第一話:死んでも仕事からは逃げられなかったみたいです②
俺がその
その扉の先に広がる
「ほら、シャキっとするっす」
「う、うん」
背中をパンっと叩かれて
なるほど。確かに
「
とは言え、受付らしき場所と手に持った書類のせいで中途半端に現実感が抜けないが。
強いて言えば生命の樹の周りを飛んでいる天使らしき羽の生えた人達が幾分か幻想的と言えなくもない。
まあ、あの飛び交っている
受付に書類を
「この先は関係者しか入れないんで、俺は待ってるっすよ。サクッと行って来るっす」
「……わかった」
なんとなく、そうじゃないかとは思っていた。生命の樹はこの天界を
受付の人もついてきてくれるわけではないようで、一人で樹へと近づく。
およそ10
「そのまま、
と言われたので、気を引き締めながら眼の前まで移動し、
じっくりと見たわけではないが、それなりに
「
「はい」
「ふむ、
「ありがとうございます」
声は以外にも高めで、見た目に比べて若い印象を覚えた。
「早速だが、
「はい」
特に話をするでもなく、彼に言われるがまま椅子の裏から続く
「其方の新たな『
「―っ!」
髭の男性がそういった
「……これは?」
特に、何か変わったような感じはなかった。
凄い力を感じるとかそういったことも全くなかった。
あれ?失敗した?
「えっと、これで終わりですか……?」
不安になり目の前に居るブラフに確認する。
「そうだ。儀式は成功した。君の魂は無事に天使へと昇華した。自覚しにくいだろうが肉体も得ている。それと幾許かの
そう言われてみると、確かに
例えば、この祭壇のある場所。ここはデミウルゴスの
経験の伴わない、いつ覚えたのかもわからない。知識だけが記憶にある
「
と言われても、そもそも今までも
まるで
戻りながら手を握ったり開いたり、身体の感覚を確かめるように動かしてみたが、やはり何が変わったのかがわからない。
その後イスラと合流した俺は、再びイスラ付き添いの下、
「おかえり」
部屋に入ると、イナンナは視線だけで部屋に入った俺を確認すると再び手元に戻し、
「どうかしら?新しい身体は」
そういった。仕事する手は止めずに。
「正直なところ、何が変わったのかがわかりません」
「ああ、それは当然のことよ。長瀬君は生まれながらの天使ってわけじゃないからね」
イナンナは見ていた書類を脇にずらすと、一旦背伸びをして座り直してから、「長瀬君も天使に成れたみたいだし話そうか」そう前置きして天部の事や天部に住む者の事を話しだした。
俺も立ちっぱなしではあれなので一言断ってから手近な椅子に腰掛ける。ちなみにイスラは俺を部屋の前まで案内したことで役目を終えたと言うことで元の仕事へ帰った。
「ある程度は知識として頭に入っていると思うけど、改めて
長い、とても長い話が始まった。
「まず、この天部というものがどこにあるかというところから始まるのだけど、長瀬君は
「なんとなく、ですが。
「その通りよ。宇宙はいくつも
物理法則から違う世界と言われてもあまり想像がつかない。
「……
「そうね。
「いまいち解らないのですが、この天部は全ての世界の
「
そのものである
「その点は大丈夫よ。天界は
この人、いや女神様はたまに人の心を読んでくる気がする。疑問に答えてくれるのは良いんだけども。
「―だからこそ天界に時間の流れと呼ぶべきものは無いし、
「朽ちることがないって
「似たようなものね。私達、天界に住む者は天界に居る
イナンナは
「どんなに身体が正常でも、
何百年っていうのは地球で計算した場合の時間ね。と付け加えられた。
何百年も寝てないとか、考えることを
「とんでもない世界でしょ?」
「え、えぇ……。そうですね。とても……」
「そんなとんでもない世界なら、住んでる人だってとんでもないのよ。私やブラフは“ヒト”の
「え?」
「男ではないのですか?」
「はい、
「
それが変化の感じられない理由だとイナンナは言った。
「その気になれば長瀬君も姿形を変えられるわよ。例えば、そうね…。とりあえず女性の姿になってみたらどうかしら?」
「え?」
「だから、姿を変える練習よ。女性になってみなさい」
そんな簡単に言われても。
「どうやったら良いですか?」
飲み会の上司くらい無茶振りだ。
とりあえず、女形と言われてもいまいちイメージが湧かなかったので、目を閉じながら好きな
わざわざ見たり触るまでもなく、明らかに胸が大きくなり着ているワイシャツに潰されているような感覚がある。そして、
「出来てるわよ」
「みたいでーっ!?」
みたいですね。と答えようとした俺は自らの
明らかに男のものではない、少し高めで大人っぽさを感じる女性の声。俺はこの声に聞き覚えがある。あのたまにTVで見かける女優さんの声だ。
しかし驚いた途端にまた身体が変化した。それが慣れ親しんだ自分自身の身体なのはすぐに解った。
「天使は本来、
「えっと…?」
「つまり長瀬君の身体は長瀬君のままだから大丈夫ってことよ」
俺は決して頭が良い方ではなかったけれど、普通に中堅大学を卒業する程度の
「申し訳ないけど、話をすすめるわね。次はこの転生科の使命について、業務内容には軽く触れたと思うのだけど覚えてるかしら?」
「
「そうそう。それがこの転生科で一番量の多い業務よ。長瀬君もしばらくはこれだけをやってもらうことになるわ。とはいえそれはあくまでも業務の
「それが各世界の管理…ですか?」
「この天界を含めた。ね。各世界の管理を担当してる奴らから文明、生態、環境などあらゆる報告が上がってくるの。それを元に生命の数を
「ちょ、ちょっとまってください!いくら時間の概念がないと言っても、そこまでの業務をこなすには人が足りなさすぎませんか?」
このオフィス(?)にあるデスクは三つだがイナンナの座っている以外の二つに関しては書類棚が置かれていたりで使用できるような状態にはない。だから俺が始めに来たときからここはイナンナ一人の部署だと思ったし、それにイスラもイナンナが一人で切り盛りしているって言っていた。
「あと二人居るのよ。ただ、その二人はデスク業務じゃなくて実際に各世界に
でも前にいつ休息を取ったか覚えてないみたいなこと言ってましたよね!?と思ったけど、口に出すのは諦めた。
寝なくても食べなくても死なないなら休息がなくても問題は無いってことだし、イナンナはもう病気の域に居るのは間違いないと思ったから。
「まあ、精々頑張って頂戴。私が少しでも楽できるように」
「最後の一言が余計ですよ」
その後は天部の仕組みに関することをサラッと流すように話されて、そのまま俺は業務開始となった。
どうやら天部では働いた業務量に対して報酬がもらえるらしい。報酬はポイントとして個人の生体情報に
ただ、俺らはほぼ仕事詰めになるのでポイントは貯まる一方になると言っていた。なので詳しい説明をしても仕方がないと。
その話を聞いて俺はふと、自分の死ぬ前に通帳にいくら入っていたのか気になった。仕事詰めで対して使っていなかったからそこそこ溜まっていたはずだ。葬式代と墓を買う金くらいはあると思うのだが。
それと、常に同じ仕事をするわけではないらしい。
各世界の管理者による管理が甘かったり、
「それじゃ、早速だけど初めてちょうだい。基本は天使の知識で判ると思うけど、どうしてもわからなかった聞いて」
「わかりました」
結局、休みなどは無いに等しいようだ。まあ、今は休息云々よりも、目の前にある書類の山を片付けるほうが
次々と運ばれてくる書類を善悪で仕分け、一つ一つ手続きして、生命の樹に流していく。どれほどの量をこなしたのかは考えないことにした。
イナンナの言っていた通りで身体的な疲れは一切感じないので、心を無にしてひたすら書類と
これが俺の新たな天使生の始まりだった。
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