第9話 ねえ、ハルは、どんな子と付き合ってるの?

 天羽彩葉は、ショートヘアがよく似合う。明るい感じの年上女性。倉持晴希からしたら、姉みたいな存在であり、初恋の相手なのだ。

 今は、あまり恋愛感情を抱かないように、冷静さをひたすら保っていた。

 少しでも気を許してしまうと、彼女に対し、如何わしい感情を抱きそうになるからだ。


 彩葉はおっぱいが大きく、諸星穂乃果よりも、多分、デカい。

 この頃、おっぱいを感じる機会が多くなったと思う。

 晴希は色々な意味合いでドキドキしていたのだった。


「ねえ、ハル? ここ、わかる?」

「……い、いいえ」

「じゃあ、私が手取り足取り教えてあげるから――」


 左隣の椅子に座る彩葉の香水の匂いが、晴希の鼻孔を擽るのだ。


「は、はい……」


 また、左腕に、おっぱいの感触が強く押し当てられる。

 全力で我慢していたが、そろそろ下半身が危ない。

 これでは、実技の保健体育みたいな感じになりそうで、晴希は内心、ヒヤヒヤしていたのだ。


「あとね、この問題はね。ちょっと、シャープペンいい?」


 彩葉は晴希が手にしているペンを借りようとする。

 その時、二人の手が重なるのだ。


 彩葉の方は、そこまで気にしていないようだが、晴希は年上女性の手のぬくもりを感じただけで、胸元が熱くなるのである。


「えっとね、ここは……どうしたの?」

「え、いや、何でもないよ?」

「そう? 顔、真っ赤になってるけど?」

「な、何でもないから。いいから、続きを、お願いします、先生」

「先生って。そんな柄じゃないけどね。普通に彩姉でいいから。急に呼び方を変えられると、恥ずかしいっていうか、変な気分になるんだけど」


 彩葉も頬を赤く染めていたのである。

 終始、二人は無言になってしまう。


「……」

「……」

「ハルのせいだからね」

「え……?」

「余計なことを言うから、意識しちゃうじゃん……」

「意識?」

「な、なんでもないから。もう……まずノートの方を見て」

「は、はいッ」


 彩葉から言われ、慌てた感じにノートへと顔を向ける。

 シャープペンを手にしている彼女は、綺麗な字で晴希のノートに文字を記していく。


「これはこうやるの。わかった?」

「……は、はい……」

「……ねえ、ハル? 上の空みたいな感じがするけど? やっぱ、女の子が関係しているの?」

「え、いや、違うよ」

「……怪しいわね」

「怪しくないよ」

「……」


 彩葉からジト目で見つめられてしまう。

 彼女からの熱い視線に、晴希はどぎまぎしていた。


 距離感も近く、その上、同じ空間にいるのである。

 同じ空気を吸っているようなものであり、初恋だった人に、見られるのは心が締め付けられるように胸の内が苦しくなるのだ。


 本当に苦しいというか、そういうわけではない。

 嬉しい感情が含まれたドキドキ具合である。

 この想いはどうしたらいいのだろうか?

 難しい環境下であり、晴希は目をキョロキョロさせていた。


「ねえ、彼女のことなんでしょ? まあ、ハルもね。その、男の子なんだし。それに高校生だもんね。一人くらいは、そりゃいるよね?」


 彩葉は伺うように見つめてくる。

 次第に、距離感が縮まってくるのだ。

 また、大人びた胸の膨らみが晴希の左腕を襲う。


「ねえ、話してみなよ。私、相談に……まあ、一応、乗るから、ね」


 彩葉は優しく寄り添うように言ってくれる。


「今の状況だと、勉強に集中できないみたいだし。一先ず、お菓子でも食べながら、お話ししよっか」

「……はい」


 晴希は頷く。

 そして、彩葉は“一階からお菓子を取ってくる”と、のように言い、部屋を後にして行った。


 今、晴希は自室に一人である。

 年上女性が同じ空間から離脱したことで、晴希は胸のドキドキ具合は抑えるため、深呼吸するのだ。


「こ、こんなんじゃ……どうにかなるって……」


 未だに彩葉の心地よい香水の匂いが残っている。

 昔とは全く違っているのだ。


 それにしても、どうして、急に家にやってきたのだろうか?

 もしかしたら、母親が大学暇だったら、勉強でも教えてあげてと言ったのかもしれない。


「仮にそうだったら、僕に相談してから、彩姉を呼んでほしんだけど……」


 晴希は胸の鼓動が落ち着いてきた頃合い、重い溜息を吐くのであった。






「ハル、持ってきたよ、お菓子」


 三分くらいでお菓子と、新しいジュースのペットボトルを持ってきたのである。


「はい。今からコップにぶどうジュースを注いであげるから、コップかして」

「うん」


 勉強机前の椅子に座っている晴希は、コップを彼女に渡す。

 彩葉は、部屋の中心にある小さなテーブル前に正座しており、コップにジュースを注いでいた。


「休む時は、勉強机じゃなくて、こっちにしよ」

「僕はここでいいよ」

「いいから、こっちにおいでって」

「ええ」


 晴希は面倒くさかったが、しぶしぶといった感じに、彩葉同様に、小さなテーブル前まで向かう。

 腰を下ろした頃合い、彩葉が距離をつめてくるのだ。


「それでさ。どんな彼女なの?」

「んッ――……」


 ぶどうジュースを口にする直前であり、危うく口から吹き出してしまいそうだった。


「彩姉、そういう話は……。そもそも、誰とも付き合っていないし。なんで、付き合ってる前提なの?」

「え? 付き合っていないの?」

「うん」


 晴希は気まずげに首を縦に動かした。


「へええ、そう」


 嬉しそうな口調の彩葉。


「そんなに気になるの?」

「え、まあ。なんというか、ハルは、私の弟みたいな感じだし、彼女ができるまで見届けないとなあって」

「なんか、おばさん臭いよ」

「うるさい、そういうこと言わないの」

「ごめん……」

「……でも、もう……そうだよね。ハルからしたら、もう、年増だよね」


 先ほどのセリフを気にしているようだ。


「いや……本当にごめん。そういうつもりで言ったわけじゃなくて。というか、三歳しか年齢離れていないよね? さすがに年増ではないよ。だから、そんなに気にしないで」


 晴希は真面目に。そして、慌てた感じに、彩葉を気遣いつつ。晴希は彼女のコップに、ぶどうジュースを注いであげるのだった。


「本当? 年増じゃない? おばさんでも?」

「当たり前だって。二〇歳くらいじゃ、誰も、そう思わないって」

「そうだよね、うん……自信がついてきた感じ」


 彩葉は少しだけ、笑顔を見せるようになり、明るく微笑んでいた。

 晴希は彼女の姿を見て、一安心し。気休め程度にぶどうジュースを口にしたのであった。


「……ねえ、ハルって、彼女がいないってことよね?」

「う、うん……」

「彼女とか欲しいと思わないの?」

「それは……欲しいけど。なかなか、無理なんだ」


 晴希の表情が暗くなる。


「無理?」

「うん……高校になってから努力はしてるんだけど。女の子運が悪すぎて振られるし、裏切られるしで散々なんだ。どうしたら、いいのかなって」

「……」


 晴希が顔を歪ませ、苦しみ混じりの発言をすると、人生の先輩でもある彩葉が真剣な表情を見せてくれる。

 彼女は少しばかり考えた後、表情を緩ませ――


「じゃあ、彼女ができるまで、私と付き合ってみる?」

「ん? な、なんで⁉」


 正直、晴希は驚いてしまう。


「そこまで過激に反応する必要性ってある?」

「い、いや……彩姉は、彼氏とかいるんじゃないの?」

「そ、それは……まあ、い、いるわ」

「じゃあ、浮気してるみたいじゃん」


 この頃、浮気現場を見たり、浮気したりと、濃い人生を生きているような気がする。


「けど、私たちさ。昔からの中で、姉弟のような関係じゃない? だから、姉弟の間柄で遊ぶ感じでもいいからさ」

「でも……」


 コップを手にしている晴希は俯きがちになる。


「ハル? いつも振られたりしてるんでしょ?」

「う、うん」


 比較的強い口調の彩葉に対し、晴希は体をビクつかせたのだ。


「彼女を作るなら色々と経験しないと。私の弟みたいな感じなんだし。ちゃんと、彼女を作らせてあげたいの。だから、気軽な感じでいいからね。別に、付き合うとかじゃなくて、姉弟みたいに遊ぶ感じでもいいし。そこはハルに任せるけど、どう? 彼女欲しいんでしょ? 練習って思ってもいいから」

「……う、うん」


 晴希は軽く頷く。


「じゃあ、姉弟感覚で付き合うってことでOKね?」

「……う、うん」


 コップをテーブルに置き、晴希は隣にいる彩葉に対し、承諾するように再び頷くのだった。

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