第28話 ハル? あのね、私のこと――

「ハル、そろそろ食事しない?」

「そうだね」


 倉持晴希は頷いたのだ。


 街中のビル内にある高級レストランに訪れ、晴希は幼馴染の天羽彩葉と、一緒に食事をしている最中だった。


 今日のお昼はそこまで食事は取っていない。

 諸星穂乃果のことを考えると、お腹が痛くなり、それどころではなかったからだ。

 ゆえに夕方五時頃の今、お腹が減っていた。

 早く食べたいと思いが強くなっていく。


 晴希は目の前のテーブルに置かれたトマト風味のパスタをフォークで絡ませながら口に運んだ。

 普通に美味しい。

 彩葉が選んだレストランだけあって外れはないようだ。

 昔から彩葉は、料理を選ぶ能力に長けているところがある。


「ハル? 味はどう? 美味しい? それともよくない?」

「いや、普通にいいと思うよ。ありがと……」


 晴希は頬を紅葉させながら言った。

 彩葉の瞳を見ることなんてできなかったのだ。

 照れくさくて俯きがちに、一旦フォークをパスタの皿に置くのである。


「ハルって、あの子とは本当に恋人じゃなんだよね?」

「うん」

「助けてほしいって。相当大変なのね」

「大変も何も、怖いとさえ思うんだ」


 晴希は怯えた話し方になっていた。


「それで、私にできることってある?」

「今のところは、相談に乗ってほしいんだ。それと協力を」

「相談と協力、だけでいいの?」

「うん……あと……何でもない……」


 晴希は頷くように言う。

 が、本当は、彩葉と付き合いたいという思いがあった。

 けど、そういったことは口にはできなかったのだ。


 恥ずかしいという気持ちが強い。それに、年上の相手に告白したとしても、受け流されてしまう可能性だってある。

 そもそも、彩葉は誰かと付き合っていると思われ、晴希から勇気をもって告白なんてできなかった。


「どうしたの? 急に無言になって」

「なんでもないよ。気にしないで」

「大丈夫? 水でも飲む? 私が、ウエイターでも呼ぶ?」


 彩葉は優しい笑みを見せ、問いかけてくる。

 彼女は何でもしてくれるのだ。

 それは嬉しいのだが、弟のように扱われているようで、あまり好きじゃなかった。


「水を飲むにしても、僕がやるから」

「……そう? でも、具合が悪かったら、私にも言ってよね」

「わかってるさ」


 晴希は自分からウエイターを呼ぶ。

 そして、空っぽになったコップに水を入れてもらったのだ。


 ウエイターが立ち去った後、晴希は満たされたコップの水を飲む。

 体が潤され、気分が落ち着いた感じになった。






 晴希は食事をしつつ、彩葉と一緒に他愛のない会話のやり取りをし、食事を続けていたのである。

 辺りにいるお客の数も夜に近づくたびに、増えている印象があった。


 大半、六時半を過ぎた頃合いに、サラリーマン風の男性や、レストランの雰囲気に合った服装の女性など入店してくる。

 すんなりと入店できていることもあり、事前に予約していたのだろう。

 ただ、晴希と彩葉は当日予約だった。

 それでも簡単に入店できていたのである。


 彩葉の知り合いが、ここのレストランのオーナーと知り合いだったらしく、当日予約でも問題はなかったようだ。

 レストランの方も、どんな状況にも対応できるように、三席くらいは予約しているように扱っているらしい。


「……」


 晴希は無言で対面上に座っている彩葉を見た。

 そもそも、知り合いとは一体、誰なのだろうか?

 付き合っている彼氏ということなのだろうか?

 真意は不明であり、余計に聞いて真実を知ってしまうのも嫌だった。

 けど、気になってしょうがないのだ。


「ハル? ボーッとしているけど、意識ある? 緊張してる?」

「き、緊張なんか……してないし」

「なんか、強がってる?」

「強がってないから……」


 晴希は彩葉が誰かと付き合っているところを想像すると、変に緊張し、うまく会話ができなくなる。


 彩葉は大人びていて、優しく接してくれる上に、親密になって話を聞いてくれるのだ。

 容姿もよく、今、彼女が身に纏っているドレスのような衣装も似合っている。

 どう考えてもモテないということを、晴希は想像できなかった。


 やっぱり、誰かと付き合ってるよな……。

 晴希は、心の中で不安げに思う。


 晴希も一応、正装はしている。このレストランに入店する前、彩葉と一緒に、同じビル内にある衣装のレンタル店に訪れていた。


 だから今、学生服ではなく、スーツのような衣装に身を包んでいるのだ。

 髪型も整え、それなりに振舞っているはずである。

 けど、大人としてはまだ不十分であり、ドレス姿の彩葉とお似合いかというとそうではないのかもしれない。


「けど、私ね……ハルと一緒に、このレストランに来るとは思ってなかったなぁ」

「もしかして、嫌だった?」

「違うよ。その逆だから」

「逆? 元々一緒に来たかったってこと?」

「うん。変かな?」

「変じゃないと思うよ」

「……よかった」

「え?」

「んん、なんでもない……」


 彩葉は頬を紅葉させ、俯きがちになる。

 晴希も、彼女の反応を意識するように俯きがちになってしまう。

 これでは、お見合いか何かみたいで、更に気恥ずかしくなるのだ。


「ハル――」

「彩姉――」


 互いにセリフが重なってしまった。

 余計、変な雰囲気になったのだ。


「ハルからでいいよ」

「彩姉からで」


 レストラン内は、落ち着いた空間であり、クラシックのようなBGMが流れている。

 声を荒らげてしまうと、周りから変に注目を浴びてしまうのだ。


「じゃあ、私から……あのね……」

「うん」

「彩姉って呼ばなくてもいいから」

「……どういうこと?」

「普通に、彩葉って呼んで」

「ど、どうしたの急に」

「前々から言おうとしていたんだけど、もう、昔じゃないし、そろそろ、名前で呼んでほしいなって」

「……」


 まさか、彩葉の方からそういう提案をしてくるとは思ってもみなかった。

 晴希は唾を呑み。彼女の発言を伺う。


「私もね、晴希って呼ぶから」

「うん、わかったよ……彩姉」

「もう、言ったそばから、彩姉はよくないよ。ハル」


 と、彩葉も言ってから気づいたようで、両手で口元を抑えていた。


「彩姉だって、ハル呼びじゃん」

「私だって、間違えることくらいあるわ」

「でも、今まで通りの方が気楽でいいけど」

「ダメです。少しは意識して欲しいから……」

「なに?」

「な、なんでもないッ」


 彩葉は頬を膨らませ、ちょっとばかし怒った素振りを見せていた。

 けど、怒っているよりも、子供っぽかったのだ。


 大人らしい立ち振る舞いだったのに、一瞬、昔のように思えてしまい、晴希は軽く笑ってしまった。


「なに、それ、酷いんだけど」

「ごめん。でも、わかったよ……彩葉……こ、これでいいのかな?」


 晴希は言った。

 緊張したが、何とか羞恥心を抑え、初恋だった相手の名前を人生で初めて告げたのだ。


「ありがと、私のわがままを聞いてくれて……あとね、晴希」

「な、なに?」


 彩葉が席から立ち上がり、彼女はハンカチを渡してきた。


「口のところ、汚れてるよ」

「……」


 そういうところは、まだ指摘されてしまうようだ。


 彩葉と釣り合うためには、それなりの努力はした方がよさそうだと、晴希は汚れた口元を、渡されたハンカチで拭いて思っていた。

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