第5話 浮気調査は、喫茶店から…

 高屋敷漣が浮気しているという真相を追求するため、今、二人は街中にやってきていた。

 彼は、倉持春樹を振った黒木日葵と付き合っているらしい。

 本当かどうかは実際に見てみなければわからないのだ。

 だから、二人は漣の後を追っていた。


「……今のところは一人ね」

「はい、そうですね……」


 諸星穂乃果の問いかけに、晴希は相槌を打つように頷く。


 漣は今日の帰り際、仲間らに対し、穂乃果とデートするとか、そんなことを話していた。けど、彼は今一人。それどころか、穂乃果と一緒にいるのは、晴希の方である。


 この様子だと、もしかしたら……いや、確実に別の誰かと街中で合流し、デートするかもしれない。

 相手は日葵だろうか?


 色々な悩みに圧倒される。

 が、それ以上に、気にかかることがもう一つあった。


 それは、隣にいる穂乃果のことである。

 彼女は先ほどの公園で、小学生の男子児童に対して、キスしたとか、そんなことを言っていたのだ。

 穂乃果にそういった趣味があったとは驚きである。


「……」

「……ん? なに?」

「え、いや……その、何でもないというか……」


 街中にいる際、晴希が穂乃果のことをジーッと見ていると、彼女に気づかれる。


「言いたいことがあるなら、何でも言っていいのに」

「じゃあ……さっきのことだけど」

「うん」

「本当に小学生とやってたの?」

「……それ、嘘、だから」

「へ?」


 晴希は素っ頓狂な声を出してしまった。

 なんで、そんな嘘をと思う。


「君が、私のこと、どう思ってるか、知りたくなって、わざとそう言っただけ」

「そうなの?」

「うん」


 穂乃果は頷いていた。


「というか、あの小学生の男の子。私の弟なの」

「ん? ……弟? 諸星さんに弟なんていたの?」

「そうよ。誰にも言ってなかったけどね」

「そう、なんだ……」


 ようやく納得がいった。


「私ね。ちょっと、話したいことがあって、弟を公園に呼び出していたの。基本的に弟と二人暮らしだし。家に帰ったら、こういうことしておいてとか、そんなことを話していたのよ」

「二人っきりか……でも、一人で帰らせてよかったの?」

「大丈夫。今日は親戚の人が私の家に来てくれる予定だから」

「じゃあ、大丈夫なのかな……」

「そんなに気にしなくてもいいから。というか、漣は……」


 穂乃果は辺りを見渡した。

 遠くの方を見れば、漣の後ろ姿が見える。


 余計に話をしていて、彼の存在を見失うところだった。

 危うい状況であり、穂乃果は真剣な表情を見せ、足音を立てずに先を急ぎ。その後を、晴希が追うような感じだった。






 晴希と穂乃果は、近くの建物の壁にサッと隠れた。

 運の悪いタイミングで、漣が振り返ったからである。


「バレていないようね……」

「多分ね。でも、ここからは、倉持君も気を付けてよね」

「分かってる……うん……」


 晴希は冷静に対応する。

 が、今、ヒヤヒヤしていたのだ。


 普段から一緒にいる漣の後を追っているだけなのに、ここまで緊張したのは初めてかもしれない。

 穂乃果は建物の壁からコッソリと確認していた。


「……漣の奴。なんか……え?」

「なに?」


 晴希は、彼女の反応に違和感を覚え、壁から覗き込むように漣を見やったのだ。

 すると、そこで、彼が日葵と出会っているところを目撃したのである。


「……やっぱり、あの噂は本当だったのね」


 穂乃果の悲しげな声。

 けど、本当に悲しんでいるような口調ではなかった。


「なんか、腹立つのよね。噂が本当だった時の方が余計に、イラつくの」


 穂乃果は躍起になっているのだ。

 もはや、彼女は、漣の裏事情をすべて明らかにしようと瞳を輝かせているのだった。

 穂乃果は一応、表向きは連と付き合っているものの。今は違う。

 どうやって、漣を潰してやろうかと企んでいるのである。


「でも、浮気しているところを見ただけじゃ、白を切られる可能性もあるし。もっと情報を集めないとね」

「う、うん」


 彼女の熱量は半端なかった。


「あ、あの二人、移動し始めたし。倉持君。すぐに後を追うから。ついてきて」

「う、うん……」


 晴希は穂乃果と共に、遠くの場所にいる二人を尾行する。

 漣と日葵に気づかれないように、一定の距離感を保ちながら移動するのだ。

 なんか、探偵みたいな感じがして、不思議とスリルを感じてしまう。


 他人の浮気事情にそこまで突っ込んだとしても、あまりいいことはなさそうだが。晴希は、友人の漣がどう思っているのか、その真相を知りたいという心境にも陥るのである。


「というか、あの二人。あの店に入ったわ」

「どこですか?」

「あのお店」


 穂乃果は先の方を指さす。

 その視線の先には看板がある。

 “街角喫茶店”と記されていた。

 晴希からしたら、あまり街中に来ることがなく。初めて見た喫茶店であった。


「あの店に入るよ」

「入るんですか?」

「ええ。じゃないとここまで来た意味ないでしょ」

「そうですけど。どうやって、身を隠すんですか?」

「それはアレを使うの」

「アレとは……?」


 晴希は首を傾げるのだった。






 晴希と穂乃果は、街角喫茶店に入店したのである。

 そこの店内は、綺麗に手入れされているような空間であり、空気が心地よく感じたのだ。


 雰囲気は明るく、比較的一〇、二〇代くらいの男女が多い印象を受ける。

 二人が入り口付近に佇んでいると、奥の方からスタッフらしき女性が現れるのだった。


「いらっしゃいませ――――⁉」


 その女性スタッフは驚いた顔を浮かべる。

 そして、絶句していたのだ。

 なんせ、二人はマスクにサングラスを身に着けていたからである。


「えっと……お二人様で?」

「はい……二人で」


 穂乃果はあの二人に気づかれないように、比較的小さめのトーンで受け答えしていた。

 そもそも、学生服にサングラスはあまりにもやりすぎな変装だと思う。


 変装と呼べるかも怪しいところだが、晴希は場の雰囲気を意識しつつ、穂乃果と共にスタッフに導かれるように席へと向かうのだった。


「では、こちらに。ご注文がお決まりましたら、お声かけお願いします……」


 女性スタッフは、気まずそうに視線をキョロキョロさせながら、戸惑いの表情を浮かべていた。

 スタッフは逃げるように背を向け、サッと立ち去って行ったのだ。


「なんか、変な人に見られた可能性がありますよ」

「……そう、ね。今後は普通の変装を考えないとね」

「お願いします」


 晴希はそう言った。


「えっと、あの二人は……」


 穂乃果は店内をあっさりと見渡した後――


「あそこにいたわ」


 対象となる二人は、六つ先の席に座っていた。

 意外と近い距離感ではあるが、余計に目立たなければ、多分、気づかれないと思う。


「ここからはこっそりとね。余計に話さないように」

「では、どうやって話すんですか?」

「今日、アドレスを交換したでしょ?」

「はい。では、スマホでやり取りを?」

「ええ。基本的にスマホでね。でも、ジュースの注文くらいだったら、別に問題ないから」

「うん、わかった……」


 晴希は頷くのである。


「それでは、今から漣の裏の顔を暴いていくからね」

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