第12話 ごめん…諸星さん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ…

「ねえ、口を開けて」

「そういうのはいいから……」


 倉持晴希は消極的に言った。


 やはり、食事をする時は一人で食べたい。

 誰かと一緒でもいいのだが、誰かに食べさせてもらうということに抵抗があったのだ。


「そう言わずに、あーんして」


 フォークで、皿にのったショートケーキの端を取り、穂乃果はそれを、晴希の口元へと向かわせていた。


「だから、いいよ」


 彼女の誘いには応じられそうもない。

 晴希は軽くため息を吐いた。


 今は学校終わりの放課後。

 とある喫茶店。付き合っている諸星穂乃果と一緒に訪れていた。

 付き合っているといっても、表面上は友達という設定になっている。


「一応、私の彼氏なんだし。なんか、してあげたいの」

「でも、それはまだ抵抗があるというか……」

「抵抗? 晴希って、彼女が欲しいのよね?」

「うん、そうだけど……」

「だから、私がその彼女ってことで、食べさせてあげるって言ってるの」


 穂乃果は頬を膨らませ、“早く口を開けて”という表情を見せている。

 強引すぎると思った。


「でも、それは正式じゃないよね? それと、諸星さんは一応、表向きは漣と付き合っていることになってるんだよね?」

「そうよ」

「だったら、やっぱり、抵抗があるというか……」

「キスまでしておいて」

「そ、それは……」


 晴希が気まずいことで、穂乃果とやり取りをしていると周囲の視線が気になってきた。


 晴希は、チラッと近くの席の人らを見る。すると、他のお客から変な目で見られていることに気づいた。

 浮気とか、そんな高校生らしくない話題を先ほどから繰り広げていたことで、気にかけられたのかもしれない。


「ちょっと、やっぱり、この話は」

「えー、倉持君が抵抗せずに、私の好意を受け入れればいいのよ。変に抵抗するから、ジロジロ見られるのよ?」

「そう、かな? それだけじゃないと思うんだけど……」


 晴希は引き笑いをしながら返答した。


「そもそも、僕は諸星さんのことを、そこまで知らないし。今まで関わりがなかったのに、いきなり付き合うってなっても。どうしたらいいか、よくわからなくて。それに何も知らないまま付き合っても、裏切られることもあるし……」


 晴希は俯きながら話す。

 今までの人生、急に付き合ってもよいことなんてなかった。人生十六年くらいで、達観した言い方になるかもしれない。


 けど、告白されてすぐに付き合うとかは考えられなかった。

 もう少し様子を見たい。


「そういうところじゃない?」

「え? 何が?」


 晴希はハッとしたように、テーブルの反対側に座っている穂乃果を見やる。


「倉持君は失敗を抱え込みすぎなの。もっと、前向きに考えなきゃ。ね? だから、私ともっと恋人らしいことしよ♡」

「……」


 けど、まだ決心がつかなかった。


「ねえ、付き合ってたら、少し気分が変わるかもよ」

「そうかな?」

「そうだって」


 穂乃果は積極的に晴希の気分を変えようとする。


「だから、あーんして、まずは恋人らしいことをするから。食べさせてあげる行為は、恋人の鉄則でしょ?」

「そうなの?」

「そういうものなの。だから、早く」

「……」


 晴希はしぶしぶと頷き、口を開いたのだ。


「んッ……」


 晴希は口に入れてもらったショートケーキの一部を咀嚼する。


「……」

「味はどう?」

「美味しいような。気まずいような……なんか、羞恥プレイみたいだよ」

「何よそれ」


 穂乃果は軽く笑ってくれた。


「ねえ、倉持君は、いつになったら私と正式に付き合ってくれる?」

「それは……でも……あれ? そういえば、諸星さんは、どうして僕のことが好きなの?」

「え?」

「だって、付き合うとか、そんな話を持ち掛けてきたから。僕のことを好きになる理由ってあるのかなって」

「それは……秘密ってことで」


 穂乃果は軽く笑って誤魔化そうとする。


「秘密?」

「それは、まあ……あいつらの情報を全部集めて、あいつらに復讐したらね」

「それまで保留?」

「いいじゃない。それに、好きになる理由は、あまり聞かない方がいい時だってあるし」

「え? なに?」


 最後らへんのところが聞こえづらく、晴希は聞き返してしまった。


「んんッ、なんでもない……何でもね……」

「……」


 一瞬、穂乃果の表情から黒い部分が垣間見れたような気がした。

 本当に何もなければいいのだが……。

 晴希は気分を変えるため、テーブルに置かれたコーヒーを一口だけ飲む。


 一旦、心が落ち着いたところで、晴希は対面上に座る彼女を見やった。

 穂乃果の表情はどこか暗い。

 先ほどまでの明るさは、少々陰りを見せているような感じだった。


「どうしたの?」

「え? なに?」

「なんか、考え事しているのかなって、思って」

「いいえ。なんでもないわ。なんというか……そうそう、あれよ、漣をどんな形で振るか考えていたのよ」

「そうなの?」

「うん、うん。そうよ。別に気にしなくてもいいから」


 穂乃果は身振り手振りで、激しく慌てた様子で返答してきたのだ。

 彼女からは違和しか感じられず、晴希は多少の疑問を抱いてしまう。


 そんな彼女は、コーヒーを一口飲んでいた。


「……それで。諸星さん?」

「……なに?」


 穂乃果は一旦、コーヒーのカップをテーブルに置く。


「それで思ったんだけど……漣って、なんで浮気しようと思ったんだろうね」

「知らないわよ。私だって、知りたいし」

「けど、漣だけが本当に悪いのかな?」

「……もしかして、漣の肩を持つつもり?」


 穂乃果からジト目で見られてしまう。


「違うよ。けど、何かありそうな気がして……」

「というか、倉持君って、漣の周辺調査したんでしょ? それで何かわかったことあった?」

「え、う、うん……」


 晴希は動揺した態度を見せつつ、嘘をついてしまった。

 なんせ、晴希は周辺調査などしていなかったからだ。


 今日の一時限目の終わり。誰もいない校舎の廊下で穂乃果と約束はした。

 けど、そのやり取りを黒木日葵に見られていたのだ。

 その一件があり、高屋敷漣の方を見ると、日葵から監視されているようで周辺調査なんてできなかった。


 怖いのである。

 日葵とは別のクラスなのだが、彼女からの威圧的な表情。陰キャを見下すような態度に、晴希は怯え、何もできていなかったのだ。


「ねえ、新しい情報は? 今後のためにも共有しよ」

「う、うん」

「そうだ。私ね、共有するためのフォルダを作ったの。倉持君は、メールで私にその情報を送ってくれれば、私が編集しておくから」

「うん……」


 晴希は元気なく、ただ頷くことしかできなかった。


「……どうしたの? 具合悪いの?」

「た、多分……」


 苦しかった。

 隠し事をしているからこそ、日葵との会話を思い出すたびに穂乃果の方を見れなくなる。

 目線を合わせることに怯えているのかもしれない。

 穂乃果を裏切っているようで、心苦しいのだ。


「ねえ、キスしてあげよっか?」


 いきなりすぎる彼女からの対応。


「いいよ……そういう気分じゃないんだ」

「そういう気分だったら、するってこと?」

「違うから――」


 晴希は強い口調で言いすぎてしまった。


「あ……ごめん。なんか、ちょっと、僕はそんな意味で……言ったわけじゃ……」

「……ごめん。私もちょっと、調子に乗っていたのかも……ごめんね」


 穂乃果も謝罪を口にする。

 変な空気感になった。

 辺りからは、恋人喧嘩勃発とか、そんなセリフが小声で聞こえてくる。


 晴希は、恋人として穂乃果を意識してしまうと、心臓が締め付けられるように痛む。

 漣に内緒で関わっている。そういった事情もあり、心苦しくなるのかもしれない。


「なんで、諸星さんが謝るの?」

「だって……その、私……倉持君に逃げられてしまいそうで怖かったの。だから……」

「……」


 晴希は今、穂乃果に疚しい感情を抱え込んでいる。一緒の空間にはいられないと思った。本当であれば、穂乃果が困っているのなら、何かをしてあげた方がいい。


 けど、そんな余裕など、晴希になかった。

 そして、無言で席から立ち上がる。


「やっぱりさ、恋人とかじゃなくて……もう少し諸星さんのことを知りたいし。今は、友達として」

「……」

「もう少し互いのことを知ってから付き合った方がいいよ。多分……」

「なんで?」

「え?」


 晴希は体をビクつかせた。


「なんで、そうやって、私から離れようとするの?」

「離れようとは……僕は別に、段取りを踏んでから正式に付き合った方がいいと思って」

「……今日はもう解散ってことで。私もちょっとおかしかったわ、ごめんね。後のことは、メールでお願いね」

「……」


 晴希は無言で頷く。

 これ以上、気まずい空間に身を投じることはできなかったのだ。


 晴希は自分が注文した分の金額だけ穂乃果に渡し、距離を取るように喫茶店を後にするのだった。

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