第6話 あのね…漣? 一緒にアレしない?

「というか、日葵ってさ。今日は気分が優れていない気がするけど? なんかあったのか?」


 高屋敷漣の声である。


「そうそう、色々あったのよ。今日の朝って言うか。今週中は本当にキツかったわ」


 黒木日葵の声であった。

 彼女は少々口が悪いところがある。が、見た目はよく、セミロングヘアが非常に似合っているといった感じ。


 そもそも、日葵の実家は美容関係の会社を運営しているらしく、容姿や自身のポジションに拘りがあるのだ。

 だから、キモくて、陰キャな晴希に対して、当たりが強いのである。


「何があったんだ?」

「私、キモい陰キャと関わっていたの。それが本当にキツくて」

「へええ、陰キャと? 大変だったな」

「うん。そうなの。晴希って奴なんだけどね」

「晴希……?」


 漣は呟くように言った。


「ねえ、どうしたの?」

「あ、いや、何でもないから、気にすんなって」


 漣は適当に誤魔化すように話す。

 彼は軽く考え込んだ後、対面上の席に座っている日葵へと視線を向けた。


「そいつと関わっていたから、この頃、俺とは距離を置いていたってことか?」

「ええ、そうよ。本当に嫌だったし、あいつと一緒に付き合った時の服も全部捨てたわ。まあ、最初っから捨てる予定だったんだけどね」

「色々、大変な一週間だったな。だとすると、じゃあ、なんで関わってたんだ?」


 漣が問う。


「まあ、簡単に言うと罰ゲームの一環ね。私、友達との勝負に負けてね、同学年で一番キモくて、陰キャ臭が強い男子と付き合うことになったの」

「罰ゲームか……まあ、そうかもな。あいつはキモいしな」


 漣は多少の迷いがあったものの、ハッキリとそう言い切ったのである。

 彼自身も晴希のことを陰キャだと思っている証拠だろう。


「日葵? 罰ゲームはもう終わったんだろ?」

「ええ。そうね」

「じゃあ、これからは普通に付き合えるな」

「えー、でも、漣って、付き合ってる人いるんでしょ?」

「まあ、一応な」

「その人とは別れないの?」


 日葵は甘えた口調で言う。

 彼女の表情的に、早く別れたらという笑みが見え見えであった。

 日葵は実のところ、疚しい感情もなく、フリーな漣と付き合いたいのだ。


「……いや、まだ、そんなタイミングがなくてさ」

「タイミング?」

「ああ、相手は学校一の美少女って言われてるくらいだからさ。あいつと別れたとなったら、色々と変な噂とかも広がるだろうし。余計な別れ話はできないんだ」

「……というか、あいつって美少女なの?」

「……俺からしたら……」

「え?」

「いや、何でもない。そもそも、あいつにはもう興味はないというか。世間体があるから、なかなか別れを切り出せないんだ」

「もう、意外と小心者なところがあるのね」

「……しょうがないだろ。下手に別れたら、日葵の悪い噂も流される可能性だってあるんだからな」


 漣は強気で、注意深い口調で言う。


「一応、私のことを思って、そんなことまで考えてくれてたんだね」

「ああ、そうだな」

「嬉しい♡ じゃあ、あいつと別れたら色々としようよ。というか、あと一週間で、私たち、付き合って一か月経つでしょ?」


 次第に日葵のテンションが高ぶっていくのである。


「もうそんなに日が経つのか?」

「そうよ。だから、早くあいつと別れてよね。じゃないと、私の方が色々な意味で緊張するんだからね。私だって、キモい陰キャを振ったんだから。漣も頑張ってよね」

「分かった……」


 漣は少々頭を抱え込んでいた。

 見た目がよく、身長も高く。そして、スポーツもできる彼だが、悩みだって抱く時だってあるのだ。


「まあ、こういう暗い話は終わりってことで。漣? 何か、注文する? コーヒーだけだと、つまらないし」

「そうだな」


 漣はテーブルにあったメニュー表を手に取り、日葵が見やすいところに置くのである。


「漣は何がいい? 私はこれにするけど」

「そっか……じゃあ、俺はこれかな」


 二人は各々のジュースを頼むことにした。


「あと、お菓子とかは?」

「食べたければ注文してもいいけど」

「えー、私だけだと、恥ずかしいって言うか、漣も一緒に注文しようよー」


 日葵は甘えた口調で言う。

 晴希と付き合っていた時とは全く違うのである。


「分かった、じゃあ、俺はこれな」

「うん♡」


 日葵は満面の笑みを見せているのである。


「あとさ……その……」

「なに?」


 先ほどまでテンション上げまくりだった彼女の声が緩やかになる。話したいけど、話せない何かがあるようだ。

 彼女はちょっとだけ、口元を震わせていた。


「あのね……」

「なに、ハッキリと言ってもらわないと、困るんだけど?」


 漣は日葵の雰囲気から何かを察したようで、少々悪戯っぽい口調になっていた。


「もう、漣の意地悪―……じゃあ、言うけど……変に思わないでね」

「変に思わないから、気にするな」

「えっと、その……カップルストローで飲まない?」


 日葵は頬を紅葉させながら言い切ったのだ。


「それね、それが言いたかったのか?」

「う、うん……もう、こういう風なことは、漣から言ってほしかったなぁって」

「いや、むしろ、そういうことは日葵から言わないとさ」

「もう……でも、そういう意地悪なところにいいの♡」


 日葵は学校では見せない甘い表情になっていた。

 彼女は漣のことであれば、何でも受け入れるといった状態らしい。


「俺、注文するから。あとさ、今回は俺が全部払うから」

「え? いいの?」

「ああ、この頃、他の視線があって、なかなか付き合えていなかったんだし」

「ありがと♡ やっぱり、優しいね、漣って」

「そんなのでもないから。彼女だったら普通だろ」


 漣は気前のいいことをサラッと言ってのけるのである。

 そう言い、漣は喫茶店スタッフを呼び、注文をしていたのだった。






「あいつ……あんな奴だったかしら」

「僕も初めて知ったような気がするよ」


 街角喫茶店内。

 そこの席に座っている二人は、こそこそと会話していた。


 最初はスマホでやり取りする予定だったが、対象となっている二人の会話を聞きながらのスマホの操作は難しい。

 だから、小さく会話することにしたのである。


「というか、あいつって、一か月前から、あの女と付き合っていたの? それは知らなかったわ」


 諸星穂乃果は衝撃の事実を知り、正直驚いている様子だった。


「けど、一応、情報らしいものは手に入ったし。けど、まだまだ理由不足ね。もう少し情報を集めたいところなんだけど……これ以上は難しいようね。別の日にでもしましょうか?」


 と、穂乃果はため息混じりに言う。


「えっと、少し水でも取ってくるね」

「なんで?」

「なんか、飲みたくなったから」

「そう。でも、バレないようにね」

「うん」


 持倉晴希は席から立ち上がったのである。

 そして、同時に六つ先の席に腰かけていた漣も席を後にしようとしていたのであった。


 晴希は気づいてはいない。むしろ、別の方を見て、歩いているからだ。

 現状、穂乃果だけが気づいていたが、余計に声を出すとバレてしまう。

 際どい環境下。

 ついに二人はバッタリと店内の通路で遭遇してしまった。


「……」

「……え?」


 漣は無言だったが、晴希は驚きを隠せず、目をキョロキョロさせていた。


「……先にどうぞ」

「え、あ、はい……」


 なんでだろうと思い、晴希は顔を触って確認してみる。晴希はサングラスにマスク姿だったからだ。


 逆に、不自然な変装が逆に、今の晴希を救ったのであった。

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