第18話 倉持君、今日は私の家に来てくれない?

 倉持晴希は今、ハンバーガー店を出た。

 隣には、共に今後のことについて相談した、諸星穂乃果がいる。

 彼女は服装を整えたりしていた。


「もう帰る?」


 穂乃果は言った。


「う、うん、そのつもりだけど」


 どうしたんだろ……。

 まだ、どこかに立ち寄っていくつもりなんだろうか?

 晴希は変なことばかり意識してしまう。


 先ほど、自分が口をつけたハンバーガーを、彼女は一口食べたのである。

 あれはいわゆる、間接キスに近いと思う。

 そもそも、以前キスをしたこともあり、そこまで気にする必要性はない。

 気にする必要性は……。


 色々な思いが交差し、心臓の鼓動が変に高まってくる。

 どうしたらいいものかと考え、晴希は深呼吸をした。


「ね、どうしたの?」

「ん⁉」


 突然、穂乃果から左腕を触られ、変に体をビクつかせてしまう晴希。


「驚きすぎじゃない?」

「……諸星さんが急すぎなんだよ……」

「そうかな?」


 彼女は首を傾げていた。


「ねえ、倉持君って、今日暇?」

「え? まあ、暇といえば、暇だけど」

「じゃあ、今日、私の家に来ない?」

「なんで?」

「だって、もう少し今後のことについて話したいし」

「話す? でも、さっき十分に話したような気がするけど?」

「そうだなんだけど」


 穂乃果はどこか不自然である。彼女はチラチラと晴希の方を見、様子を伺うような姿勢。

 誘われているのかもしれない。

 けど、急に他人の家に行くのも申し訳ない気分になる。


「私ね、もう少し、君のことを知りたいっていうか。もう少し話そうよ。それに、漣と別れた後のために、もう少し恋人みたいな関係にもなっておきたいし♡」

「……」


 穂乃果は晴希の左腕の方に抱きつき、おっぱいを押し当ててきた。

 積極的な彼女の言動に押し負けそうになる。


「倉持君って、家に帰ったら何をしてるの?」

「えっと、普通に夕食を食べたりとか……なんで、それを?」

「ちょっとした雑談よ。いいじゃない、少しくらい話をしよ」

「話すくらいならいいけど……」


 そう言い、晴希は、くっ付いている穂乃果と一緒に街中を歩き始めたのである。


「ねえ、私ね……元々、あいつのことが好きだったの」


 穂乃果は唐突に話し始めた。


「あいつって、漣のこと?」

「うん。それに、漣の方も私の方が好きだったみたいだし。最初は順調だったんだけどね」

「そうなんだ。でも、長続きしなかったと」

「そうみたい……何がいけなかったんだろうね。ねえ、何だと思う?」

「それは……僕にもわからないよ……」


 晴希は少々声が小さくなる。

 漣とは高校生一年生の時からの友人だが、恋愛事情までは知らなかった。


 昔、漣から聞いたことがあるとすれば、中学まではそこまでモテなかった話くらいだ。

 多分、高校一年の終わりらへんから大きな変化があったのだろう。

 特に、晴希の今となりにいる穂乃果との関わりが大きく関係しているとはずだ。


 実際のところ、漣がなぜ、日葵に乗り換えようとしたのか、そこがわかれば解決できそうな気もする。

 漣に対し、それを率直に聞くこともできない。

 漣も、表向きは穂乃果と付き合っているフリをしたいのだ。


 仮に聞いたとして、素直に答えてはくれないだろう。

 そこらへんは難しいところだが、後日、漣と関わることになっている。

 聞ける範囲でいいから、遠回しに質問してみようと思う。


「あのね、後、私ね。今日誰もいないの」

「誰もって、弟は?」

「今日は帰ってこないよ」

「え?」

「だって、小学校で林間学校の行事があってね。その都合で今日は私一人なの。今日っていうか、明日明後日もだけど」

「そうなの?」

「うん……だから、一緒にいてほしい」

「一緒に……?」


 晴希はドキッとした。

 穂乃果の体が接触しているのもあるのだが、それ以上に誰もいないというワードに反応してしまったのだ。


 家にいないということは、必然的に二人っきりになるのは確実である。

 二人っきりと言えば……。

 晴希は色々なことを思考してしまう。


 んん、ダメだ……そんなこと……。

 あくまで穂乃果は漣の恋人であり、漣が日葵と裏で付き合っていたとしても、穂乃果とはそういう関係になることはできなかった。

 晴希は街中を歩きながら、一瞬目を閉じてしまう。

 そして、数秒後、瞼をゆっくりと見開く。


「ねえ、どうしたの? ダメかな?」


 穂乃果は誘うように、先ほどよりも制服越しに、おっぱいの膨らみを感じてしまう。

 これはもう、従った方がいいのだろうか?

 晴希はそう思ってしまい、体が熱くなっていく。


「……行ってもいいの?」


 晴希は伺うように、隣にいる彼女に問う。


「うん……一応、恋人のようなものだし」

「一応ね……」


 晴希は考え込んでしまう。

 確かに彼女とは恋人であり、しかしながら正式ではない。表向きは友達となっているのだ。

 友達であれば、家に行っても問題はないような気がした。


「わかった、行くよ」

「本当に? 嬉しい♡」


 穂乃果は満面の笑顔を見せてくれる。

 けど、彼女が見せてくれる瞳の色合いは、淀んでいるように見えてしまう。


 チラッとだけ見たことで、見間違いかもしれない。

 晴希は内心、嫌な思いを抱いてしまう。

 変なことにならなければいいのだが……。


「私が、今日は夕食を作ってあげよっか」

「でも、さっきも食べたしな」

「そうだけど。ちょっとだけ作ってもいい?」

「そんなに作りたいの?」

「うん」


 穂乃果は愛らしく頷く。

 今まで見せたことのないほどの笑みだった。


 晴希からしたら、怪しく思えてしょうがなかったのだ。

 だから、会話している時は、彼女の方を極力見ないことにした。


「ねえ、倉持君は、どんなものがいい?」

「なんでもいいよ。そんなに作りたいなら、どんなものでもいいし」

「どんなものでも?」

「いや、食べられるものであればね」

「そんなの当たり前じゃん。私だって、そこまで変なの作らないし。もしかして、私が変なの作ると思ってるの?」

「いや、そうじゃないけど」

「じゃあ、何?」


 穂乃果は左腕にさらに、ギュッと抱きついてくる。

 さらに胸の膨らみに圧倒されてしまう。

 こんな状況を他人に見られてしまったら、普通の恋人だと勘違いされてもおかしくない。


 そんなことを考えると、晴希の緊張感はさらに高まってくる。

 女の子慣れしていないこともあり、穂乃果とうまく距離感を作ることができなかった。

 それどころか、どぎまぎして、うまく話すことができなかったのだ。


「……?」


 晴希は穂乃果と一緒に街中を歩いている際、どこからか視線を感じる。遠くから誰かが、晴希の方を見ているような気がした。先ほど視界を遮ったのは、彩葉のように見えたのである。だがしかし、人混みをかき分けるようにもう一度見渡すと、彩葉の姿はなかった。


 もしかしたら、見間違いかもしれない。晴希はそう思うことにした。


「ねえ、倉持君。どうしたの?」

「な、なんでもないよ」

「もし、別の女の人だったら、許さないからね」


 穂乃果の声のトーンは普段と違っていた。何かに魅入られてしまったかのような雰囲気を感じてしまったのである。

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