第15話 ただ、僕にできることをしたいだけなんだ…

 正面からやってくるトラック。

 周辺からの悲鳴。

 危険に晒されている環境下。


 ……回避できるのか?

 そんな思いが倉持晴希の中で一瞬よぎってしまう。

 けど、何もしなければ終わってしまうのだ。

 何かしらの形で行動に移さなければいけない。


 晴希は数秒の間に、色々なことを思考し、隣にいる名前も知らない彼女の手首を掴む。少々強引だったのだろう。

 彼女は嫌な顔をしていた。

 晴希にはそう見えたのだ。


 たとえ、嫌われたとしても、生き延びることの方が大事である。

 晴希は勢いよく走り、彼女を引っ張った。


「うわああ」

「きゃああ――」

「だ、大丈夫なのか⁉」


 信号機周辺から、心配する声が聞こえる。

 その直後、柱のようなものに衝突する、大きな音が響いた。


 晴希はそんなことよりも、生き延びれた奇跡に、心臓の鼓動を高鳴らせていたのだ。


「はああ……」


 晴希は軽く深呼吸をし、体を震わせていた。

 引き殺されたかもしれないと思うと、生きた心地がしなかったのだ。


「……あの……」

「ん?」


 晴希は女の子から話しかけられたことに気づき、視線を、その彼女に向けた。


 彼女との距離は近かったのだ。

 むしろ今、晴希が彼女を押し倒しているような状態。仰向けになって地面に倒れている彼女の上に、晴希が覆いかぶさるように四つん這いになっていたのだ。


「ご、ごめん――」


 晴希は咄嗟に立ち上がり、謝罪する。

 そして、手を差し伸べ、立たせてあげた。


 今日で二度目だ。

 彼女を立たせてあげるのは。


「大丈夫?」

「……はい……」

「足の方は大丈夫? 怪我しているようだけど、もしかして僕のせい?」

「足……?」


 彼女は最初の内、首を傾げていた。

 けど、ようやく状況に気づき、彼女は軽く頬を赤く染め、制服のスカートを両手で抑える。そして、無言で睨んできたのだ。


「ごめん……そういう目で見ていたわけじゃなくて」

「……」


 そのツインテールの彼女は無言だった。


 不快な思いをさせてしまったかなぁ……。

 晴希は申し訳ない気分になり、気まずくなる。

 そんな中――


「おい、お前ら、大丈夫か?」


 四〇代くらいの男性が、晴希がいるところに駆け寄ってくるのだ。


「はい。大丈夫です」


 晴希は答えた。


「そっちの子は?」


 四〇代男性は焦った表情で問う。


「……大丈夫です」


 彼女はボソッと呟くだけで、それ以上多くを語ることはしなかった。


「あれ? お嬢さん、足に怪我をしてるんじゃないか?」

「……気にしないでください。それと……なんで、足ばかり見るんですか?」


 ツインテールの子は、四〇代男性に対しても睨みつけていた。


「ごめんな。怪我をしているなら、救急車とかでも呼ぶつもりでいたんだ」


 その男性は左手にスマホを所有している。

 それに、男性の背後に視線を向けると、先ほど二人が佇んでいた信号機周辺のところに、トラックが突っ込んでいたのだ。

 辺りには人だかりができていて、平凡な朝が大事件へと変貌していた。


 晴希は寒気がしたのである。

 もし、遅れていたら、潰されていたのかもしれない。

 そう考えると、怖くてしょうがなかった。


「えっと……君は本当に大丈夫? この人が言うように、怪我していたら救急車を呼んでもらった方が」

「いい」


 彼女は即答だった。


「え? いや、だから」

「いいから、私に関わらないでください……どうせ……」

「え? どうせって?」

「いい――」


 ツインテールの子は強い口調で言い放ち、少しだけ、体をふらつかせながら、軽く走ってどこかへと向かっていったのだ。

 そちらの方は、学校とは違う場所である。


「ちょっと、待ってって」


 晴希は彼女を引き留めようとする。が、晴希は彼女の名前を知らず、咄嗟に呼びかけられなかったのだ。


 足に怪我をしているのに、何もしないというのも、あまり良い気分がしない。

 自分にも責任があるかもしれないと思うと、放っておけなかったのだ。


 晴希は話しかけてきてくれた男性に“後のことは大丈夫なので”という趣旨を伝え、その場を後にした。

 目的は、足に怪我をしている彼女を追うこと。

 晴希も駆け足で移動し、そして、その彼女の隣までたどり着く。


「ちょっと、さっきから体が震えてるというか。大丈夫なの?」

「……」

「さっきもそうだけど。もし、僕のせいで、怪我をさせてしまったら。申し訳ないというか。一旦、病院に行った方がいいかと」

「……」


 それでも、ツインテールの子は無言を貫いていた。


 何が何でも会話したくないのだろうか?

 それほどまで他人との関わりを拒絶するということは、何かしらの理由があるのかもしれない。

 けど、その真意が不明であり、晴希は言葉を詰まらせ、次のセリフを吐けなかった。


「……私についてこないでください」


 彼女から横目で睨まれてしまう。

 どこか、人をよく思っていないような瞳。

 その瞳に晴希は怖さを感じたのだ。


 けど、放ってはおけない。

 晴希も、他人から距離を置かれることが多く、孤独な学校生活を送ってきた。

 だからなのかもしれない。

 心のどこかで、彼女の気持ちがわかる。そんな気分に陥っていたのだ。

 何かしらの形で助けになってあげたいと思うようになっていた。


「ねえ……」

「んッ」


 晴希は多少の躊躇いがあったが、先を進む彼女の手首を強引に掴んだ。


「な、何ですか……いきなり、手を掴むなんて……」

「僕は、君に色々と迷惑をかけてしまったんだ。だから、一つだけ、僕ができることをしたい」

「……関係ないじゃない。私とは初対面なのよね?」

「そうだけど……やっぱり、申し訳ないというか」

「……別に迷惑だなんて思っていないです。それに、足の怪我は、さっきできたものじゃないですから……」

「え?」


 晴希はふと思う。

 今できたものでないとしたら、いつできたのだろうか?


 もしや、怪我の治療ができないから放置しているだけ?

 それとも別の理由があるのだろうか?

 晴希はより一層不安を感じ、先を行こうとするツインテールの子の手を離すことはできなかった。


「何ですか……早く、離して……」

「なんかあるなら、誰かに相談した方がいいと思うよ」

「別に相談なんて……そういって、変なことをしてくるつもりですか?」


 彼女は嫌がる素振りを見せた。


「いや、そうじゃないよ。僕はただ、君のことを心配しているだけで」

「……心配しているなら、余計に関わらないでください」

「どうして、そこまで……他人から距離を取ろうとするの?」

「私は……生きていてもしょうがないですし……」

「なんで、そんなことを言うの? 僕はさっき助かって良かったって思ってるけど」

「そんな……勝手な意見を押し付けてこないでください」


 彼女は睨んでいた。

 そして――


「いいから、離してくださいッ」


 ツインテールの子は強引に晴希から離れると、不満げな顔を見せる。同時に、その子の表情から寂し気な瞳を感じてしまう。


 彼女は背を向け、体をふらつかせながらも、学校とは違う場所へと向かっていったのだ。

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