第35話 私…私の方が、最初に漣のこと、好きになったんだから…

 今日の昼休み。

 倉持晴希は、昼食を取ろうとしていた。


 学校の通学路近くにコンビニがある。

 そこで事前に購入していたパンを手に、晴希は教室を後に二階廊下を歩いていたのだ。


 向かう先は、誰もいないところである。

 一人で昼食を取るというのは、いつも通りであり、あまり気にはならなかった。

 ただ、気分を変えて別のところに行こうと思ったのだ。

 普段は学校の裏庭で食事をしているのだが、屋上に向かうことにした。


 二階の階段を上り、四階まで移動する。

 屋上に行くためには、四階を通らなければいけない。

 以前のように面倒な人がいなければいいけど、と思いつつ、四階廊下を歩く。


 すると、何かが叩かれた音が響いた。

 その上、怒り交じりの声も聞こえてくる。

 嫌な予感しかしなかった。

 けど、そこを通らなければ目的地まではいけないのだ。

 だから、不安な面持ちで、ゆっくりと先へと進んでいく。


 とある空き教室前。

 晴希はそこの前で何となく立ち止まった。

 無言でそこにいると――






「お前さ、なに調子乗ってんだよ。お前のせいで、私らの学校生活はめちゃくちゃなんだけど」

「そうそう、日葵にはさ、もっと苦しんでもらわないと、私たちが納得できないのよ」

「そもそもさ、あんたって漣と付き合ってるとか、マジなんでしょ? というか、穂乃果って奴から寝取ったってこと? そうなるよね?」


 倉木日葵の名前が聞こえる。

 馬鹿にするような口調で、その空き教室にいる子らが、日葵に対して罵っているような感じだ。

 晴希はその教室の廊下側の壁に背を付け、一部始終を聞くことにした。






「あんたさ、穂乃果から漣を寝取ったってこと言っていい? 全校生徒に言いふらしてもいいの?」


 空き教室にいるリーダー的存在が、日葵に対して圧力をかけているような声が廊下まで響く。


「それだけは言わないで……それ言われたら――」


 日葵の声が小さくなっていく。


「で、でも、どうして、そのことを知ってるの?」

「知ってるも何も私たちさ、この前から漣と街中を歩いているのを尾行していたし」

「び、尾行?」


 日葵は驚いていた。

 声を出せなくなるのだ。


「そうそう。監視されていることを知らなかったの? 馬鹿じゃん。でも、あんたが低能でよかったわ。簡単に調査できてさ」


 晴希と諸星穂乃果以外にも、高屋敷漣と日葵を監視していたということになる。

 晴希も、そのことについては知らなかった。


 彼女らはどうやって、監視していたのだろうか?

 もしや、変装とか、そんな感じなのだろうか?


「ねえ、どうする? 口封じしてあげるから、アレしてくれない?」

「アレって……どんなの?」

「そりゃあ、私のパシりになるかどうかってこと」

「……それくらいだったら……いいわ。漣との関係性を秘密にしてくれるなら」 


 日葵は苦しみに耐えながらも、必死に声を出していた。

 ギリギリ自分の立場が守られたと思ったからだ。


 パシり程度であれば、我慢すれば何とかなる。

 プライドというものもあるが、学校一の美少女から寝取った女と、全校生徒の前で言われ、変な噂を流されるよりかはマシ。

 日葵はそう思い、グッと痛む心を抑え込み、首を縦に動かしたのだ。


「へええ、そう? それでいいのね?」 


 リーダー的な人物が、日葵と向き合うように見下した感じに言う。

 ニヤッと笑った気がした。


「じゃあ、あんたさ、パパ活とかできる?」

「え……?」


 日葵は目を丸くしたまま、声を出せなくなっていた。


「どういうこと? パシりって、何かを買ってくるとか、そういう役割のパシりでしょ?」


 日葵は冷や汗をかきながら、必死に訴えていたのだ。


「はああ? そんなわけないだろ。やっぱ、馬鹿じゃん。私らが言うパシりってのはさ。誰かと付き合うってこと。この前の罰ゲームで学ばなかったの?」

「……」


 日葵は、リーダー的な彼女から圧倒され、言葉に詰まった。


 今、日葵の視界に移る人物らは、仲間である。

 自称仲間かもしれない。

 周りにクラスメイトらがいる時は、仲の良い振りをして親し気に話しかけてくるのだ。


 けど、今は全く違う。

 弱みを見せると、徹底的に潰そうとする。

 そんな自称仲間なのだ。


 日葵はまた失敗したと、心の中で思った。

 本当に愚かだったと――


 前回の罰ゲームも最初っから仕組まれていたのだろう。

 日葵が負けるように仕組まれたゲーム。

 表面上、笑みだけを見せる仲間。そいつからの戦略に嵌められただけである。


 何度も気を付けようと思っているのだ。

 ただ、自称仲間の彼女らは、最初その気にさせておきながら、うまく落とす。

 その手口にやられた。

 油断させるのがうまいのだ。

 日葵は、自分の過ちで失敗したことで、唇を嚙み締めた。


 本当であれば、強気な態度で巻き返しができたりもする。

 けど、今、彼女らは、穂乃果から漣を奪ったという情報を詳細に握っているのだ。

 余計に攻撃ができない故に、反発することさえも難しい。


 悲しさに追い込まれる。

 声を出して泣きたい気分だった。

 近くに漣がいれば、慰めてほしいとさえ思う。

 それほど、心が締め付けられるように苦しかったのだ。


 表面上、彼女らとは仲間であり。裏の方で苛めにあっていると言っても誰も信じようとはしないだろう。

 真実を晒しても、寝取った噂を何かしらの手段で拡散されるだけ。


 高校に入学してからの友達選びを間違ったのかもしれない。

 違う……。

 中学校に入った時点で、友人関係は終わっていたのだと感じた。


「ねえ、あんたさ、パパ活やるってことでしょ? 無言ってことはさ、でしょ?」

「……」

「なあ、お前さ、私らのことを馬鹿にしてんだろ。睨みつけやがって」


 日葵は僅かな抵抗をするように、周りにいる自称仲間である三人を睨んでいたのだ。

 別に睨もうと思って、睨んでいたわけではない。

 ただ、心の感情が表情となって現れただけ。


「ウザッ、死ねよ。勝手に漣と付き合いやがってさ」

「でも……私……元々、漣のことが好きだったし……」


 日葵がボソッと言う。


「は? うるせえから」

「きゃああ」


 日葵はリーダー格の女の子から足蹴りをされたのだ。

 膝辺りに直撃し、足を痛め、三人の前で日葵はしゃがみ込む。


「お前、女の子みてえな声出してさ。ウケる」

「そもそも、こいつ女だって」

「あ、そうだったわ」


 リーダーではない他の女の子らが、馬鹿にした感じの口調でやり取りを行っていた。


「ねえ、私らさマジで金ないのよ」


 リーダーの女の子が、しゃがみ込んでいる日葵を見下ろすように言った。


「ど、どうして?」

「どうしてって、本当に何も考えていないのね。あんたの尾行する時に金を消費しちゃったの。だから、その分返すためにも、パパ活しなさいよ? いい?」

「お前にはいい仕事だと思うよ。知らない臭いデブとセックスすればいいわ」

「日葵にはお似合いね。エロいビデオに出演するための練習だと思えばいいんじゃない?」

「それいい名案じゃん。よかったね、お前。将来のための活動ができてさ」


 日葵の前に佇む彼女らは嘲笑っていた。






 残酷である。

 でも、晴希からしたら、少々気分が晴れたような気がした。


「……」


 廊下側の教室の壁に背を付けた晴希は無言だった。


 けど、どこか心が晴れない。

 自分のことや、家族のことを含め馬鹿にされたことは、いまだに晴希の胸の内にあった。


「こんな解決でいいのかな……」


 晴希は、彼女らと遭遇することを避けるため、足音を立てずに、その場所から立ち去ったのだ。


 今から昼食を取るため、心にモヤモヤした感情を抱えつつ、屋上に向かうのであった。

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