にデートをしない?」

「デートか……」

「いや?」

「そうじゃないけど……普通だね」


 晴希からしたら、本当に普通に感じたのだ。性的な関係にまで発展したのに、普通の間柄に戻ったような気がする。


「じゃあ、デートでもする? デートと言っても、どういう場所がいいかな?」

「場所か……漣とは、どこに行ったの?」

「……」


 穂乃果は顔を背けた。

 一気に気まずい空気感に襲われたのだ。


 余計な一言を口にしてしまったと、今になって思う。

 これは明らかに失態である。


「ごめん……聞くことじゃないよね?」

「……うん。晴希はなんで、過去を振り返させることをするのよ」


 穂乃果からハッキリと言われてしまった。実際に言われてしまうと、心が辛くなる。

 晴希は落ち込んでしまった。


「でもいいよ。別に、許すから」

「ありがと……」

「だから、キスして」

「……?」


 え?

 ――と、晴希はドキッとしつつ、硬直してしまう。


 今、なんて言われたんだという顔を、晴希は右側を歩いている彼女に見せたのである。


「聞こえなかった?」

「え、いや……キスって言ったの?」

「うん」


 穂乃果は頬を紅葉させ、ハッキリと頷くように言い切っていた。

 先ほどの話は、どうやら本当らしい。

 でも、なぜ、キスをしなければいけないのだろうか?


 疑問を抱き、晴希は右側を歩いている彼女を再び見やってしまう。二度見、三度見ほど。


 そうこうしている間に、穂乃果は道端の端っこで立ち止まる。

 彼女はその気であり、瞳を軽く閉じかけていた。

 今、穂乃果は薄っすらと、半開きで晴希を見ている感じだ。

 晴希は、彼女と向き合う。


「やるの? それ?」

「うん。して」


 穂乃果は完璧に瞼を閉じ、頷く。


「でも、別の場所にいないか? ここだとさすがに……」


 辺りは住宅街であり、今のところ、人は歩いていない。

 誰もいない細い道の隅っこのところでなら、そういったことは可能である。


 本当に……やるのか?

 晴希は、変にドキドキしていた。


 穂乃果とは肌同士を重ねた時もあったのだ。

 今更、動揺するほどでもないのだが、彼女のことを意識してしまうと、非常に胸の内が複雑に締め付けられる。


 それに、瞼を閉じて、キスを求めてくる穂乃果は可愛らしかった。

 何もしなければ普通に愛らしく感じるのだが……。

 彼女は少々、突飛的な言動が目立ち、そこがネックになっているのだろう。


 元々というか、現在進行中で、穂乃果は学校一の美少女である。

 今年のミスコンではどうなるのかわからないが、冷静に考えてみれば、晴希は恵まれた環境。


 その上、友人の漣から合法的に寝取った。

 手順通り正しく寝取るというのもおかしな話だが、現実的に、そういうことになっているのだ。

 晴希は緊張した面持ちで、右手で穂乃果の左手首を掴む。


「きゃあ」


 突然のことで、穂乃果は瞼を見開き、現状を確認していた。


「な、なに?」

「何って、やっぱり、そういうのは、人が見えないところでやった方がいいよ。でも、なんで、キスしないといけないの?」

「だって……漣のことを話題にしたじゃない」

「けど、それに関しては許すって」

「違うし。キスしたら、許すってこと」


 穂乃果はとんでもないことを口にした。


「なんだよ、それ……」

「だったら、別のところに行こう。そこでさ」


 晴希は掴んでいる穂乃果の左手首を引っ張ろうとする。


「そこで?」

「うん……というか、この近くに穂乃果の家があったよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、そこで、やろうよ」

「キス?」

「うん……それでどうだ?」

「まあ、しょうがないか。晴希には、もっと強引にされたかったんだけど」

「そんなこと、俺に求めないでくれ。俺はそこまで変態じゃない」


 晴希は軽くため息を吐いたのだ。


「でも、私は、そうして欲しいの。付き合っている人から、もっと責められたいの……」

「意味深な感じに言うなって」


 晴希は少々引き気味になった。


「でも、私……誰かといないと、どうにかなってしまいそうで……」


 穂乃果は、晴希の右の腕に抱きついてくる。


 ――ッ⁉

 急におっぱいを押し付けられる。


 いつも通りのぬくもりを、晴希は自身の腕に感じた。

 キスしようと言われかつ、女の子の最大級の武器で、晴希の腕は制圧されているのだ。


「あ、そ、そういえば……家に帰れば、親戚の人とか、弟とかいるんだったよね? じゃあ、行先変える?」

「いるけど……でも、今日は親戚の人はいないし……それに、私、あまり親戚の人は好きじゃないから」

「そうなの?」

「うん……」


 穂乃果は比較的落ち着いた声で言う。

 拒絶という感じ。

 そういう風な話し方だった。


「ねえ、行こ。私、晴希から慰めてもらいたいし」


 彼女は腕に抱きついたまま、上目遣いで見つめてくる。


「……」


 晴希は恥ずかしい。

 おっぱいを感じながら、女の子からエロいことを求められることなんて今までなかった。

 人生で多分、こういう風な経験をするのは、後にも先にも穂乃果しかいないだろう。


「じゃ、あ……行こうか」

「うん♡」


 穂乃果は愛らしく頷き、晴希は恋人のような間柄で歩き出す。彼女の家に向かって――


 数分ほど歩いた先に、穂乃果の家がある。

 彼女は一旦、晴希から離れ、玄関の鍵を開けた。


 晴希は穂乃果に連れられ、家に上がる。

 彼女の家は以前と変わらず、内装は平凡な感じであった。

 家の奥から全く音が聞こえない。

 まだ、小学生の穂乃果の弟は帰ってきていないらしい。

 

 本当に穂乃果と一緒に、彼女の家ですると考えると、心臓の鼓動が高まってくる。

 晴希は緊張感に押し潰されそうだった。


「私の部屋に来て♡」


 穂乃果はそう言う。

 晴希は彼女から右手首を掴まれ、引っ張られる。


 共に階段を上り、晴希は彼女の部屋に足を踏み込むのだった。

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