第30話 これじゃあ…浮気している漣と変わらないじゃないか…

「あの、さ……ちょっと話したいことがあって」


 倉持晴希は、おどおどした口調で言う。


 翌日。二時限目の移動教室終了後の休み時間。


 二人は空き教室にいた。

 今は誰もいないのだ。 

 これで心置きなくやり取りができるというもの。


「昨日のことなんだけど」

「……ごめん、私の方も、ごめんね」


 晴希が話し始めると、突然、諸星穂乃果も謝罪してきた。

 彼女は昨日までと打って変わって、大分おとなしくなっていたのだ。


「ん?」

「だから、私も晴希のことを考えずに変なことをしちゃってごめんね……冷静になって、私わかったの。私もおかしかったよね?」

「そ、そんなことはないよ。気にしないで。穂乃果も色々あったんでしょ?」

「そうだけど」


 穂乃果は頷く。

 彼女のことを考え、晴希は余計なことは聞かないことにした。

 晴希も隠し事がある。

 疚しい思いがあり、無駄に話を広げないでおいたのだ。


「ねえ、話したいことって」


 穂乃果からの問い。


「あの二人の情報が見つかりそうなんだ」

「あの二人っていうと、漣の件?」

「うん」

「本当に?」


 穂乃果の表情も明るくなる。


「そうなんだ。あともう少しで何とかなりそうっていうか。だからさ、今日、協力してくれない?」

「いいよ」


 穂乃果は普段通りに積極的だった。

 迷うことなく、協力してくれる意向を示してくれたのだ。


「いつがいい? 放課後? 多分、調査するなら放課後がいいよね?」

「うん。僕もそのつもりだったよ」


 晴希には一応作戦がある。

 あの二人は今日、とある場所に行くという予定は知っているのだ。

 だから、事前に行動し、その場所で待ち合わせをした方がいいだろうと。


「それで、どうやって、その情報を手に入れたの?」

「色々なことがあってさ」

「色々?」

「うん」


 穂乃果は疑うような視線を見せてくる。

 気まずくなった。


「そんなに気にしないで。一応、僕には作戦があるんだ。今日は、僕の指示に従って行動すればいいよ」

「へえ、晴希の方から積極的になるなんてね」


 彼女から逆に評価されてしまったのだ。


「じゃあ、今日の放課後。あとのことはメールで連絡するから」


 晴希はそう言うと、背を向け、扉の方へと向かうのである。


「ねえ、晴希?」

「――⁉」


 咄嗟に背後に抱きつかれるのだ。

 制服越しのおっぱいの柔らかさが伝わってくる。


「ありがとね。色々とやってくれて」

「……そんなことはないよ。ただ……当たり前のことをしているだけだよ。穂乃果とは約束したじゃん。二人の浮気現場を調査するって」

「うん」

「僕は……裏切らないから」


 晴希はそう言った。

 でも、それはただ、穂乃果を安心させるためである。


 実際のところ、二人の浮気現場を押さえ、穂乃果の問題が解消したら、もう終わりにしたかった。

 こんな苦しい関係をリセットしたいと思っていたのだ。


「本当に裏切らないでね……」

「……」


 背後から聞こえてくる声。

 晴希は嫌な意味合いで、ドキッとしてしまった。


 穂乃果からセリフを耳に、今思う。

 今の自分って、漣と同じなのかと――


 穂乃果からの思いが強すぎるから、高屋敷漣も穂乃果から逃げたいと思ってしまったのかもしれない。

 愛が強いのはいいけど、束縛するような言動が多いのは辛いのだ。


「穂乃果、少し離れてくれない?」

「どうして? 私、このままでいたいの」

「けど、授業始まっちゃうから」

「……」


 穂乃果は無言になり、同時に抱きついてくる力が少しだけ強くなったような気がした。

 今、穂乃果の思いを感じている。

 背中から伝わってくる温かさがあった。


 けど、時間が経過すればするほど、疚しい気分に陥ってくるのだ。

 逃げたかった。


「…‥ねえ、晴希? 私と何か話しよ」

「なんで?」

「だって、晴希と少しでも一緒に居たいから」

「でも、僕は……」


 心が苦しくなってくる。

 辛い。

 胸が痛んでくるのだ。


 漣と日葵の浮気問題を解決したら、彩葉と告白しようと思っていた。

 けど、穂乃果は心の底から想いを伝えてきている。そんな彼女の気持ちを無下にもできなかった。


 穂乃果とは浮気をしないと約束しているのだ。

 だから余計に心が痛むのである。

 なんて、よくない奴なんだと。晴希は後悔の念に駆られてしまう。


「晴希? 私のこと、嫌いにならないでね。絶対よ。それにもう、私とは付き合ってるようなものだから」


 そう言う彼女は、背後から晴希の首筋を舌で舐めるのである。

 性感帯が刺激され、体をビクつかせた。


「もう、反応が可愛い」

「ば、馬鹿にするなよ……」


 晴希は強がってみせた。

 この頃、女の子の方から弄られてばかり、その上、子供扱いされているような印象を受け、嫌気がさしていたのだ。


「晴希? 私が何をしても、最後には協力してくれるじゃない。そういうところがいいの」


 穂乃果は背後から囁く。


「ねえ、晴希? 私から離れようとしているでしょ?」

「え?」

「もしかして図星?」

「図星じゃ……」


 晴希は言葉に困った。

 どうして、内面のことがわかるのだろうか?

 変に心臓がドキドキしてくる。


「私、聞いていたの」

「き、聞いていた……?」


 晴希の心臓が飛び出しそうになっていた。

 それほど、胸の内が抉れてしまうセリフだったからだ。


「私が晴希の家を訪れた時、あのお姉さんと別の部屋で何か話していたでしょ?」

「……」

「私、聞いていないとでも思った?」

「……」

「ねえ、無視はよくないよ?」


 晴希の心臓の鼓動は加速していく。落ち着きを失った暴走車のようにだ。


「でも、私、辛かったんだよ。晴希と、あのお姉さんが会話していた日の夜ね。悲しかったし、苦しかったの。だから、その次の朝ね。晴希に意識してもらえるように、いっぱい愛の確認をしていたの♡」

「そういうことだったの?」


 晴希は軽く息を吐くように、左手を胸に当てた。


「うん。でも、やっぱり、晴希って、あのお姉さんのことが好きなんだよね?」

「幼馴染だから、ただ単に……」

「嘘……話し方が違ってたじゃん」

「話し方が違う? そんなわけ……」

「私、わかってるの。話し方を聞けばわかるから。ねえ、晴希は、私と、あのお姉さん。どっちが好きなの?」

「それは……」


 晴希は言葉に詰まる。

 本当は、彩葉の方を選びたい。

 けど、心の底から言えなかったのだ。


 背後から感じる穂乃果の想い。

 彼女の気持ちを裏切ることもできず、押し黙ってしまう。


「……あのお姉さんの方が好きなんでしょ? 何も言わないってことは」

「……好きだよ、穂乃果のこと……」


「そう……今はそういうことにしておいてあげる」


 穂乃果は意味深気な発言をし、晴希の背中から離れる。


「じゃ、教室に行こ。三時限目が始まっちゃうでしょ」


 穂乃果の方が先に、扉を開け、授業が行われる教室に向かうことになった。


 穂乃果は笑みを見せていたが、どこか、闇を感じる。

 晴希は申し訳なく思う。


 これでは、漣と同じだ。

 晴希は本能的にそう察したのだった。

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