第16話 私、倉持君のためになんでもしてあげるから…君は、私だけを見ていてね♡

「これって、確実に遅刻だよな……」


 倉持晴希は、どうしようもなく抗えない状況に頭を抱えてしまった。


 ただでさえ陰キャなのに、遅刻なんて余計に目立つ。

 周りの人から変な噂を立てられなければいいけど……。

 それと同時に今、思うことがあった。


「というか、大丈夫なのかな? 足の傷とかって、いつついたんだろ……」


 今更走って移動しても、朝のHRの時間を迎えており、どうにもならない。

 晴希は先ほど出会ったツインテールの子のことを考え、ただ歩き続けていた。

 後は、学校内の事務所で、遅刻手続きをしなければいけないだろう。


「……彼女は学校とは違うところに行ったけど、なんでだろ……僕のせい?」


 わからないことが多く、悪い方向性にばかり考えてしまう。

 今は、他人のことよりも、自分自身の方を気にするべきだ。


 晴希は人生で初めて遅刻したのである。

 これで、皆勤賞は逃した。

 唯一の強みがなくなったのだ。


「……」


 晴希はトボトボと歩いている。

 どうやって、教室に入ろうかと考えてばかりだった。


 気まずい。

 多分、教室に入る頃合いには、一時限目が始まっているだろう。

 静かな空間に一人で入るのは正直厳しかった。


 胸の内が痛む。

 ただ、遅れたという趣旨を伝え、教室に入るだけ。

 たったそれだけの行為なのに、陰キャの晴希からしたら、それすらも気まずく感じるのである。


「……でも、多分、こういうところだよね……いつまでもおどおどしていても何もならないし」


 晴希は不安さを感じつつも、学校の敷地内に入った。

 スマホの時刻を見れば、九時を過ぎた頃合い。

 すでに授業は始まっているのだ。


 心臓が熱くなった。

 緊張した面持ちで昇降口を通り、校舎内の職員室近くの事務所へと向かおうとする。

 そこで、遅刻手続きを行うのだ。


 晴希が廊下を歩いていると、遠くの方から誰かが歩いてくるのがわかった。

 遠目でも何となくわかる。

 その人は、諸星穂乃果だと。


「……おはよう」


 彼女からの問いかけ。


 晴希はドキッとしつつも、不思議と安心したのである。

 自分と同じ人がいて、心が安らぐ。


「お、おはよう……」


 晴希もちょっとだけ、気分が高まり返答したのである。


「倉持君は、遅刻?」

「うん」

「やっぱり?」

「うん……ちょっと色々なことがって。遅れたんだ」

「そうなの? 倉持君にしては珍しいね」

「諸星さんも遅刻なの?」

「違うよ。私は時間通りに学校に登校したわ」


 穂乃果は淡々と話す。


「え、じゃあ、なんで、諸星さんはここに?」

「ちょっと、具合が悪いって言って、教室から抜け出してきたの」

「どうして?」


 晴希は疑問ばかり感じていた。


「私、倉持君のことが気になって」

「き、気になって?」


 晴希は変にドキッとしてしまった。


「ねえ、ちょっとどこかに行かない?」

「ど、どこに?」

「屋上とか?」

「でも、僕は、遅刻の手続きをしないといけないし」

「それは後でもいいじゃん。今、やってしまったら、次の担当の先生からその間何してたのって言われると思うし。一時限目が終わる直前の方がいいと思うけど?」

「そうかな?」

「そうなの。さ、早く。誰もいない内に移動しないと」

「え、ちょっと――」


 穂乃果から強引に腕を引っ張られ、晴希は転びそうになる。

 二人は階段を上り、屋上へと向かうのだ。


 穂乃果によって扉が開けられると、外の風に体が包み込まれるようだった。


「ねえ、あっちの方にベンチがあるし、そこで話そうよ。それに、倉持君から、昨日の報告も聞いていないし」

「う、うん……」


 晴希は気まずかった。

 漣について話せることなんて何もないからだ。


 二人は隣同士でベンチに腰掛ける。

 穂乃果はスマホを弄りながら、高屋敷漣と黒木日葵に関するフォルダを確認していた。


「ねえ、倉持君は、昨日の調査で漣のことわかった?」

「……う、うん」


 晴希は咄嗟に嘘をついてしまった。

 よくないことだと思うが、素直に話せなかったのだ。


 今日の朝から穂乃果にメールで、日葵にバレていて、漣のことを調査できていないという趣旨を伝える予定だった。

 けど、色々なことがありすぎて、未だに言えていないのである。


「……」


 晴希は俯きになり、口こもってしまう。


「どうしたの?」


 何も反応を示せずにいると、穂乃果から逆に疑問がられてしまい、問われてしまう。


「……」

「ねえ、何も言ってくれないと、私も反応に困るんだけど?」

「……あのさ」

「なに?」


 穂乃果は、晴希の発言を伺うように首を傾げていた。


「やっぱり、言わないといけないよね」

「だから、何を?」

「……あの、昨日のことだけど。見られていたらしいんだ」

「え?」


 穂乃果は動揺した反応を見せた。


「僕たちが、漣とかの調査していることを、黒木さんに」

「……⁉ な、なんで?」


 穂乃果は驚き、目を丸くしていた。


「ちょっと、どうして、そのことを最初に言ってくれなかったの⁉」

「ごめん……」

「ごめんじゃなくて、どうして?」


 穂乃果は慌てている。

 調査する予定だった人らにバレていることを知り、彼女は唖然としていた。


「もしかして、だから昨日具合が悪かったの?」

「……う、うん……言えなかったんだ。言ってしまったら、諸星さんになんて言われるか、不安だったから……」


 晴希はすべてを打ち明けたのである。


「だからって……なんで言ってくれなかったの? じゃあ、昨日、私が日葵の周辺調査した時もバレていたってこと?」


 穂乃果は頭を抱え、ため息を吐いていた。


「多分……」

「じゃあ、昨日の報告とか、まったく意味ないじゃない」


 彼女は絶望した表情を浮かべていた。


「ごめん……」

「倉持君って、私と協力してくれるんだよね?」

「うん……そのつもりだけど」

「じゃあ、そういうことがあったら、ちゃんと言ってよね」


 穂乃果から呆れられてしまう。


「だとしたら、学校内でやり取りするのは無しで。今後はスマホか、学校以外のどこかで会って話すしかないね」

「うん」


 晴希は申し訳なく頷くのだった。


「でも、バレるにしても早いし」

「ごめん……」

「そういうの。いいよ。わかったから……でも、言ってくれてありがとね」

「ん、うん……⁉」


 刹那、隣にいた彼女が距離をつめてくる。


「ねえ、なんかあったら、なんでも言っていいからね。私、倉持君の言うことは、真剣に聞いてあげるからし。そんなに、申し訳ない態度を見せなくてもいいから」


 穂乃果から急に言い寄られる。耳元で急に囁くように言われ、内心、どぎまぎしてばかりだった。


「だからね、私も倉持君のためになんでもしてあげるから。倉持君は、私だけ見ててね。だって、倉持君は、キスしてくれたんだし。最後まで一緒にいてよね♡」


 穂乃果は嫌らしい口調で、意味深な発言を、晴希の耳元で伝えるのだった。

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