第31話 私ね‥本当は自分でもわかってるの…

 ようやく放課後を迎えたのである。

 倉持晴希と諸星穂乃果は街中にいた。

 とある人物らを尾行するように数メートル先を歩いていたのだ。


 目的となる二人は、楽しそうに会話している。

 尾行を続けている穂乃果からしたら、腹が立ってしょうがないらしく、少しだけ不満を零していた。


「あまり話すと、バレるから」

「そ、そうね。んんッ」


 穂乃果は席払いをした。

 そして、隣にいる晴希を見る。


「あのね、私……本当にあいつのことが嫌なの。だから、どうにかして、潰したかったのよ。でも、晴希と関わってから、うまくいっていると思うし。感謝してるからね」

「……ありがと」


 なぜ、急に評価してきたのだろうか?

 晴希は余計なことまで考え込んでしまう。

 答えなんて出せないのに、深く思考してもしょうがない。


「でも、僕は……」

「それ以上は言わなくてもいいわ。二人を見失う前に、先に進むよ」

「うん……」


 晴希は気まずげに答えたのだ。

 目的地は決まっている。

 高屋敷漣と黒木日葵が今、向かっている場所だ。


 でも、下手に行動すると、失敗に終わってしまう。

 絶対に、あの二人が言い逃れできない瞬間を狙うのがいい。

 晴希もそう思う。

 多分、穂乃果もそう考えているはずだ。

 引き続き、二人を尾行するのである。


 街中。

 繁華街の入り口らへんに入っていく二人。

 晴希と穂乃果も距離感を詰めるように、そして、ある程度の距離を維持しつつ、入り口を通り抜けるのだ。


 辺りには人がたくさん歩いている。

 平日なのだが、男性女性問わず、スーツ風の人物をよく見かけた。

 多分、就職活動帰りかもしれない。

 もしくは、普通に営業が終わって、会社に戻っている最中かもしれなかった。


「ねえ、晴希……」

「……」

「晴希、聞いてる?」

「な、なに?」

「何じゃなくて、周りなんて今はそこまで見なくてもいいよ」

「え? でも、ぶつかっちゃうような気がして」

「じゃあ、私と手を繋げばいいでしょ。ね」


 穂乃果は晴希の方を向き、手を差し伸べてくれた。


「ほら、早く」

「わかった」


 晴希は受け入れるように繋いだ。

 穂乃果に引っ張られるように、人通りの多い場所を歩く。

 なぜ、今日に限って人が多いのか、意味不明である。


 そんなことを考えつつ、晴希と穂乃果は、あの二人が、とある店屋に入っていくところをとらえたのだ。

 その店屋とは、画集ショップだった。


「漣の奴、こんな店屋に入るの? なんで? よくわからないわね」


 穂乃果は店屋の前で佇み、悩んでいた。


「入る?」


 晴希は、彼女と手を繋いだまま、伺うように問いかけた。


「んん……私たち、今、変装とかしていないし」


 晴希と穂乃果は制服のままであり、なんの考えもなしに、入店するのは、さすがに無謀というものだ。


「じゃあね……」


 穂乃果は辺りを見渡す。

 すると、画集ショップの反対側に、無料のコインランドリー店があったのだ。


「あそこにする?」

「どうして?」

「だって、ここの画集ショップから、二人が出てきた時、一番わかりやすい場所じゃない。 それに、一応、ガラス張りみたいだし、中の方から繁華街を見渡せるでしょ?」

「そう、だね」


 洗濯するわけじゃないのに、入ってもいいのだろうか?


「じゃ、行こ、晴希」

「う、うん、ちょ、ちょっと」


 急に引っ張られ、転びそうになった。が、何とか、晴希は態勢を整える。


 二人はコインランドリーに入った。

 今は誰もいないようで静かな感じ。

 辺りからは乾燥機や洗濯機の音だけが響いていた。


「画集ショップなんて、どういうことなのよ」


 穂乃果は、昔と趣味の違う漣に対し、嫌気がさしているようだった。

 漣の心はすでに、日葵の方へと向かいつつあるのだろう。

 いや、心の底では、穂乃果のことを、もう彼女だと認識していないのかもしれない。

 そう考えると、晴希も心苦しく感じる。


 晴希は、この頃、漣と同じことをしていたのだ。

 束縛の強い穂乃果から逃げるように、彩葉の方へ心が傾きつつあった。


「……」


 晴希は暗い気持ちのまま、無言で店内のベンチに腰かけた。

 軽くため息を吐く。


 彩葉のことも好きである。

 そもそも、彼女とは幼馴染であり、初恋だった存在。


 ようやくこの頃、恋人としての距離感が縮まってきたような気がする。

 彩葉と正式に付き合いたいという思いもあった。

 だから、頭を抱えるように悩んでしまう。


「晴希、頭痛いの?」

「え、いや……ちょっとさ」

「ねえ、もしかして、学校での話のこと?」


 穂乃果はコインランドリーの外の風景を見つつ、晴希の隣に座ってくれた。


「……」

「私だって……わかってるのよ」

「え?」


 突然の穂乃果の悲し気な声が聞こえる。

 晴希は隣にいる彼女を見やった。


「私ね……他人に対して束縛が強いのはわかってたけど。けど、やっぱり、それを受け入れられなかったの。私、自分の欠点から目を背けて生きてきたのよ」


 穂乃果は過去の過ちを振り返るように、落ち着いた口調で話し始めていたのだ。


「穂乃果……?」

「ごめんね。私、自分でもおかしいとは思っているけど。昔のことがあるし、苦しいの。だから、自分の欠点から目を背けないとどうしようもなかったの」

「そんなに自分だけを責めないで」


 晴希は慰めてあげた。


「……ありがと。私ね、今もね、苦しいの。漣が、日葵と一緒に。私の知らない趣味を共有して……なんか、心が苦しいの」

「…‥」


 そんな彼女の顔を見ていると、晴希も悲しくなった。

 穂乃果は嘘をついているわけじゃない。

 本心から言っているのだと察した。


 こんなにも身近な存在が苦しんだり、悲しんでいるのだ。

 彩葉のことばかり考えていた自分が馬鹿だと思うようになった。


 それに、漣も、穂乃果のことを無下にし過ぎである。

 やっぱり、漣のことは許せない。

 それに、日葵と付き合っているのだ。


 漣と日葵。二人には、何かしらの理由があって付き合っているのは、なんとなくわかる。

 以前、保健室で休んでいた日の朝。校舎の四階で、日葵の仲間のふりをしている奴らの話を聞いたことがあった。

 日葵がそういう事情で漣と付き合うのはわからないでもない。


 けど、穂乃果に隠れて、付き合うのはよくないと思う。

 浮気をするなら、ハッキリと決別をしてほしい。


「穂乃果。元気を出しなよ」

「……」


 晴希はベンチから立ち上がり、彼女に手へ伸ばす。

 今度は自分の番だと思った。

 早くあの二人へ罰を与え、今、穂乃果が悩んでいることを解消してあげたい。


 刹那、向かい側の画集ショップから出てきた二人の姿を、コインランドリーのガラス窓から見えた。


「あの二人出てきたよ」

「本当に?」


 穂乃果も振り返るように立ち、その光景を見続けていた。

 彼女は悲し気な瞳で、その二人が繁華街を歩くのを見ている。


「行こう、穂乃果」

「う、うん」


 穂乃果は軽く笑顔を見せてくれたのだ。

 ただ、完璧な笑顔ではなく、涙目交じりの笑み。


 晴希は彼女の手を優しく握り、一旦コインランドリーから出たのだった。

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