第22話 そんな話、聞くんじゃなかった…余計、気分悪くなったよ…

 ミスコンのことは覚えている。

 諸星穂乃果もろぼし/ほのかがあの日、学校一の美少女になった瞬間だからだ。

 あのイベントがあってから、半年と少しが経過した。


 倉持晴希くらもち/はるきは、穂乃果が入学当初から、去年のミスコンに至るまで、どんな生活をしていたかなんて知らない。

 学校一の美少女に上り詰めてからの彼女しか知らないからだ。


 高校二年生になるまで、晴希は彼女とは別のクラスだった。

 ゆえに会話したことなんてなく、つい最近知り合ったばかり。

 穂乃果が実際のところ、どんな人かなんてわからない。


 表面上は明るく気軽に話しかけてくることだってある。

 ただ、時たま見せる彼女の表情は、どこか暗く感じることがあった。

 何かを隠しているような、そんな顔を見せる時があるのだ。


 晴希は穂乃果と体を重ねた次の日、多少の不安を抱えたまま学校に登校していた。


「……」


 晴希は朝、昇降口で中履きに履き替えている。そして、教室に向かって移動し始めるのだ。


 昨日は真夜中になるまで、穂乃果と一緒に会話した。

 会話というよりも、一方的に話しかけられていた感じである。


 ミスコンのこと。

 高屋敷漣たかやしき/れんとなぜ出会い、付き合うに至ったのか。

 それらのことについて、聞かされていた。


「……やっぱり、漣とは色々と会話した方がいいよね……」


 晴希は右手を強く、そして優しく握る。

 穂乃果と今後も関わる身として、知っておいた方が多いと直感的に、昨日の夜、肌で感じていたのだ。


 穂乃果とのセックスは正直気まずかった。

 寝る前にも、もう一度やったものの、途中でアレが萎えてしまい、変な雰囲気のまま、穂乃果と一緒に就寝することになったのだ。

 だから、今日の朝は、穂乃果とは登校しなかった。


 セックス中の彼女の不満げな顔が蘇ってしまう。

 晴希は思い出したくなかったこともあり、今、気分を紛らわすために首を横に振った。

 強引に昨日の記憶を消し潰そうと思ったのである。


 けど、気まずい思い出は、そうそうに消えるものじゃない。

 余計に具合が悪くなった。


 はああ……初めてセックスできたのはよかったけど……。

 とにかく、不穏な空気感が漂う、人生初めての経験だったのは否定できなかった。


 今思えば、漣は穂乃果と付き合っていたのである。

 もしかしたら……いや、絶対に、あの二人はセックスしているはずだ。

 穂乃果は誤魔化すような口ぶりだったが、絶対に、行為に及んでいるのは間違いないと思う。


 穂乃果は晴希に対しても、セックスを迫ったのである。

 だから、彼女は漣にも、そのような行為を迫ったに違いない。

 本当かどうかわからないが、晴希は絶対にそう確信したのだ。


「……」


 そう考えれば考えるほど、晴希は心苦しくなる。

 女の子と性的な関係を結んだことなんて今まで一度もなかったのだ。

 友人とセックスした彼女のことを思い出すだけで、悔しさと虚しさを感じていた。朝なのに、虚無感に襲われるのである。


 晴希は心に暗さを抱えたまま、廊下を歩いていた。

 学校にいる人らは、穂乃果とセックスしたことなんて他の人は知らないだろう。けど、廊下を歩いている今、晴希は他人と一瞬視線が合うだけで、バレてしまうのではないかという恐怖心に煽られていたのだ。


 途轍もなく、苦しく逃げたい気持ちになる。

 晴希はストレートに教室に向かうことはせず、遠回りをしてから向かおうと思った。


 晴希は校舎二階の廊下ではなく、四階へと階段を使って移動する。

 基本的に、四階には誰も訪れない。

 極まれに人がいる程度。


 晴希は色々な思いに、体が押し潰されそうだったのだ。

 校舎の四階こそが、唯一の心の安らぎの場所だと思った。


 目的地に到着し、なんとなく四階の廊下を歩いていると、どこからか、誰かの声が聞こえてくる。

 なんで、この日の限って、人がいるのだろうかと思う。

 HRの時間になるまで、ひっそりと過ごそうと思ったが、そうそう思い通りにはいかないらしい。


「というか、あいつ知ってる?」

「あいつって?」

「同じ二年で、くそキモい陰キャと付き合った女の子ことよ」

「あ、ああ、日葵のこと?」

「うん、そう。あいつって調子乗りすぎだよね」


 廊下を歩いていると、不穏な空気感の中。近くの教室から気になる話し声が聞こえてきた。自分のことを言われ、心臓が急に掴まれた感じになる。が、怖いもの見たさに、知りたくもあるのだ。

 どんな人が、そのことについて話しているのか、その真相を知りたい。晴希は足音を立てないように、こっそりと、その教室前まで移動した。


 扉で閉ざされた一室。

 晴希は、その教室の扉に背をつけ、室内から聞こえてくる、馬鹿にする声に耳を澄まし始めたのだった。






「そもそも、あいつの方が悪いじゃん。だから、付き合わせたのよ」

「あんたも鬼だね。あんな奴と付き合わせるとかさ」

「まあ、いいじゃん。遠くからあの二人が付き合ってるところ見て、めっちゃ楽しかったし」

「まあ、私も同感なんだけどね」


 とある女の子らが、嫌なセリフを吐き、黒木日葵くろき/ひまりをネタに面白がっているのだ。

 日葵のことがそこまで好きじゃなかったとしても、晴希は心が痛んでくる。


 すべて、罰ゲームの一環だと、以前振られた時に、彼女から聞いたことはあった。


 その主犯格が今、この教室でやり取りをしているのだ。

 どんな人なのか知りたい気持ちはあった。

 けど、こちらから教室内を覗いてみれば、必然的に相手からも見られてしまう。


 室内にいる彼女らは、晴希に対し、よい印象なんて抱いていない。

 それどころか、見下しているのだ。

 余計に行動するというのも気が引けた。

 だから、こうして、教室の壁に背をつけている。


 逃げたい――

 急に辛い気持ちに追いやられ、そんな苦しみに押し潰されそうになるのだ。


「というか、あの陰キャさ。いつまで学校に来るつもりなんだろうね」

「さあ」


 彼女らは笑いながら、晴希の存在を馬鹿にするように話していた。

 気分が悪い。

 晴希は胸の内が苦しくなってきて、吐きそうになる。


「……」


 体調が優れなくなり、消えたくなった。

 けど、うまく体が動かない。

 彼女らのキツい発言に、心身ともにやられてしまったのである。


 心を落ち着かせるために、校舎四階に足を踏み込んだのに、逆効果だった。

 余計なことを知ろうとせず、すぐに別の階に移動すればよかったと、今になって思う。


 もう、死にたい……。

 そんな心境に駆られてしまっていた。


「というかさ、漣のことはどうする?」

「どうしよっか」

「あとさ、私知ってるんだよね。日葵の奴さ、裏の方では漣と付き合ってるみたいだよ」

「マジ?」

「そうそう。この前、街中で見たし」

「でも、漣は今、穂乃果と付き合ってんじゃなかったっけ?」

「そうだけど、こっそりやってるみたいよ」

「へええ、じゃあ、あいつにもう一回、罰を与えないといけないじゃんね」


 リーダー格のような女の子が、恨み交じりの話し方をしていた。そんな声が、晴希の心に辛く突き刺さる。


「というか、日葵って今、学校に来てる?」

「来てんじゃない? 二階の教室に行く?」

「行くに決まってんじゃん。色々と話しておかないといけないし。ああッ、本当にウザい奴ね。死ねって思うわ」


 女の子の恨みのようなオーラが漂う。

 しかも、教室の扉の方に、その女の子らが近づいてくる足音が聞こえた。


 これって……ヤバいんじゃ……。

 具合の悪い晴希は、左手を胸に当て、本能的に察したのである。


 けど、咄嗟に対応できない。

 晴希は、どうすることもできない状況に絶望を感じることしかできなかった。

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