第8話 僕の初恋相手は多分、僕のことを意識していないと思う

 おっぱいが当たっていた。

 特に左側の方に強く押し当てられているのだ。


 今日は休日であり、自宅にいる。

 本来であれば、諸星穂乃果と一緒に、浮気現場の周辺調査の予定だった。

 けど、用事があると言って、メールのやり取りで断ったのである。


「ねえ、ハルー、聞いてるの?」

「は、はい……」

「本当?」


 すると、さらにおっぱいが左腕のところに強く当たる。

 その上、大人びた感じの香水の匂いが漂う。

 その彼女に対し、変に意識してしまうのだ。


「あとね、ここの問題。間違ってるから。気づいてる?」

「え……あ、そ、そうですね」


 自室の勉強机前の椅子に座る倉持晴希は、消しゴムを手に、間違っているノートの箇所を消すのである。


「もう、動揺しちゃってるの? もしかして、彼女とかのこと考えてたの?」

「⁉ ち、違いますから」


 悪戯っぽく、甘い口調で話しかけてきているのは、近所に住んでいる女子大生――天羽彩葉あもう/いろは


 彼女とは昔からの馴染みであり、友達というよりかは姉に近い存在である。それに、両親のいない時には料理を作ってくれたりと、助けられることの方が多かった。


 晴希は彩葉のことを意識しているところがあったりする。

 けど、それは昔のことであり、今はそんなに意識しないようにはしていた。


 彩葉は、晴希にとっては初恋の相手。

 今、彩葉は大学生であり、昔と全く雰囲気が異なっている。


 幼い頃は告白しようとか、そんな気持ちになっていた時期もあった。が、年齢を重ねるごとに、もう無理だと痛感したのだ。

 それは、高校生の時期から、彩葉が彼氏のような存在と付き合い始めたからである。


 彩葉は明るい性格で人当たりがよく、面倒見がいいところもあり、異性と付き合い始めるのも早かったのだ。

 街中で彼女が付き合っている現場を目撃した時は、もう無理だと思い込み、諦めたのであった。


 そもそもが無理なのだ。

 彩葉とは三歳も年が離れており、多分、彼女の方は、晴希のことを意識はしていないだろう。

 単なる近所付き合いの一環として、優しくしてくれているだけかもしれない。

 晴希はそう思った。

 実際に聞いたわけではないが、そう思い込んでしまう。


 本当は初恋でしたとは、高校生になった今、晴希はそんなことを口にすること自体恥ずかしかったのだ。

 何も言わない方がいい。

 余計に行動し、墓穴を掘ってもいいことなんてないと思う。


 だから、晴希は、大学生の彼女のことを、姉として考えるようにしている。

 一線は超えてはいけない。そんな気がする。


「ねえ、ハル? ここの問題、どうやって解くと思う?」


 彩葉は家庭教師という名目で、晴希の部屋にいる。

 左隣に座っている彩葉は優しく、お姉さん然とした口調で語り掛けてくるのだ。

 今まさに、勉強を教えてもらっていた。


「分かるかな?」

「……はい」

「あれ、でも、それだと違うよ。やっぱり、わからない?」


 また、おっぱいが左腕に当たる。


 彩葉は、そのことに気づいているのだろうか?

 もしかしたら、そこまで気にしていないのかもしれない。晴希のことを、単なる弟として見ている可能性だってある。

 自然な感じにおっぱいを押し当てるということは、多分、異性としては認識されていないのだろう。


 彩葉はモテるところがある。

 だから、大学生になった今でも普通に彼氏とかいるはずだ。

 そんな彼女が、晴希のことを、そういった目で見ることはないと思った。


 無理なことに期待してもしょうがない。

 一旦、気分を変えた方がいいだろう。

 晴希は勉強机に置かれたコップを手に、お茶を飲み、喉を潤したのである。


「ねえ、ハル? 気分悪いの?」

「そうじゃないよ……」

「え? なにかな?」


 晴希は彩葉の笑顔から視線を逸らしたのである。


 急に心臓の鼓動が高まってくる。

 昔からの馴染みの関係だったとしても、距離感が近いと妙に意識してしまうのだ。

 今は互いに大人になり。彩葉の方は、おっぱいがデカい。

 ゆえに、高校生の晴希は、その膨らみに強い刺激と興奮を覚えてしまうのである。


「もしかして、何か悩み事?」

「違いますけど……」

「違う? なんか、そんな気がしたんだけどなぁ? 悲しいよー」

「な、なにがですか?」


 晴希は、急に彼女から泣かれ、驚く。


「うそ、嘘よ。別に泣いてないし。でも、ハルって、ちょっと変わったよね」

「どこがですか? 別に、僕は……」

「えー、多分ね、自分のことだから、わかんないじゃないかな?」

「そんなものですかね?」

「うん」


 彩葉は軽く頷いた。


「ねえ、ハルって。彼女のことについて悩んでいたの?」

「いや、違いますけど」

「へえ、そうなの? でも、ハルももう高校生でしょ? だからね、そろそろ、彼女の一人くらい出来たんじゃないかなって。そう思っていたの」

「……」


 返答しづらい。


「で、でも、なんで彩姉が気にするの?」

「ハルだって男の子でしょ? 彼女とやりたくないの?」

「な、なにを⁉」

「何って、決まってるじゃん」


 彩葉は顔を近づけてくる。

 キスをするかのような勢いがあった。


 晴希は緊張のあまり、心臓がどうにかなってしまいそうだ。

 晴希は現実から目を背けるために瞼を閉じた。

 刹那、唇に感じる温かさ。

 彩葉からのキスだと思い、目を見開くと。今、唇に接触しているのは彼女の指先だった。


「ねえ、キスされたと思った?」

「別に」

「へええ、そう? でも、そんなに意地を張らなくてもいいんじゃない?」

「意地なんか……」


 晴希は素直になれなかった。

 内心、彩葉とキスしたかったからだ。


 やはり、弄ばれているだけだろうか?

 そう思うと、心が痛んでくる。

 幼い頃は一緒にプールに行ったり、お風呂に入ったりと、そういう関係だった。


 だからこそ、晴希は高校生になった今、彩葉のことを性的な目で追ってしまい、冷静さを保てなくなるのだ。


「……彩姉あやねえは、そのさ……彼氏とかいるんでしょ?」

「彼氏……? え、う、うん。いるよ。それはもちろんね」

「だよね……」


 やはり、彩葉はモテるだと思った。

 大学生になってもそれは健在らしい。


「でも……今は――」


 顔を背けながら、彩葉は何かを口にした。


「彩姉?」

「はッ、んん、何でもないから。じゃあ、勉強の続きするからね、ハルも集中してよ」

「はい、わかってますから」


 晴希は彩葉に従う姿勢を見せ、椅子で態勢を整える。

 ――が、左隣にいる彼女は、少しだけ悲しげな一面を見せていたのだった。

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