第19話 おやすみ、倉持君…あとで、一緒になろうね♡
倉持晴希は今、諸星穂乃果の家にいた。
玄関に入り、辺りを見渡す。
至って普通の内装。
少し年季の入っている感じの家の雰囲気があり、多少の貧しさを感じたのである。
だがしかし、そこまで貧乏な様子ではないが、寂し気なオーラが漂う。
両親も弟もいない。
この前言っていた親戚の人がいる気配もなかった。
本当に今は穂乃果しかいないのだろう。
「倉持君は、そこで待ってて」
「うん」
晴希は軽く頷き、リビングに入るなり、彼女から指さされたテーブル前の座布団に座った。
晴希は彼女の家のリビングを見渡す。
あっさりとしていて、室内から明るい印象を感じなかった。
学校一の美少女が住んでいる家なのに、何気に平凡である。
「……」
晴希は無言で、キッチンに向かった彼女が戻ってくるのを待つ。
その間に制服のポケットからスマホを取り出す。
そして、スマホ画面と向き合う。
晴希は高屋敷漣の連絡先を確認していた。
今から連絡した方がいいのかもしれない。
あまりにも夜遅くだと迷惑になるだろう。
晴希はスマホを操作し、いつ会話できるかどうかを確認するメール文を構成し、打ち込んでいく。
「こんな感じでいいかな?」
――今週中、いつなら遊べるかな?
そんな感じの文を入力したのである。
「でも、違うかな……?」
どこかがおかしいような気がした。
元々友人関係だったが、高校二年生になったからは、そこまで親しい間柄ではないのだ。
だから、あまりにも馴れ馴れしいかもしれないと思った。
「今週中、空いてる日があったら、漣に合わせるよ……こんな感じの文がいいかな」
晴希は些細なことでも悩んでしまうのだ。
どうしたらいいのか、余計に悩んでしまう。
悩むほどでもないのだが、他人の表情を伺ってしまうところがあり、メールであっても緊張する。
今日は漣に対し、勇気をもって会話できたのだ。
そこまで他人行儀な文である必要性はないだろう。
「うん、もう、これからは勇気を持とう」
晴希は改めて決心を固め、メールの送信ボタンを押す。
これからは、もう後戻りなんてしない。
自分で決めたことなのである。
どんなことがあっても、向き合っていこうと思った。
「どうしたの、倉持君? さっき、誰かと電話をしていたの?」
「ん、いいや、違うよ」
晴希は首を振って否定する。
すると、キッチンの方からリビングの方に穂乃果がやってくる。彼女は制服にエプロン姿。彼女の衣装の着こなし方に嫌らしさを感じ、興奮してしまう。
晴希は恥ずかし気に顔を逸らした。
「え? 電話じゃないの?」
「な、なんというか、メールというか」
晴希は視線を合わせずに活舌悪く返答したのだ。
「メール? もしかして、漣に連絡したの?」
「うん。早めの方がいいと思って」
「そう……」
穂乃果は考え込み。そして――
「そうだ、倉持君は何がいい? 肉じゃがと、温野菜だったら」
「んん……どっちでもいいけど」
晴希は唸りつつ、頬を紅葉させ、俯きがちに返答した。
「どっちでもじゃなくて。どっち?」
「じゃあ、肉じゃがで」
「わかったわ、すぐに作るから待っててね」
穂乃果の口調が明るくなった。
「え? じゃあ、さっき何をしていたの? 料理じゃないの?」
ふと思う疑問。晴希は、穂乃果の方を見た。
「え、まあ、料理だけど。なんていうか、材料を集めていたのよ」
「材料……?」
何だろうと、晴希は思う。
材料を集める前に、肉じゃがか温野菜か、最初に聞くのが普通の流れなはず。材料を集めてから聞いたとしても、材料が違えば、また集めなおさなければいけないからだ。
晴希は疑問が解消されないまま、首を傾げるのである。
けど、深入りして問うことはしなかった。
その間に、穂乃果はキッチンへと姿を消していたのだ。
再びリビングで一人っきりになった晴希は、スマホ画面へと視線を向けたのだった。
「それにしても遅いな」
漣にメールを送って、三五分が経過した。
が、特に何かしらの反応もなかったのだ。
もしかしたら、漣に騙されたとか?
晴希はそう考えてしまう。
けど、今日、教室で会話した時は、笑顔で対応してくれたのだ。
まさかとは思うが、あの表情が嘘だったとは思いたくない。
「……もう一回、メールを送った方がいいかな? でも、余計に何度も送っても意味ないだろうし」
晴希が一人で悩んでいるとスマホが反応する。バイブ音が響き、晴希は突然のことに体をビクつかせた。
「……」
晴希はスマホのメールフォルダを開いた。
《俺が決めてもいいんだったら、明日とかでもいいか?》
――と、軽い文体で、漣からの返答があった。
一応、反応をして貰えて気が楽になったのだ。
「明日か……まあ、大丈夫……だな」
晴希は、そこまで重要な予定もない。
ただ、穂乃果と一緒に漣と日葵の周辺調査的なことが主であり、時間にはそれなりの余裕があるのだ。
晴希は“それでいいよ。じゃあ、明日ね”とメールを打ち、返信したのだった。
これで一先ず安心である。
明日。漣から、こちら側の思惑がバレないように会話をするだけだ。
晴希はホッと胸を撫でおろし、スマホ画面を裏返して正面のテーブルに置いた。
「倉持君、肉じゃができたよ‼」
穂乃果の明るい口調が、リビングにいる晴希のところまで届く。
エプロン姿の彼女は、トレーに肉じゃがを入れた器を置き、近づいてくるのだ。
「私、結構頑張ったんだよ。早く食べてみてよ」
「う、うん」
晴希は頷く。
肉やジャガイモの匂いが、晴希の鼻孔を擽ったのだ。
手料理のいい香りが漂ってくる。
その間に、穂乃果は、トレーにのっている肉じゃがの器を、晴希の前のテーブルに置いた。
「これ、箸ね」
テーブルに置かれた肉じゃがの盛り付け具合はよく、見栄えも素晴らしかった。同世代が作ってくれた料理を口にするのは、家庭科の調理実習の時以来である。
「じゃあ、頂くね」
先ほどハンバーガーを食べたばかりで、少々お腹は減ってないが、折角作ってもらったものを食べないというのは失礼に当たるものだ。
晴希は手に、箸と器を持ち、肉じゃがを食べようとする。
「そうだ。倉持君って、漣からメールは返ってきたの?」
穂乃果は晴希の隣に腰を下ろし、座布団の上に正座した。
「うん」
「どうだった?」
「明日、一緒に会話しようって言われて。それで一応、約束はしたけど」
「そうなんだ、じゃあ、そこに関しては問題ないね」
「うん……後は、僕らが何をしているかバレないようにしなきゃいけないけど」
「そうだね。倉持君、そこは気を付けてよね。私はその時、こっそりと遠くの方から確認してるから」
「それ怖いって」
「でも、倉持君がどんなことを漣とか話すのか、ちょっとだけ気になるし」
「気になる?」
「うん……」
穂乃果の一瞬、声のトーンが低くなった気がした。
「で、でも、そんなに変な意味じゃないから、気にしないでね」
彼女は慌てた感じに笑って誤魔化す。
そして、穂乃果も肉じゃがの器と箸を持ち、食べようとしていた。
「じゃ、気を取り直して、食べよっか。結構、出来がいいと思うの。私、こういうの得意だし」
穂乃果は自信ありげに話す。
「……諸星さんは食べないの?」
「私は、倉持君からの感想を聞いてからだよ。さ、早く」
「じゃあ、遠慮なく」
晴希は箸で、肉じゃがの、ジャガイモを取り、口へと導くのである。
「んッ……」
普通に美味しかった。
口内に広がっていく、程よい味わいに、心が癒されるようだ。
けど、同時に、視界がぼやける。
何だろうか。
具合が悪いとか、そんな感じではないのだ。
どこか、意識が遠ざかっていく。
あれ……。どうしたんだろ。
晴希はクラッと眩暈を覚え、手に持っていた肉じゃがの器と、手に持っている箸を不意に落としてしまう。
「……」
あれ、体が動かない……。
それとなんか眠い――
兎に角、怠いのである。
「おやすみ……倉持君――」
微かに穂乃果の声が聞こえる。
けど、最後の方がハッキリと聞き取れないのだ。
意味深な発言をされたのかもしれない。が、そんなことを考える暇もなく、晴希の意識は遠ざかっていくのだった。
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