第32話 ごめん…俺は、穂乃果に隠していたことがある…それと、俺らの関係は今日限りにしたい…

 倉持晴希は、諸星穂乃果と共に、夕暮れ時、とある場所にいる。


 それは、如何わしいホテル近くの、ビルの間。

 あの二人を待ち伏せするように、そこに潜んでいるのだ。


 タイミングを見計らい、姿を現す。

 それだけでいい。

 後は、今まで集めた情報を突き付けるだけだ。


「……ねえ、晴希? そろそろかな……?」


 隣にいる穂乃果は声が怯えているようだった。

 悔しさや悲しさが交じり合った話し方であり、まだ、現実と向き合えていないようだ。

 晴希は、そんな彼女の手を優しく触ってあげた。

 晴希の言動に、穂乃果もゆっくりと表情に余裕が戻ってくる。


 そして、彼女も手を優しく握り返してくるのだ。

 穂乃果の手から、怯えながらも勇気を出そうとしている思いが伝わってきた。


「私ね……晴希がいなかったら、どうしようもなかったと思うの。だから、最後まで一緒にいてね……」

「うん、わかった」


 晴希はハッキリと伝えた。

 穂乃果を慰めるように、受け入れたのである。


 今回は嘘じゃない。

 本心で、晴希は頷いたのだ。


「穂乃果も無理しないでね」

「わかってるわ……」


 穂乃果の声が小さくなった。俯きがちになる。


「穂乃果? そろそろ出るよ」

「うん」


 晴希と穂乃果は、ビルの間から姿を現す。

 タイミングよくビルの入り口から出てきた、その二人と遭遇するために。


「え? 穂乃果、晴希⁉」

「ど、どうして、ここに⁉」


 高屋敷漣と黒木日葵の驚き具合を見て、晴希と穂乃果は勝ち誇った態度を見せた。


「すでにわかってたんだよ」


 晴希は堂々と言った。

 漣に対して。そして、自分をフッた日葵に――


 二人は、もう言い逃れなんてできない。

 現場を押さえているのだ。

 早急に、隠していることを明らかにしてほしいと強く願う。


「穂乃果……なんで、ここに来たんだよ」


 漣は驚きの顔を浮かべていた。

 それに、日葵の手を握っている右手が少しだけ震えている。

 どんなに強気な態度を見せたとしても、心は正直なようだ。


「……学校外で、キモい陰キャの顔なんて見たくなかったのに。どうして、こんな……」


 日葵は悔しそうな表情を浮かべ、苛立っている。


「私、帰る」


 日葵は繋いでいる漣の右手を強引に引っ張る。


「ちょっと、待って」

「何? 漣もそのつもりだったでしょ」

「そうだけどさ、やっぱり……話した方がいいよ。今までのすべてを」


 漣は現状に驚いているようだが、意外にも冷静だった。

 漣は帰ろうとしている日葵の手を引っ張り直し、晴希と穂乃果の方を見る。


「私……もう、帰りたいの……」


 日葵は駄々をこねるような発言をする。


「でも、別に俺らは……だからさ、本当のことを話せばいい」

「本当のこと? 本当のことなんて……」


 日葵は俯き、本心を曝け出そうとは思ってはいないようだ。


「日葵、ここで、俺も自分の心にハッキリとさせたいんだ。俺は……隠すことに限界なんだ」

「漣……」


 日葵は正直驚いていた。


「……す、好きにしたら……」


 日葵は頬を紅葉させ、ぶっきら棒な話し方をする。


「じゃあ、俺らは、本当のことを話すから。どこかに行こうか?」


 漣は、晴希と穂乃果を見、淡々と自ら話し合いの場所を提供してくるのだ。


「わかったよ、漣……別のところに行こうか。穂乃果もいいよね?」

「私も、そのつもりだから」


 一応、今ここにいる人らの意見が一致したのである。

 四人は一旦、都合のいい場所へと向かうのだった。






 街中のファミレス店内。

 そこに四人はいた。


 漣はすべてを話そうとする姿勢だが、日葵の方はまだ、バレたことを受け入れられず、不満げに窓の外の景色へと目を向けている。


 晴希は、テーブルの向かい側にいる漣と日葵を見ていた。

 そんな中、晴希の右隣のいる穂乃果が口を動かそうとしていたのだ。


「ごめん……」


 穂乃果が話し始める前に、漣が話を切り出す。


 漣の態度に、日葵が彼のことを睨む。

 どうして、そんな発言をするのといった視線を、漣に向けていた。


「俺は、その……調子に乗ってたんだ」


 漣は昔のことを振り返り、考え込む顔つきで話し始めた。


「俺、元々さ。日葵と同じ中学の出身だったんだ」

「へ、へえ、そうなの?」


 穂乃果は相槌を打った。


 晴希も初めて知ったことである。

 友人関係だったとしても、日葵を話題に話したことなんて一度もなかったからだ。


 晴希は思う。

 元々、漣は女の子との関わりがあったのだと。


 高校一年生の時は、彼女とかいないとか、そんな話をしたことがあった。が、元から漣は、晴希のことを気遣い、女の子とあまり話をしたことがないと言っていただけなのだろう。

 そう考えてしまうと、漣に対して強く出られなくなる。


 けど、穂乃果と付き合っているのに、裏の方で日葵と付き合っていた事とは、また話が違う。


「それで、調子に乗っていたとは何?」


 穂乃果が真実を追求するように話をさらに進めた。


「それは……学校のイベントでミスコンがあった時。俺、ミスコン関係の委員会をしていたんだけど。そのイベントの終わりにさ、優勝した穂乃果から告白されて。好きだったというか、流されたというか。勢いで付き合ったんだ。皆からの評価が高かった穂乃果と付き合ったんだ」


 漣は心内に秘めていた思いを、勇気交じりに口にしていた。そんな彼の表情からは申し訳なさを感じたのである。


「そうなんだ……漣って、穂乃果とそういう流れで付き合っていたのか?」

「ああ……晴希にも言っていなかったな」


 漣は晴希の問いにも答えてくれた。


「それから、学校一の美少女って言われるようになった、穂乃果と付き合うようになって。皆よりも勝ったと思ってたさ。けど……」


 漣は一旦、言葉を区切ると、右隣の席の日葵へと視線を向けていた。


「やっぱり、俺には、日葵しかいないと思って。それで、俺は日葵にも告白したんだ。だから、責めるなら俺だけにしてくれ。元々、心が弱かった俺を責めてくれ」


 日葵の瞳を見終えた漣は、向かい側の席に座っている晴希と穂乃果を見た。

 彼の瞳に迷いなど感じられなかった。

 本気でそう言っているのだと、何となく晴希は思う。


 元々友人として関わることが多かったためか、すんなりとそれを受け入れることができたのである。


「……私とはやっぱり、見た目? 他人からの評価がよかったから、私の告白を受け入れたってことだよね?」

「ごめん……俺は、穂乃果の見た目しか見ていなかったと思う」


 穂乃果の問いに、漣は軽く頭を下げていた。


「……」


 穂乃果は無言だった。


 穂乃果がそれを受け入れられるのか不安で、晴希は彼女を見つめ、伺う姿勢になる。


「わ、わかったわ。元々、日葵の方が好きだったんでしょ?」

「あ、ああ……」


 漣は気まずげに頷く。


「俺さ。やっぱり、同じ時間を昔から共有していた日葵の方がいいと思って」


 漣は日葵の方を再び振り向き、言ったのだ。


 日葵はストレートに言われ、頬を紅葉させたのち、恥ずかしさを抑え込むために、窓の外へと顔を向けていた。


「だからさ……今日限りで、別れよう。穂乃果」


 わかっていた。

 穂乃果も、こうなることは気づいていたのだ。でも、いざ、別れを切り出されると、心が動揺する。


 だから晴希は、漣と日葵に見えないところで、穂乃果の左手を握ってあげた。

 すると、次第に彼女の表情に明るさが戻ってくる。


 そして、穂乃果は漣の発言に対し、頷くのである。

 正式に別れるといった意味合いを込めて――

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