第36話 なんで…お前みたいな奴に、醜態を晒さないといけないのよ、死ね、バカ‼

 外の風を浴びている。

 倉持晴希は、屋上のベンチに座っていた。


 やっとと言った感じに、胸を撫でおろし昼食を取ろうとする。

 袋からパンを取り出すと、それを一口食べた。


「……」


 晴希は無言で咀嚼する。


 おいしい……。

 今日の朝から色々なことがあったが、一人で食事をしている時が一番、気が楽だったりする。


 辺りを見渡せば、そこまで人がいない。

 まばらといった感じだ。

 多分、今日は少々、外の風の勢いが強いということで、あまりいないのかもしれない。


 いつも通り、平凡といった昼食時間。

 ただ、先ほどの彼女らの罵声を振り返ると、気分が落ち込んでいく。

 自分のことではないが、モヤモヤした感情を抱えていたのだ。


 日葵もそれなりに大変なのだと感じる。

 日葵だけが悪いとは言えない。

 罰ゲームの裏側には、彼女らの仲間がいるのだ。

 仲間と言っても、表面上だけの関係性であることが高い。


 晴希は、そんなことを考えつつ、パンを再び食べる。

 すると、近くの屋上の扉が豪快に開かれた。

 嫌な予感しかしない。


 そこから一人の人物が、嫌悪感を見せつつ入ってくるのだ。

 屋上に足を踏み入れた人物は晴希の存在に気づくことなく、フェンスのところまで駆け足で移動していた。


「……」


 晴希は無言になった。

 その嫌な予感は見事に的中したからだ。


 日葵……?

 晴希は一旦、パンを食べることをやめた。

 黒木日葵と視線が合わなかったものの、変な意味合いでドキドキしていたのだ。


 存在に気づかれたら、何かを言われるかもしれないという恐怖感。

 それと、空き教室での彼女らのやり取りが脳裏をよぎり、冷静に心を宥めることができなかった。


 今も、心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。


「どうして……どうして……私ばかり、こんなことになるのよ……あんなことできるわけないじゃない……」


 苦しみの混じったセリフが、フェンスの方から聞こえてくる。

 それは、日葵の心内にある声――


 日葵は表面上の仲間から嫌味を言われ、心がボロボロになっているのだろう。

 それよりも、屋上には人がいるのに、なぜ彼女は気づかないのだろうか?

 感情をうまく制御できず、現状を把握できなくなっているだけかもしれない。


 晴希は非常に気まずかった。

 背後にあるフェンスに日葵がいるからだ。


 ベンチからフェンスまで、数メートルほどの距離がある。

 けど、怖くて振り返られなかった。

 視線が合うのも気まずい。

 食事をしようと思っても、冷静にパンを食べ続けることはできなかった。


「どうするのよ……パパ活なんて。やれるわけじゃん、クソ。そもそも、馬鹿はどっちよ。絶対に、あいつらの方がおかしいじゃない」


 日葵は足でフェンス蹴っているようだった。

 そんな音が聞こえる。


「死ねとか、私が言いたいくらいだし。むしろ、私が、お前らと一緒に、いてやってるだけだし。ああッ、なんで、やんないといけないのよ。パパ活とかさ。それだったら、キモい陰キャのあいつの方が何千倍もいいし」


 日葵は大声を出し、フェンスを再び蹴っていた。

 彼女の言動に恐怖を感じ、次第に屋上から、人がいなくなっていくのだ。


「というか、漣と付き合っている時に尾行するなし。なんで……よ、私の方が最初に好きだったのに。あいつらの方が、あとに好きになっただけじゃない。それを勝手に、奪おうとするとか、絶対にありえないし」


 日葵の感情はさらにヒートアップしていく。

 未だに、彼女が現状に気づいていないようだった。

 冷静になった時、彼女は本当の意味で、現実を受け入れざるを得なくなるだろう。


「死ね、あいつら……お前らとは学校にいる時だけだからな。仲良くしてんのはさ」


 また、フェンスを足蹴りする音が響く。


 屋上のフェンスはそうそう壊れないと思うが、日葵の怒り方は怖かった。

 今、見つかってしまったら、殺されそうな勢いがある。

 ヒヤヒヤしてばかりだ。


 あれ……?

 ふと顔を上げ、辺りを見渡せば、屋上のベンチに腰掛け、食事をしていた人らは、もういなくなっていた。

 晴希だけである。


 皆、日葵の不満を耳に、昼休みという貴重なリラックス時間を汚されたくないのだろう。

 早いところ……立ち去った方がいいかな……。


「ああ、パパ活するくらいだったら、あのキモい陰キャとセックスした方がマシだったし」


 晴希がパンを片手に持ち、ベンチから立ち上がった頃合い、そんなセリフが聞こえたのだ。

 聞いてはいけないような言葉に、晴希は変にドキッとした。


 これはヤバい……。

 バレずに屋上から逃れればいいのだが……。

 晴希が屋上の扉に向かって歩き始めた刹那――

 嫌な予感が的中するかのように。彼女からの狂気に近い視線を感じたのだ。


「……」

「……」


 ゆっくりと右の方を見やると、フェンスのところで晴希の方を見やる日葵の姿があった。


 そこに佇んでいる彼女の頬は赤く染まっており、目をキョロキョロとさせていたのだ。

 なんで、お前がここにいるのといった表情を見せていた。


「……」

「……」


 互いに無言状態。視線を合わせたままで硬直しているのだ。

 衝撃的な現状に、互いに絶句したままだった。

 この何もしない時間がとにかく、心苦しいのである。胸の内を抉られた、そんな危機的な体感を、今していた。


「あ、あ、あなたさ、さっきのこと……き、聞いてたの⁉」

「……」


 晴希は無言で首を横に動かした。

 一応、見ていないということにしておいたのだ。

 けど――


「あああ、もう、嫌ッ」


 そんなバレついた嘘なんて無意味なのだ。

 日葵は気づいていた。だから、嫌悪感交じりの声を出す。


 醜態を晒したという恥ずかしさに、日葵は今になって、みるみると涙目になっていた。


「死ねよ、お前さ、死ね。なんで、こんな時に限って、お前がいんのよ。マジであり得ないんだけど、消えろ、馬鹿、死ね――」


 日葵の罵声が、風の吹く屋上に響き渡る。

 辛辣のセリフのオンパレードに、晴希の心は傷ついた。


「んん――ッ」


 日葵の睨みつけ具合に圧倒されてしまう。

 早くいなくなれと言った顔を見せている。


「わ、わかったよ……そんなに怖い顔、しないで……」

「んん――……じゃ、じゃあ、行きなさい。どっかにさ。そして、私の前に二度と現れんな」


 日葵は腕組をして、睨みつけてくる。強がっているような態度だ。


「じゃあ、行くけど……」

「だから行けって」


 日葵は乱暴な口調で言う。


「……えっとさ。さっきのことなんだけど。あのキモい陰キャとセックスした方がいいって、誰のこと?」

「――ッ⁉」


 日葵は絶句する。

 彼女は顔を背け、頬を紅葉させていた。


「……もう、嫌……お前みたいな奴。聞かれたくないこと、全部聞いてんじゃん……」


 日葵はボソッと呟いた。


「んッ……」


 日葵は泣き始めたのだ。

 うまく話せなくなり、指先で目を擦っていた。


「泣いてるの?」


 晴希は心配げに近づいた。


「うっさい。し、死ねッ……だ、だから……どっかに行けって……」


 日葵の涙交じりの声。

 嫌悪感のこもった話し方なのに、どこか、寂しさと苦しさを感じた。


 晴希も、心が打たれたように、息苦しくなったのだ。

 彼女が経験したことを知っているからこそ、余計に、辛い。

 馬鹿にされた経験はあるものの、今だけは同情してしまったのだ。


「でも、そのまま放置するわけには……」

「……あなたは、本当に嫌な奴……そういうところ嫌い」

「ごめん……」


 晴希は申し訳なく、頭を下げるように言った。


「でも……」

「なに?」

「な、何でもないし、フンッ」


 日葵は顔を背け、そのまま屋上から立ち去って行ったのだ。


 けど、彼女は最後に何を言いたかったのだろうか?

 そこだけが気がかりだったが、晴希は屋上にいることに気まずさを感じた。


「教室に戻ろうかな」


 教室の自分の席でひっそりと残りのパンを食べ切ろうと思った。

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