第7話 ねえ、倉持君? 私とキスしておいて、逃げるの…?
「ありがとうございました――」
店内に響く、女性店員の声。
たった今、二人が会計を済ませ、喫茶店を後にしたのだ。
その二人とは、高屋敷漣と黒木日葵である。
漣が穂乃果に内緒で、日葵と付き合っているのは明白。
今日の調査で、わかったことであった。
「……」
倉持晴希の前の席に座っている彼女――諸星穂乃果は、テーブルに置かれたコップを手に、何やら悩み込んでいるのだ。
真実を間近で目撃し、難しい表情を見せていた。
「大丈夫……?」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
逆に、穂乃果から疑問がられてしまう。
「なんていうか、色々な事実がわかって。大丈夫なのかなって……」
「私は、別に気にしてないから……」
「だったら、いいけど」
晴希は気まずげに、テーブルに置かれたコップを持ち、水を飲む。
「……」
晴希は水を口に含みつつ、正面にいる彼女を見やった。
悩んでいる表情が伺える。
穂乃果は大丈夫だとか言っていたものの、表情から察するに、結構悩んでいるに違いない。
今、そのことを彼女に追求したとしても、率直なセリフは返って来ないだろう。
余計な話はしない方がいい気がして、特に深入りした発言はしなかった。
晴希はまた、水を飲み、なんとなく虚無の時間と向き合うのである。
「……」
未だに帰るというセリフを口にしない穂乃果は、スマホと向き合っていた。
何を見ているのだろうか?
先ほどの二人の会話をスマホのメモ帳に記入しているのだろうか?
見せてとも言い出せず、晴希は無言の時間を過ごす。
「ん? なに?」
「あ、いや、その……」
急に穂乃果から視線を向けられ、戸惑う晴希。
「まあ、もうここでの目的は一応達成したし、帰ろっか」
「はい、そうですね」
晴希は頷き、その間に穂乃果はスマホを制服のポケットにしまう。そして、立ち上がったのである。
「今日は……私が奢るから」
「え? いいの?」
「うん。別にいいよ。君には色々と手伝ってもらってるし」
「でも、申し訳ないな。僕も少しはお金を出すよ」
晴希は席から立ち上がり、視界に映る穂乃果を見やると、リュックから財布を取り出す。
「今日のお会計って、どれくらいだったかな? せめて半分は――」
「いいから、私が」
穂乃果は激しく拒否している。
なぜ、彼女はそこまでして払いたいのだろうか?
不思議でならなかった。
晴希は内心、首を傾げてしまう。
「でも、諸星さんって、弟と二人っきりなんだよね? 悪いって」
「……わかったから。じゃあ、半分の九百円は払ってくれる?」
「九百円だね。じゃあ、一先ず、会計場に行く?」
「そうだね……別にこれから色々と世話になるし……今日くらいは」
「え?」
「な、何でもないよ。あはは……私の独り言だから」
穂乃果は誤魔化すように軽く笑い、その場を乗り切ろうとしていた。
伝票を持ち、会計場へと向かう二人。
店内でお金を支払うなり、店員女性から、“またのご来店をお待ちしております”と苦笑いで言われてしまった。
多分、入店時、サングラスにマスクという不審者みたいなヴィジュアルだったからこそ、変なイメージを持たれているのかもしれない。
今、晴希と穂乃果は、サングラスとマスクはしていないが。やはり、余計な変装はしない方がいいと、晴希は再認識するのだった。
「はああ……疲れたあ……」
街角喫茶店を後にするなり、晴希の隣を歩いている穂乃果がため息交じりの言葉を吐く。
「そうですね、色々と余計な力を使ったような気がしますね」
晴希も呟くと――
「でも、ありがとね。今日一日さ」
「え、あ、はい……」
岐路につくために街中を歩き始めた二人。穂乃果からお礼を言われ、晴希は頬を紅葉させ、照れてしまう。
晴希はこの頃、あまり待遇がよくなかったのである。
見下されたり、裏切られたりと、心が締め付けられるような、苦しみを経験することが多かったのだ。
学校一の美少女からそう言われると、ドキッとした。
不思議と嬉しくなったのだ。
「ねえ、お礼に何かしてあげよっか?」
「え? お礼って?」
「色々だけど? ねえ、どんなことしてほしい?」
彼女は口元に指を当て、誘惑するかのような瞳を見せている。
「いいよ……僕はそこまで何もしてないですし。ただ、一緒に行動しただけで」
「まあ、そんなこと言わずにさ」
隣を歩いている穂乃果は距離を縮め、体を押し当ててくるのだ。
晴希は今、右腕におっぱいの膨らみを感じていた。
気恥ずかしい……。
「ねえ、どっか、いいところに寄って行かない?」
「いいところ⁉」
ど、どういうこと?
まさか、あっち系ってことなのか?
晴希は彼女が欲しい。
日々、そう思っている。
でも、漣の彼女である穂乃果と付き合い続けることに抵抗があった。
仮にエッチなことだったとして、まだ、穂乃果とはそういう関係にはなりたくなかったのだ。
そもそも、晴希は彼女のことを殆ど知らない。
クラスメイトではあるが、まともに会話したのも今日が初めてである。
「……やっぱり、いいよ」
「え? どうして? 嫌なの? 私、コンビニで倉持君に何か買ってあげようと思ってたんだけど」
「へ?」
「え? ……へえ、やっぱ、そういうこと考えてたんだね」
晴希が素っ頓狂な声を出していると。穂乃果は驚きつつも、軽く笑みを見せていた。
「いいところって、あっち系だと思ったの?」
「ち、違うから……何でもないから」
晴希は顔を背け、抵抗するセリフを吐いていた。
「でも……別にいいよ。晴希だったら……」
彼女は意味深な発言をする。
晴希は一旦、穂乃果から距離を取った。
「え……」
急に離れたことで、穂乃果から目を丸くされ、驚かれたのである。
「そもそもさ。やっぱり、こういう関係、あまりよくないというか。その……付き合うっていうのは抵抗があるんだ」
「どうして? キスしたじゃん。逃げるの?」
穂乃果は黒いオーラを放ち、晴希を束縛するかのような瞳で見つめていたのだ。
「いや、違うから……やっぱり、漣のこともあるし。それに、漣から悪口を言われても、なんていうか。裏切れないんだ」
「……なんで? さっき、聞いていたよね。漣と日葵の会話」
「うん……」
「だったら、なんで?」
「なんでも、無理なんだ。今のところ、諸星さんとは、やっぱり正式には付き合えないというか。浮気している情報を集めるにしても、漣に申し訳ないっていうか……」
「……嫌なの?」
「……」
一瞬、穂乃果の存在が怖く感じてしまった。
何かに魅入られてしまったかのような視線を感じ、心が痛む。
「私ね、漣のことが嫌なの。勝手に浮気して、私から距離を取ろうとしているし。だから、あいつの裏の顔を暴いて、あいつが悔しがる顔を見ないと、私が納得しないの。少しでもいいから協力して。じゃあ、わかったわ。表向きは、友達って間柄でもいいから、ね」
「……う、うん。わ、わかったよ……」
晴希は頷いた。
穂乃果に対し、異論を唱えない方が正解だと感じたからだ。
「じゃあ、途中まで帰ろ、倉持君♡」
彼女は再び距離をつめてきて、晴希の右腕に抱き付いたのである。胸の膨らみがまた当たるのだ。
晴希は今、距離を取らない。
ただ、現状を凌ぐために、彼女の意見に従い。そして、岐路につくのだった。
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