第二話:派遣業務もやらなきゃいけないらしいです④

 叫びと同時に何かが俺の頬をかすめるように飛んできた。

 シュンという風切り音だけが聞こえ、何が飛んできたかまではわからなかったが、少なくとも攻撃されたらしい事は解った。

「次は当てる。大人しくその子を開放しろ!さすれば命だけは助けてやるぞ!」

「何もしてない!俺に言われても困る!俺に戦う意志は無い!」

「嘘を付くな!天使の姿を騙る悪人め!」

「はぁ!?」

 勝手に翼の上に寝られただけなんだけど。というか逃げたくとも翼に乗られたままじゃ逃げ出す事もできないんですけど!そもそも誰が、どこからどうやって攻撃してるのかもわからないし!

「開放する気はなさそうだな」

「開放するから!この子は連れて行くなり何なり好きにしろよ!」

「そうか、まあどのみち悪人を逃がすつもりもない。痛い思いをしたくなければ大人しく手を上げろ」

「くそっ!」

 この世界に来てからロクなことがない。

 悪態をつきつつも、正直怖くて仕方ないので手を挙げると再び風切り音が聞こえ、俺は反射的に目を閉じた。

 男だって怖いものは怖い。

 何回か風切り音が聞こえた後に静寂が生まれた。ゆっくりと目を開けると俺の周りには縄のついた矢がいくつか地に刺さっており、先程までの風切り音が矢の音であることを知った。

 縄のついた矢で縛り上げるつもりなのかと思うと俺は震え上がった。そして同時に矢で射られる可能性もあることに俺は情けなくも少しチビってしまう。

「貴様、なぜ矢を弾く。大人しくと言っているだろう」

 再びかけられた声は先程よりも怒りが込められていて、それはそれは迫力のある声だった。

 ただ、意味がわからない。俺は言われた通り何もせずに手を上げて抵抗はしていないのだから。

「もういい、多少痛いだろうが抵抗したお前が悪いのだ」

 ―ビュゴ!

 と先程までの風切り音が可愛く見えるような大きな音が響き次の瞬間、俺の目の前ほんの1メートルほどの所にやじりがあった。

「ひぇぁ!?」

 明確めいかくな身の危険を感じ、情けない声を出してしまったがよくよく見ると矢は空中で止まっており、やがてポトッと地面に落ちた。

 暴力なんかとは無縁むえんの世界で行きてきた平和な俺の脳はもう限界に達していた。具体的に言うと、

「誰か助けてぇ!!」

 そう叫んでしまうくらいに。

 声は上ずっており、腰は完全に引けている。十年来の親友でさえ去っていくんじゃないかというくらいの完璧なビビりっぷりを披露ひろうしていた。

『了解っス』

 ふと、そんな声が頭に響いたと同時に目の前に白い光の柱が立ち上る。

 眩しさに手で目を覆い、それでもなお、恐怖で覆った隙間から何が起きようとしているかと見ようとしていた。

「ふぅ…。大丈夫っスか?なんか人に見せちゃいけないような顔してるっスけど」

 光の柱が次第に細くなり、その中から現れた姿に俺は安堵あんどした。見慣れた金髪の童顔フェイス、そしてインパクトのつよいスカジャン。そんな格好をする奴は一人しか居ない。

「イスラぁ!」

「え、なんすかそれ…めっちゃ引くんスけど…」

 思わず抱きつこうとして再び翼の重みで後ろへつんのめった俺にイスラはさげすんだ目を向けた。

「で、何があっ―」

 イスラは言葉を言い切る前に勢いよく振り返り木々の隙間を見やる。一歩遅れてイスラの翼に矢が刺さるが、それを気にも止めずに。

「なるほど。そういう事っスか」

「いきなり襲われて!それで!ていうか刺さって!?」

「あー問題ないっスよ。それで、どうしたら良いっスか?サクッと殺しても良いっスけど」

「こここ、殺すって!それはダメだって!何か事情があるみたいだったし!ダメだよ!」

 事も無げに、さもそれが当たり前であるかのように出てきた“殺す”と言う言葉に俺は慌てて止める。

「まあ、そういうことなら適当に無力化して連れてくるんで、ちょっと待ってるっスよ」

 そうさらっと言ってみせたイスラは、一瞬で姿を消すと、言葉の通りさらっと縛り上げた人を連れて再び目の前に現れた。

「…!…!!、!…!!」

 先程まで俺を襲っていたであろう相手は光の輪っかに縛られた姿のまま、凄い剣幕で何かを叫ぶように口をパクパクとさせていた。まるで

「で、こいつはなんなんスか?」

「それは俺が知りたい…」

 イスラの登場と危機からの脱却だっきゃく幾分いくぶんかの余裕を取り戻した俺はひとまずイスラに頼んで、翼の上で寝たまま微動だにしない男の子を翼から降ろしてもらった。

 ようやく開放され、俺は安堵の息をついて肩を回す。翼も何度かパタパタと動かして土を払い、それから俺はエルラドに来てからの経緯をイスラに説明した。

 するとイスラは少し、いやかなり不思議そうに、

「兄貴って天使になってそこそこ経つっスよね。まだ天使の力を使えないんスか?」

 そう聞いてきた。

「天使の…力…?姿を変えたりするやつ?これ生やす的な」

「いや、まあそれも確かに天使の力なんスけど、なんつーか漫画にあるような異能力っスよ。さっき俺が使った座標移動ワープとか、コイツを黙らせてる沈黙化サイレントみたいな?」

 軽いノリでイスラが指をさす先には、先程までの剣幕が嘘のように怯えた表情があった。

 先程までは余裕がない、というか襲ってきた相手というのが怖くてよく見ていなかったが、落ち着いて見てみれば相手は女性である。しかもかなり美人。尖った耳から察するにエルフというやつなのかもしれない。

「イスラ」

「どうしたんスか」

「異能力についても気になるんだけど、とりあえず沈黙化?サイレントとか言ってたっけ、それ解いてあげてほしいんだけど、なんかこの人怯えて死にそうな顔してるし」

「うっす」

 イスラが軽い返事を返すと同時に女性の口から、

「許してください。せめてその子だけでも、私はどうなってもいいので、本当の天使とは思わず、ごめんなさい、許して、助けて、殺さないで、悪気が合ったわけじゃないんです―」

 そんな声がブツブツと漏れ出した。

「あの」

「ひゃい!ごめんなさい!許して!」

「別に殺さないから落ち着いて―」

「ごめんなさい!口答えしません!どうかその子だけでも!」

「あの、だから―」

「本物の天使様だなんて思わなかったんです!どうか!お慈悲を!」

 ガタガタを震え、恐怖のせいか青ざめた表情で女性はひたいを何度も地面に叩きつけた。

「やめてやめて!許すから!許しますから!」

 いきなりそんな事をされ、俺も慌てて女性の頭を掴み、叩きつけるのを止めさせる。

「なにか事情があったのでしょう?幸いにも私は怪我もしてませんから、落ち着いてください。ね?」

 本当はまだ襲われたことに対して若干の怖さが残っているものの、俺は営業でつちかった笑顔を最大レベルで貼り付けてなだめる。

 女性はすぐには落ち着かなかったものの、額を打ち付けるのは止めてくれたので手を離して、落ち着いたら事情を話してほしいと伝えた。

 しばらくの沈黙が続いた後に女性はポツポツと話してくれた。

「つまり、私を人攫ひとさらいだと勘違いしたと」

「そうです……。数日前にもレオ……その子を求めて現れて……。その時は撃退出来たのですが、その報復に来たのかと……」

「この子を求めて?」

「レオは勇者ヘンリーと魔族の皇女キャメルの子なんです。訳有って私達森人エルフ族の住む里でかくまっているんです」

 唐突に出てきた“勇者”の言葉に俺は眉根を寄せた。あまりにも都合が良すぎると思ったからだ。

「まさかとは思いますが、里の名前はギユーだったりしますか?」

「そうですが、なぜそれを。あ、いえ、天使様ならそれくらいお見通しですよね。すいません」

 ありえない。そう思った。

 俺は平原から無意識で飛んできた。泉に降りたのもそこが目についたからだ。そのまま疲れて寝てしまった訳だが、目が覚めたら勇者の子が翼の上で寝ていました。しかも当初の目的であるギユーの里の住民が出てくるだなんて出来すぎている。運が良いでは済まされない。

 どこか作為的なものを感じる。

「ところで、この子はずっと寝たままなんですけど、病気か何かなんでしょうか?」

 疑念ぎねんを感じながらもとにかく話を続ける。確認するのは最後で良いはずだ。

「レオは夢魔の血を引いているんです」

「夢魔というのは?」

「他者を眠らせ、夢を操る種族です。まだ力を十分に扱えない子供のうちは、睡魔の力を操りきれないのでよく眠るそうです。基本的には一度寝たら並大抵のことでは起きません。そのはずなんですが……」

「何か有ったのですか?」

「今日は、急に起きたかと思ったら森に連れて行ってほしいと頼まれたんです。人攫いが現れたばかりなので駄目だと言ったんですが、頑なに連れて行けと言うので連れてきたら、ほんの少し目を話した隙に姿を消してしまって……」

「普段とは違う行動……」

 なんか、変だ。うまく言葉に表せられないけど、まるでレールの上に立たされてるようなそんな違和感がある。

「ちょっと良いっスか?」

 これまでレオを抱きかかえたまま黙っていたイスラが口を挟んだ。

「その勇者ってどんな奴っスか?」

「人当たりは良いと思います。我が強いわけではないですが芯もしっかりとしていた勇者と言われるに相応しい―」

「―そうじゃないっス。どこから来たのか、どうやって生まれたのかとかそういう話しっスよ」

「……ヘンリーがどこで生まれたのかは定かではありません。30年ほど前にこの森、まさしくこの泉の畔に捨てられていたのです。本人が言うには元々別の世界に生きていたそうですが、私達は戯言ざれごとだと思っていたので詳しいことは何も」

「能力は?」

「空を自在に駆け回り、勇者の力と言われている天を操る魔法を扱えます」

「ふぅん」

 いくつかのやり取りで思うところがあったらしく、イスラは考え込むような仕草をしてから俺に、

「確認したい事が出来たんで一旦帰るっス。天使の力については後で説明するんで、話せるタイミングになったら教えて欲しいっス」

 そう言い残して、来たときと同じ様に光の柱を生み出して消えてしまった。

「えっと、何かまずいことでも…?」

「こっちの話なので気にしないでください」

 イスラが何を調べに行ったのかはわからないので、適当に言葉を濁しておく。

「とりあえず、ずっとここに居ても仕方ないからギユーの里に連れて行ってもらっても良いですか?まだいくつか確認したい事があるのですが、ぼちぼち日も傾いて来ていますし。それとも部外者は里に入れませんか?」

「い、いえ!天使様なら大歓迎です!喜んで案内させていただきます!……それでなんですけどー、光の輪これを解いてもらってもよろしいでしょうか?」

 女性は申し訳無さそうに聞いてきた。

「あー。少々お待ち下さいね」

 イスラも解いてから消えてくれればいいのにと思いつつ、俺は四苦八苦しながら思念を飛ばす方法を会得し、解除方法について聞くのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生業務課は本日も大忙しです 通里 恭也 @sykyoa1607

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ