第37話 晴希? ちょっと話いいか? 穂乃果のことについて話したいんだけどさ

 倉持晴希は悩み込んでいた。

 先ほどの件である。


 学校の屋上で、黒木日葵と出会い、彼女から睨まれたのだ。

 その顔が忘れられない。

 それが印象的だった。


 日葵が抱え込んでいる悩み。結果的に、それを直接聞いた感じになり、晴希は心苦しかった。

 同情というか、軽蔑というか。それらに当てはまらない、複雑な心境だった。


 今、晴希は教室の自分の椅子に座っている。

 丁度、パンを食べ終わったところだった。


 何となく、窓の外を見たのである。

 昼休み中であり、外で遊んでいる人がいた。

 そして、教室にも、数人ほどいる。

 仲間内で会話している人ばかり。


 晴希は、席から立ち上がり、パンの袋を教室の端に置かれたゴミ箱に捨てた。

 席に戻ろうと、振り返った直後、話しかけられる。

 そこには、身長の高い、高屋敷漣が佇んでいたのだ。


「なあ、ちょっと、俺と会話しないか?」

「どんな事?」

「まあ、いいからさ。昨日、色々あっただろ」

「うん」

「だからさ、それについてさ。別のところで」

「なんで?」

「いや、あの事さ。穂乃果の件もあるし、教室では離せないというか。とにかく、来てくれ」


 漣は、晴希の近くで、こっそりと話す。


「わかった……」


 晴希は頷いて承諾した。


「おい、漣。どこに行くんだよ」


 漣と、いつも一緒にいる仲間が、今、二人のいるところへ向かって、話しかけてくるのだ。


「ごめん。ちょっと用事があってさ。午後の授業までには戻ってくるからさ」


 漣はハッキリとした口調で言った。


「そういうことならしょうがねえな」


 話しかけた方の仲間は頷いていた。

 もう一人の仲間も理解したようで、漣に対し、“行ってこい”と、そんなことを口にしていたのだ。


 ふと気づく視線――

 晴希が教室から出る直前に、仲間内で会話している諸星穂乃果と視線が合った。

 彼女は特に話してこなかったが、瞳で合図をしている。


 多分、漣には余計なことを言わないでという視線かもしれない。

 そんなことを思いつつ、晴希と漣は教室を後に、学校の中庭へと向かうことになった。






 今、中庭には殆ど人がいない。

 昼休みの最初の時間帯には人が集まっているのだが。食事が終わると、別の場所へと移動する人が多いからだろう。


「そこに座ってくれ。そこで話をしようか」


 漣は、中庭の大きな木があるところのベンチを指さす。

 二人は一メートルほどの間を取るように、ベンチに腰掛けたのだ。


「……」


 漣は一旦、深呼吸をして。


「あのさ、穂乃果の件だけど。晴希はどうなんだ?」

「どうって?」

「一緒に関わっていくのかってことだよ」

「俺は……付き合っていこうと思ってるよ。そう、決意をしたから」

「……そうか。まあ、晴希が、決めたら別にいいけどさ」

「なんだよ。突っかかる話し方だな」

「いや、まあ、色々とあったからさ。穂乃果とは」


 漣は視線をそらしながら気まずげに言う。

 ハッキリとした口調ではなかった。


「あとさ、日葵から聞いたことだけど、ずっと前から晴希と穂乃果って親しかったんだってな」

「聞いたんだ……」

「ああ、昨日の帰りさ。話しながら一緒に帰って。その時な」

「そう、なんだ……」


 晴希は一瞬、ふと思い返すことがあった。

 先ほどの日葵の件である。


 自称仲間からの虐め。

 それについて、今話そうか、晴希は悩んでいた。

 漣は、そのことについて知っているのだろうか?


 今まで付き合っていたのなら、一応把握しているのかもしれない。

 でも、やっぱり、言おうがどうかで、晴希はモヤモヤと一人で悩み込んでしまう。


「ん? どうした? そんな難しい顔をしてさ」

「え? いや、その……」


 咄嗟に漣が視線を向けてきて、問いかけてくる。


「隠し事か?」

「……」

「隠し事はやめてくれよ」

「いや、漣だって。隠してたじゃん」

「そうだな。ごめん……でも、話は付けたんだ。問題はないだろ」


 漣はあっさりとした口調で返答してきた。


 まあ、いいのだろうが。もう少し、穂乃果に対する申し訳なさを口にしてほしかった。

 そこだけ、少しイラっとしてしまったのだ。


「それで、なに? 悩んでいることがあるのか? 聞くけど?」

「悩むというか。確認なんだけどさ」

「うん」


 漣は友人らしく相槌を打つように、話に耳を傾けてくれている。


「日葵が虐められていること、知ってる?」

「虐め?」


 漣は険しい顔を見せた。

 どういうこと、といった顔つきである。


「知らないんだね」

「俺、初めて聞いたんだけど……え。日葵が虐められている? え?」


 漣はすぐには理解できず、戸惑っている印象。

 もしかしたら、日葵は恋人の漣には、あまり言いたくなく隠しているのかもしれない。


「その話、詳しく聞かせてくれないか?」


 漣は激しく動揺している。

 珍しいと思った。

 でも、その仕草は、昔の漣を見ているようだ。

 漣が穂乃果と出会い。そして、付き合い、陽キャになる前の漣を――


 知らないなら教えた方がいい。

 漣と日葵は恋人同士であり、それは共有させておいた方がいいと思ったからだ。


 晴希は知っている範囲で、事の経緯を説明するのだった。






「そうなのか……? いや、俺、知らんかった」

「付き合ってるのに?」

「そうだけどさ。日葵って、昔からそういうことあまり言わないからな」


 日葵は高飛車なところがあり、弱いところを見せない傾向があるようだ。


 だから、先ほどの屋上で、醜態を晒してしまったことで怒りを露わにしてしまったのだろう。

 日葵の気持ちはわかるのだが、罵声で攻撃されるのは心にくるものがある。

 思い返すと、心が痛む。


「わかった……そういうことがあったんだな。ありがとな、晴希」

「いや、普通に言っただけだから」

「あとで、日葵には相談しないとな」


 漣は深く考えたのち、自分なりに納得したようだ。


「……でも心配だな……あとじゃなくて、今の昼休み中に話した方がよさそうだな。俺、ちょっと、日葵のところに行ってくる」

「今から?」

「ああ」

「それと話は?」

「それはもう終わり。穂乃果と普通に関わっていくんだろ? 俺はそれが知りたかっただけだからさ。俺はもう行くから。じゃ」


 漣はベンチから立ち上がる。そして、簡単に言い、背を向けて、日葵のところへと向かって行く。

 相当、日葵のことが好きなんだと、晴希は思った。


「……」

 今後、穂乃果と色々なことがあるだろう。

 穂乃果に何かがあった時、彼女を守ることができるのだろうか?


 そんなことを考えつつ、晴希もベンチから立ち上がったのだった。

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