第27話 晴希? 私のことを好き? 好きだよね? ねえ、そうだよね?

「行ってきます。じゃあね、ハル」

「うん、またあとで」


 朝。倉持晴希は玄関先で、大学へ通う天羽彩葉を送り出した。

 今日は朝早かったみたいだ。


 簡単な挨拶をし終わった後、彩葉は、ウィンクをしてから扉を閉めたのである。

 それは彼女からの合図のようなもの。

 昨日の夜。穂乃果にバレないように、彩葉と一緒に約束したのだ。

 今日の放課後、街中でデートらしいことをしようと。


 やっと、彩葉と付き合うことができる。

 けど、まだ彼氏彼女の関係性じゃない。

 今は友達として付き合う前提である。


 晴希は気分を高めつつ、一旦、リビングに戻ることにした。

 リビングのソファには、諸星穂乃果が座っている。

 晴希は穂乃果の背を見ながら、彼女へと近づいていく。


「彩姉は送り出したから」

「……」

「ん? どうしたの?」

「なんか、親しいね」

「まあ、幼馴染みたいな感じだからね」

「幼馴染……?」

「うん」


 晴希は一瞬、変なことでも口にしたのかと、首を傾げつつ、穂乃果の右側に腰を下ろした。

 晴希は一旦、ソファ前のテーブルに置かれたコーヒーカップを手に、喉を潤すことにしたのだ。


「ねえ、晴希って、あの人と付き合ってるとか? そういうことってあるの?」

「え⁉」


 晴希は口に入れたコーヒーを拭きだそうになった。

 けど、吐き出すことを何とか堪えたのだ。


「なに? 私、そんな変なことを言った?」

「いや、言ってないよ? うん、言っていないと思うよ」

「そうだよね? 別に晴希が、あの女と付き合っていなければ疚しい感情なんてないよね?」

「う、うん……」


 晴希は言葉を切り出しづらくなった。

 彼女と視線を合わせることに戸惑う。


「晴希? 私と付き合うって決めたんだよね?」

「う、うん。そ、そうだよ……」


 晴希は表面上、そう言った。


 本当は心に疚しいことがあるからこそ、素直にすべてを曝け出すことなんてできなかったのだ。

 気まずい心境のまま、頷くだけだった。


「じゃあ、キスしよ」


 穂乃果は顔を向けてきて、さらに距離を詰めてくるのだ。


「え? なんで?」

「なんでって、付き合うことになったでしょ?」

「付き合うって、それはまだ先のことで」

「違うの? じゃあ、なんでさっき、付き合う時に頷いたの? やっぱり、あの女と、なんかあるの?」

「ないない。そ、それは……ないから」


 晴希は必死に否定したのだ。

 これ以上醜態を晒すわけにはいかない。

 余計なことを口にしたら、すべてが終了である。


「じゃ、朝のキスね♡」

「でも、なんでキスなの?」

「だって、本当に愛しているかの確認のためよ。私、本当に愛されているか、毎日確認したいくらいなの」

「ま、毎日⁉」

「うん。だから、これから、キスしよ♡」

「で、でも、そういうのは、たまにやる方が、新鮮味があっていいと思うんだ」

「否定的ね。どうして? 昨日、私とセックスしたのに。嫌いになったの?」

「違う嫌いになってない」

「じゃあ、なんで、なんで?」


 穂乃果は顔を近づけてくる。

 視線が怖い。


 逃れられない環境下。

 晴希は不自然に視線を逸らしたのである。


「ねえ、なんで視線を逸らすの?」

「そ、逸らしてないよ?」

「じゃあ、私の方だけ見てよ」

「う、うん……」


 晴希は怖くなり、彼女の指示に従う。

 穂乃果と目を合わせる。

 彼女の頬を赤い。


 穂乃果は普通にしていれば、普通に愛らしいのだ。

 けど、今の彼女は怖いとさえ思う。

 色々な意味合いで距離感が近く、下手なことを口にすれば殺されそうだ。


 多分、親しい関係になりすぎたんだと思う。

 晴希はそう感じた。

 そして、穂乃果は強引に、キスしてきたのだ。

 彼女は強引に舌を、晴希の口に入れようとする。


「……」

「……」


 晴希は一瞬、穂乃果と視線が合う。

 なんで、入れさせてくれないのといった表情を浮かべている。


 この雰囲気。

 舌を絡ませなければいけないと思い、しぶしぶ彼女の行為を受け入れた。

 受け入れたことで、穂乃果は積極的になり、抱きついてきたのだ。


 女の子の柔らかい体の感触を一心に受けながら、朝から如何わしいことをしている。

 起きてから、まだ一時間くらいしか経っていない。

 だから、余計に疲れる。

 朝はもう少し冷静に過ごしたかった。


「ねえ、晴希」


 穂乃果は一旦、キスをやめた。彼女は晴希の顔を見つめてくるのだ。


「な、なに?」


 晴希は動揺した面持ちで、彼女と向き合うのである。

 穂乃果のおっぱいが押し当っていることで、緊張感が半端なかった。


「聞くけど、私の事、好き?」

「好きっていうか。今は、友達って間柄で付き合うってことじゃ」

「そうじゃないから。もう私たちは恋人なの」

「……でも、漣のこともあるし」

「漣とは別れる前提なの。あともう少しで、情報は集め終わるんだし。その日のために、今から恋人でもいいでしょ?」

「恋人はさすがに」

「でも、晴希は彼女とか欲しいんでしょ?」

「欲しいけど」

「じゃあ、お互い、ウィンウィンじゃない?」

「けど、まだ、心の準備が……」

「え? 私といっぱいセックスして、まだ心の準備がまだなの?」

「まだっていうか」

「……もしかして、私のこと、嫌いになったの?」

「嫌いってわけじゃ」


 晴希はハッキリとは言い出せなかった。


「じゃあ、どう思ってるの? 私の事、どう思ってるのかな? 晴希って」

「友達……かな」

「やっぱり、私のこと、嫌いなんでしょ。だから、そうやって距離を取ろうとするんでしょ?」

「そうじゃないよ……穂乃果、少し落ち着いた方がいいよ?」

「私が? 私、普通だよ?」


 穂乃果は自身が異常であることに気づいていないようだ。


「今は朝だし、少し朝食でも食べないか? それと僕、少し考えたいんだ。恋人になるかどうかをもう少し考えたいというか」

「考える? 考えたら私を恋人にしてくれるの?」


 穂乃果は顔を近づけ、今にでも口が近づきそうな位置で彼女は言う。


「う、うん……考えて、答えを出したら」

「わかったわ。じゃあ、明日までに教えてくれる?」

「うん。言う。だから、今は恋人かどうかを保留にしてほしい」

「……答えを出してくれるなら。いいよ」


 穂乃果は晴希の顔から距離を取る。


「でも、絶対ね。晴希から絶対に、私に思いを伝えてきてね♡」

「あ、ああ。や、約束するよ」


 晴希は言った。

 多分、そう言わなければ、どうなるかわからないからだ。


 二人は一旦、話に決着がつき、共に朝食をとることになった。






 そして、放課後――

 晴希は街中にいた。


 ちょっとばかし高級なレストランに訪れ、テーブルを挟み、今、彩葉と対面していたのだ。

 晴希は今後のことを踏まえ、彩葉と一緒に会話し始めるのだった。

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