第4話 穂乃果さんって、そういう趣味があったの…⁉

 倉持晴希は、人生で初めて、キスしたことになる。

 そんなことを振り返っていると、授業終了のチャイムが鳴った。

 今、授業を担当している教師は終了の挨拶をすると、資料をまとめ、先早に教室から立ち去って行ったのだ。






「これでようやく終わったな」

「どうする? 今日は部活ないしさ。どっかに寄って行く?」

「お前はどうする?」


 クラスにいるとある人物が、机近くで帰宅準備をしている高屋敷漣に問いかけていた。


「俺はちょっと用事があってさ。今日は無理なんだ」

「え? そうなのか? どんな用事?」

「色々だって」

「色々か……」


 漣に話しかけた人物が悩みこんでいると、別の仲間が言葉を割り込ませた。


「気づけって。漣のことなんだぞ。諸星と付き合うに決まってんだろ」

「ああ、そうか、デートってことか」

「そうそう」


 別の仲間に言われ、漣に話しかけていた人はようやく気付いたようだ。


「そんなに大声で言うなって」


 漣は恥ずかしそうに言う。

 が、実のところ、そこまで恥ずかしがっているわけではない。

 ただ、周りの人に合わせているだけである。


 そもそも、漣は諸星穂乃果のことをどう思っているのか定かではない。

 穂乃果の情報によれば、裏の方で黒木日葵と付き合っているとの噂があるのだ。

 多分、穂乃果とではなく、日葵とデートをする可能性だってある。


 漣のことだ。

 ありえないことはないだろう。


 晴希が席で一人、漣とその仲間の話に聞き耳を立てていると、スマホのバイブが鳴った。

 晴希はスマホの着信履歴を確認してみる。


《あと少ししたら、学校近くの公園に来て》


 と、一文だけ、送られてきていたのだ。

 送り主は、穂乃果である。

 晴希は心の中で、“わかった”と思いつつ、簡単な了承メールを送った。


 晴希がリュックに必要なものを詰め込み、席から立ち上がると、教室からは、漣と、その仲間の姿はいなくなっていたのだ。


 もう、帰宅したのだろうか?

 晴希は急いで廊下に出る。

 すると、遠くの方に、漣と、その仲間の後ろ姿が映った。

 漣は用事があると言っていたが、途中までは仲間と一緒に岐路につくようだ。


 なんか……友人らしい感じがしないよな。

 晴希はふと思う。

 漣は、一日に一回以上は話しかけてくれるものの、友人らしいことは、ここ最近はしていない。


 漣とは高校一年生の時からの関係性で、入学当初は、普通に会話したり、休日にはたまに遊んだりもしたほどである。

 漣は普通な感じであり、どこにでもいるような雰囲気を持つ、人物だった。

 考えてみれば、元々親しい仲だったと思う。


 ただ、高校一年生の終わり頃、学校一の美少女――穂乃果と付き合うようになってから、大きく変わってしまったような気がした。


 もしかしたら、恋人ができたから、調子に乗り始めたのかもしれない。

 多分、穂乃果が悪いとかじゃなくて、漣の心境の問題だと思う。

 晴希はそう考えるようにしたのだ。


「……」


 穂乃果のことを思い出し、今、彼女がどこにいるのか確認するように、再び教室を覗き込む。

 クラスメイトは数人ほどいるのだが、彼女の姿はなかった。


 もう、公園に向かったのかな?

 穂乃果がいないということは、そういうことなのだろう。

 じゃあ、行こうか。


 そう思い、放課後の現在、人通りの多い廊下を、うまくすり抜けるように先へと進んだ。






 校舎の昇降口で、晴希は上履きに履き替える。

 昇降口を後に、学校の校門のところを見やった。

 けど、漣の姿はなかったのだ。


 今日は、部活がないところが多いらしく、いつもより、岐路につく人が多く見受けられる。


 いつまでも学校にいてもしょうがない。

 晴希は、学校近くにある公園へと早歩きで向かう。


 早歩きだったとしても、そこまで五分くらいはかかるのである。

 公園に向かう途中、小学生らとすれ違うことが多い。

 晴希が通っている高校近くには、小学校があり。特に、小学生は、その公園を通って岐路につくことが多いのである。


 晴希はあまり公園の方を通って帰宅はしないのだが、今日は穂乃果と約束しているから向かわなければいけないのだ。


「……」


 気まずい。

 晴希は陰キャで童貞。なのだが、それ以上に子供慣れしていないのだ。


 同級生にすら物怖じしてしまうことが多いのに、小学生とすれ違うだけで不思議な緊張感に襲われる。

 他人から変態だと間違われるのが怖いという緊張ではない。

 小学生とどういう風に関わればいいのかわからず、緊張してしまうのだ。


 本当に陰キャであり。世間的に提言されている陰キャとはわけが違う。

 ガチな陰キャなのである。

 自分でも、こんな体質に嫌気がさしているのだが、なかなか変われないのだ。

 そう簡単に変化できないものである。


「はああ……」


 と、ため息を吐き、晴希は、ようやく約束していた公園に到着したのだ。

 晴希は木々が比較的多く植えられている公園に足を踏み入れた。


 辺りをザッと見渡すだけで、遊具などがあるのが分かる。

 どこにいるんだろ……。

 晴希は注意深く見渡す。

 すると、遠くのベンチに人がいることが分かった。


 晴希は目を凝らしてみる。

 一人は、女子高生。多分、穂乃果だとして。もう一人は――

 小学生?

 穂乃果はなぜ、小学生と関わっているのだろうか?


 遠くであり、ハッキリとはわからないが、穂乃果は、その小学生と頭を合わせるために、ベンチから一度立ち、しゃがんでいるように見える。

 そして、穂乃果は、その小学生に顔を近づけているように思えたのだ。


 ――え⁉

 もしかして……キスとか、そんな感じなのか?

 わからなくなった。


 なぜ、穂乃果が、小学生と関わっているのか不明であり、驚きを隠しきれなくなったのだ。

 まさか、穂乃果は年下が好きなのだろうか?


 そもそも、その小学生が男子か女子かなんてもわからず、今の状況からは推測の域を出なかった。

 晴希が動揺していると、その小学生は走って、どこかへと向かって行ったのである。


 今、どうすべきか迷う。

 見てはいけないものを見てしまったかのような事態に困惑していたのだ。


 すると、穂乃果の方が先に気づいたようで、遠くの方から晴希に向かって手を振ってくれる。

 晴希は気まずげに手を振り返し、ゆっくりと彼女の元へ近づいていく。

 約束までしているのに、知らないフリをして帰宅するわけにもいかないからだ。






「しっかりと来てくれたのね」

「はい……そういう約束だったので」

「まあ、いいわ。じゃあ、行きましょうか」

「う、うん……」


 春樹は、陰キャ風に頷くと。

 さっきの話を切り出そうとする。


「あの……さ。えっと、さっきのことなんだけど」

「なに?」


 隣にいる穂乃果が聞いてくる。


 でも、これ、話してもいいのだろうか?

 迷惑とか、そんなんじゃないよね……。

 色々な迷いが生じ、言葉を切り出したのに、口を閉じたくなったのだ。


「なに? もしかして、さっきの子のこと?」

「え、う、うん……」


 緊張した面持ちで頷いた。


「ふーん、そう。見てたんだね。まあ、見ちゃったら、気になっちゃうよねぇ」


 彼女はどこか戦略的な笑みを見せた後。


「私ね、あの子とね。キスしてたの」

「え⁉ 小学生に?」

「うん。あの子、男の子でね、キスしたいって言うから」

「……え、え……⁉ 男子小学生⁉」


 急な情報に脳内が混乱しかけているのだ。

 一体、穂乃果と、その男子小学生になんの繋がりが……。


 そもそも、ここ周辺には小学生が多い。その上、穂乃果は学校一の美少女である。

 ありえなくもないが。

 小学生の時点で、女子高生の魅力に気づくなんて、今時の小学生は、目の付け所が違うと思った。


「ねえ、嫉妬しないの?」

「え?」

「だから、私、キスされたんだよ♡」

「……」


 晴希は首を傾げた。


「もう、察しが悪いの?」

「……ん⁉ もしかして……キスしてほしいとか?」

「ち、違うって、違うというか。合っているというか。もう……そういうことじゃなくて。そう言うこと私が言ったらさ。君が嫉妬して、キスしたいっていうのが普通でしょ?」

「普通……なの?」

「そういうところ。だから、君は陰キャなの。わかる?」

「ご、ごめん……」


 晴希は申し訳なさを感じ、頭を下げてしまった。


「別にさ。私は怒ってるわけじゃなくて……んん……」


 穂乃果は悔しそうに唸っていた。


「じゃなくて?」

「もう、いいわ……。もう、いいから行くから」


 なんか、穂乃果は少々気分がそぐわないようだ。


 穂乃果から軽く手を握られ、引っ張られるように、公園を後にすることになった。

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