第10話 あなた…あの時、私らを見てたでしょ?

 月曜日。

 気まずい朝を迎え、自宅リビングで朝食を済ませた倉持晴希くらもち/はるきは登校する。

 朝の空気を肌で感じつつも、その空気感は苦しいものだった。


「はああ……」


 ため息交じりになり、通学路を歩いている。辺りを見渡せば、同じ制服を着た人らが視界に入った。

 今日からまた、五日間の学校だと思うと鬱になりそうだ。


 高屋敷漣たかやしき/れんには隠れて、諸星穂乃果もろぼし/ほのかと付き合ってるし。その上、近所に住む女子大生の天羽彩葉あもう/いろはとも付き合っているのだ。

 彩葉とは付き合うというよりも姉弟のような関係であり。友達のような感覚で遊ぶだけである。

 だとしても、この頃、心苦しいことや、隠し事が増えつつあった。


「はああ……」


 また、ため息を吐いてしまう。

 荷が重い。


 そうこう悩んでいると、いきなり、背後から誰かの存在を感じた。


「おはよう、ハルッ」

「ん⁉」


 晴希は、急に聞き覚えのある声で話しかけられ、ドキッとする。

 まさかと思い、左隣を見やると、私服に身を包み込む、彩葉の姿があったのだ。


「ねえ、ハル? 今から学校なんでしょ? 途中まで行こうよ」

「なんでだよ……」

「いいじゃない。久しぶりでしょ。こうやって朝を過ごすの。私、久しぶりにハルと朝を過ごしてみたいと思って」

「いいよ。恥ずかしいし」


 晴希は頬を紅葉させ、彼女から顔を背けた。


「なんで? 知り合いに見られるのが嫌なの?」

「そ、そうだよ……」


 晴希はボソッと言った。

 昔からの仲ではあるのだが、周囲の視線を感じながら、彩葉に返事をするのは、少々気恥ずかしい。


 それに、こんなところを穂乃果に見られたらと思うと怖いのだ。


「……彩姉あやねえはどうしてこの時間に?」

「私ね。この前まで別のところから大学に通ってたんだけどね。色々なことがあって、実家から通うことになったの」

「そうなの? だから通う時間帯が重なったのか。それで、なんで実家から?」

「色々ってこと」

「色々って」

「そんなに知りたい?」


 隣にいる彩葉が、不敵にニヤッと笑みを浮かべたのである。

「……やっぱり、いいよ。聞かないでおく」

「知りたいならいいよ、教えても」

「――⁉」

 その直後、彩葉が晴希の左腕に、豊満な胸を押し付けるように抱き付いてきたのである。


「距離を取ってよ。周りに人がいるじゃんか……」

「えー」

「気まずいんだけど……」


 晴希はたじたじである。

 そこまでモテないのに、通学路で年上のお姉さんと関わっていたら学校内で、変な噂が広まりそうで、内心ヒヤヒヤしていた。


 けど、嬉しくもあったのだ。

 もう少し、この時間が続いてほしいと思ってしまう。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」

「だって……」


 晴希は素直じゃない反応を見せてしまう。


「一応、彼女ができるまで付き合う約束でしょ? 彼女ができたら、色々なことがあると思うし。それまでの予行練習だと思えばいいわ」

「いいよ……そこまで指導しなくても」


 晴希は頬を紅葉させ、俯きがちになる。


「えー、私は……んん、な、何でもないわ」

「どうしたの?」


 晴希は彼女の方を見た。


「なんでもないから」


 慌てた感じにそう言うと、彩葉は晴希から離れたのだ。


「えっとね、そうだ。今日の夕方時間ある?」

「夕方?」


 晴希は考え込む。

 そもそも、今日は穂乃果と共に、浮気調査をすることになっていた。

 さすがに、三日連続で断り続けるのは少々気が引けるのである。


「ちょっと、難しいかもしれないです」

「え? どうして? 彼女とかもいないんでしょ?」

「いないですけど……」

「もしかして、本当はいたりとか?」


 彩葉から疑いの眼差しを向けられてしまうのだ。


「いない、いないから……」


 恋人というか、付き合っているというか、友達のような、浮気調査の仲間みたいな。そんな関係性の彼女はいる。

 それは、穂乃果のことだ。


 けど、浮気調査で関わっている人がいるというのもおかしい話であり。あまり、彩葉には、そのことを伝えられなかったのだ。


「じゃあ、久しぶりに遊ぼうね」

「え? 僕はちょっと無理なので。後で、というか、あの……あ、そうだ。今日は委員会活動があって。それで忙しいというか」

「委員会活動? それって今日なの?」

「う、うん。そうなんだ」

「じゃあ、しょうがないね。まあ、都合がいい時にね。私の方からも連絡するから、ハルも時間がある時に、連絡お願いね」


 彩葉は愛想よく笑みを見せてくれた。


「う、うん。わかった」


 晴希はドキドキしていた。


「じゃ、ここでね、学校頑張ってね」

「う、うん……」


 簡単な挨拶を交わすと、彩葉は駅のある方へと向かって走っていたのだ。

 彼女の大学は、電車で二〇分ほどかかる場所にあるらしい。


 これは、とんでもないことになったな……。

 晴希はヒヤヒヤしていた。


 今まで全くモテることがなく、恋人みたいな存在ができても振られることが多かったのだ。

 ここまで女の子と関わることが増えるとは予想外だった。

 後は、今のやり取りを、穂乃果にバレないようにするだけである。


 胸に手を当て、晴希は緊張した面持ちで、学校へ向かって通学路を歩き始めるのだった。






「今日からなんだけどね。もう少し情報を集めたいと思うの」


 一時限目の終わり。誰もいない校舎内の廊下。晴希は穂乃果とやり取りを行っていた。

 漣と黒木日葵くろき/ひまりについての話である。


 浮気調査を始めて、まだ日が浅い。

 漣に対する情報はできる限り多い方がいいようだ。穂乃果が、漣と別れるにしても武器となる情報は必須。


「それでね、倉持君には、日葵に関する情報を集めてほしいの」

「それを僕に?」

「ええ。でも、どうしても無理だったら別にいいけど」

「無理だと思います……やっぱり、万が一バレてしまったら、どうなることやら。でも、どうして、僕一人でやらないといけないんですかね?」

「だって、二人同時に校舎を移動できないじゃない。そもそもね、私、表向きは漣と付き合っていることになってるの。私が倉持君と関わっているところを誰かに見られたら、終わりなのよ。この浮気調査自体が破綻するわ」

「でも……」

「じゃあ、漣の調査にする?」

「……う、うん。そうする」

「まあ……そうね、その方がいいかもね。倉持君は漣と友人関係なわけだし。関わりやすいわよね? というか、そのために私が君と協力しようと思ったわけだけど」

「え?」


 晴希は反応した。


「だって、あの二人と関わったことのある人で、あまり他人に公言しない人って言ったら、倉持君しかいないでしょ? だからよ。だから、こうして協力してもらってるの」

「……あ、そうなの?」


 だからなのかと、晴希は思った。


「知らなかったの? たまたま、出会ったらから関わってると思った?」

「うん」

「そうじゃないんだよねえ。まあいいわ。日葵のことの方は私がやるから。倉持君は、漣の方ね。絶対にバレないようにしてよね」

「う、うん。わかった」


 晴希は頷くのである。


「放課後は二人で行動するつもりだから後でメールするよ。それと二時限目は移動教室だし。私、先に行くから。漣にバレないためにも、倉持君は私が教室に入ってから、少し遅れて入ってきてね。いい? バレないようにね」

「う、うん……」


 穂乃果から注意深く言われ、たじたじになりながらも、晴希は承諾するように、首を縦に動かしたのだ。

 彼女が移動教室先に駆け足で移動し始める中。晴希も様子を見て廊下を歩き始めた。


「どうしたらいいんだろ……漣と関わるのか。でも、二年生になってから殆ど会話していないし」


 晴希は、漣とこの頃つるんでいるクラスメイトに話しかけることに抵抗があった。

 冷静になって考えれば、漣と関わるとならば、クラスメイトと会話することになるのだ。


「やっぱ、無理かもな……」

「何が、かしら?」

「へ?」


 誰もいなかったはずの廊下。なのに、突然、声が聞こえる。

 その声、穂乃果ではない。

 聞き覚えのある声。


 ぎこちない感じに振り向くと、そこにはセミロングスタイルの同級生。日葵が佇んでいたのだ。彼女とはクラスが違うのに、なぜ、ここにいるのだろうか?


 彼女は睨んでいる。

 それ以上に、日葵は汚物を見るような視線を晴希に向けていた。

 今、晴希の心臓の鼓動は苦しくなるほど早くなっている。


「ねえ、先ほどの話は何?」

「えっと……それは」

「というかさ、キモいから喋んないでくんない?」

「……」

「なに無言になってんのよ。キモ」

「だって、喋んないでって、言われたから」

「あなたのこと、キモくて嫌いだから、そういっただけ。それで何なの。私と漣のことについて話した気がするけど? ねえ、そういえばこの前、街角喫茶店にいなかった?」

「ん⁉」

「図星? あんたさ、何がしたいの? もしかして未練があるとか?」

「そんなんじゃないから……」

「そう? でもね、あなたに後を追われるのは嫌なの。そもそも、あなたの顔も見たくないし。ストーカーもされたくないのよ」


 見下す視線を向けられ、晴希は委縮してしまう。


「僕は別に……」

「これ以上、私らに関わったら、わかる?」

「……」


 ゾッとした。

 内面を潰されるかのような視線を日葵から向けられ、息が詰まる。


「まあ、今後、余計な事しないでよね? あなたの立場なくなると思ってよね」

「は、はい……」


 晴希は細々と言い、口を慎むのだった。


 その間に、日葵は背を向け、教室へと向かっていく。彼女とは別クラスであり、二人は各々の場所へ向かうことになったのだ。

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