第一話:死んでも仕事からは逃げられなったみたいです

「天部、転生業務課へようこそ!」

「…転生、業務課ですか」

 得意げに言われたものの、一切ピンと来なかった。

「主に魂魄の輪廻、転生を担当している部署よ」

 それは今までの会話でなんとなく解ってた。

「んー…。色々説明して上げたいんだけど、まだ天部の仕組みをよく知らない貴方に説明するのは骨なのよね……」

「そこをなんとかなりませんか?」

 説明を聞く前に承諾してしまった自分も悪いんだけど、流石に何の説明もなしにというのは辛い。

「って言ってもなぁ。セフィロートによってそれぞれの世界から魂魄を集め、善悪分けて振り分ける輪廻システムからこぼれた魂を手動で判別してシステムに組み直す。で解る?」

「少しはわかりますが、できればもう少し噛み砕いていただけると幸いですね」

「だよね。一番主要となる仕事が今のやつなんだけど。うーん…」

 イナンナは腕を組んで唸る。どうやらうまい言葉が見つからないようだ。

 その時、ドアをノックする音と共に一人の男性が部屋に入ってきた。軽く会釈すると、特に会話することもなく何枚かの紙を長机の上に置かれた書類収納棚に入れるとそのまま出ていく。先程から度々誰かが来ては同じ様に紙を書類棚に入れては出ていっている。何らかの書類だとは思うのだがそれなりの頻度で届けられているし、一度に届く枚数も一枚や二枚ではない。

 何かを思いついたのか、その書類棚の中からイナンナは一枚だけ紙を取り出して俺に差し出した。見てみると何処かの誰かの身上書のようだ。

「これは?」

「輪廻システムから漏れた魂に関する情報が乗った書類よ。基本的にはシステムによって自動的に魂の善悪が分けられていくんだけど、中には強い意志で生まれ変わることを拒んでしまったりしてシステムが対応できない魂が居るのよ。そういった者の情報がここに運ばれるってわけ」

「なるほど…。ちなみに拒んだ人達はどうなるんですか?」

「私が強制転生の手続きをしてもう一度システムに流す」

「あー、意志の尊重とか無いんですね」

「当たり前でしょ。どれだけの数が来ると思ってるのよ。バカ真面目に意思確認なんてしてたら終わらないじゃない」

 ご無体な。と思ったが、そうして話している間にまた一人、肩身が狭そうにしながら書類を置いていった。

 確かにいくら時間の概念がないと言っても一人に捌ける量はたかが知れている。そう考えたら一々確認するなんて時間の無駄だな。時間の概念無いらしいけど。

「と、まあこれが主な業務の一つね。他にも色々あるんだけど、現状は私一人じゃMHマンアワー(注:一人でこなすことのできる仕事量の単位)が足りてないから他部署に委託してる部分もあるわ」

「むしろ、よく一人でやってますね」

「私だってやりたくてやってる訳じゃないわよ。でもここで働きたいって人がいないんだから仕方ないじゃない」

 残念ながらそれは俺でも思う。他に選べるならばわざわざこんな誰でも解る真っ黒な場所で働きたいなんて思うはずがない。まあ、俺はすでに承諾してしまったから働かざるを得ないが。

 どうやら俺がやる仕事は当面の間は強制転生手続きこれになるそうだ。イナンナ曰く超絶単純作業が数の暴力で襲ってくる仕事だとか。

 他には、各世界のバランスを保ちつつ、発展させたりする必要もあるのだとか。これについては流行りのライトノベル小説よろしく故意的に力を持たせた魂を送り込んだりするとのことだ。場合によっては魔王に対する勇者のようなパターンもあるらしい。なんだか安っぽいラノベに出てくる神様ポジみたいなことをやる訳だけど、ぜんっぜん嬉しくないな。

 ちなみに、矯正転生手続きに対して、

「単純作業なら頭を無にしてればいいか……」

 と、ぼやいたら、

「やっぱ、貴方を選んで正解だったわ。単純作業なんて普通は嫌がるものよ」

 とのお言葉を頂いた。失礼な。

 話をしているうちに溜まる一方の書類が気になってきたので簡単な流れを聞いて作業に取り掛かりたいと伝えると、イナンナはその前にやることがあると言い出した。どうも魂だけの存在のままでは仕事が出来ないらしい。

 この転生業務は世界を維持、発展させるための重要な仕事であるため特別な権限が必要となるが、存在として危うい魂だけの存在にはその権限を与えられないというのだ。ならばどうすればいいのかと問うと、それは俺が新たな身体を手に入れることだという。それを聞いた俺はてっきり誰かに乗り移って身体を手に入れるのかと思ったが、どうも違うらしい。

「これでもここは神の住む場所なの。身体を作り出すくらいのことは出来るのよ」

 とのこと。流石、女神様だ。身体を作るなんて常人じゃ思いもよらならないようなことを言いやがる。

 それからイナンナは見慣れた形のオフィスデスクから数枚の紙を取り出すと、迷いなく筆を走らせて俺に差し出した。見ると、俺の身上書と何かしらの契約書のようだ。

「ここと、ここにサインして頂戴」

 指差しで指示された場所に渡された筆を使って名前を書き込む。

「長瀬君にはこれからそれを持って生命の樹セフィロートのある場所に行ってもらうわ」

「?わかりました。どちらの方へ行けばいいですか?」

 渡された書類を手に迷いなく部屋を出ていこうとした俺をイナンナが慌てた様子で引き止めた。

「案内役を呼んであるから!流石に一人で行けなんて言わないわよ」

「案内なんてあるんですね」

「そりゃあるわよ。天部のことを何も知らない長瀬君を一人で行かせるほど私は鬼畜じゃないわよ」

 俺の働いていた会社なんて、会社説明会の日に案内を一人も出さず、1分でも遅刻したものは説明会に参加させなかったというのに。

 迎えを待つ間に何もしないのもあれなので、いくつか気になったことをイナンナに聞いておいた。

 一つは俺が新たな肉体を得るのは転生とは違うのか、ということ。

 これについては、転生ではなく昇華だと言われた。要領を得ない答えだったが、要点をまとまると“死を介さずに上位の存在となること”を昇華と呼ぶのだそうだ。上位の存在、この天界に住まうにふさわしい存在になるとのこと。

 少なくとも人間ではなさそうだ。

 二つ目はそのままの流れで俺がどんな存在になるかを聞いてみたところ『天使』との答えを頂いた。

 あっさりとした口調で、さも当たり前のように言われてしまった。人間卒業だと身構えた俺が馬鹿みたいじゃないか。いやー、それにしても人間卒業かー。しかも天使だよ天使。想像もつかないけど翼とか生えちゃうのかな。なんて。

 れはともかくとして重要なのは三つ目の質問だ。

「イナンナさんはどうして

「なんのことかしら」

 当然、はぐらかすか。素直に答えるとも思っていなかったが。

「安心してください。別に働くのを辞めるという訳ではないんです。ただ純粋に疑問に思いましてね。先程、仕事の説明をする際に渡された身上書を見た時に気づいたんですけど、その気になれば俺の魂くらい簡単に殺せますよね?」

「……その紙を見せてもらえるかしら」

 書類ケースに戻した他人の身上書をイナンナに渡す。

 その身上書の人物は自然に死んだ訳ではなく、天部の者によって消されていた。死因は『魂焼き』と書かれていた。しかし、書類の下の方に備考で「地獄の炎に焼べられて尚、足掻き生きているため転生業務課に判断を任せたい」とも書き加えられていた。つまり転生業務課にはこの魂をどうこう出来る力があると言うことだと思う。

「ここの仕事の目的が『世界を維持、発展させる』『使命と能力を与えた者を送り出すことがある』ならば、維持発展に邪魔になる。例えば滅亡へ向かわせようとする者や、その回避のために送り出した転生者が使命を投げ出す事だってあると思うんです。それらの者は転生業務課の仕事にとって不都合でしか無い。不都合を排除する事だってあるんじゃないですか?その紙に記された者のように」

 俺の言っていることは大半が憶測だ。でもそうであるという考えが有っての発言でもある。

 イナンナはあまり話に割り込まれないように説明を続けていた。まるで。特に働くと答えた後はすぐさま俺を昇華させる準備を整えたりした。迎えなんていつ頼んだのか解らない。ずっと目の前に居たのに。

 じーっと見つめる俺の視線に耐えられなくなったのか、イナンナは目を逸して深い溜め息を漏らした。それから観念したように、

「……思っていたよりさといわね」

 そう呟く。

「ええ、その通りよ。私がその気になれば天部で管理している世界の生物は全て私の手のひらで生死を決められる。本当はね長瀬君。貴方をそのまま地球に生き返らせることだって出来るのよ。魂を殺してセフィロートによって輪廻転生させることも出来る。ただ貴方は私にとって都合が良かったの」

「都合が良かった?」

「そう、確かに生きた魂だけが天部に辿り着くのは珍しいけれど、管理している世界は多いから別に見ない程じゃないの。そうね。長瀬君の居た世界で例えるなら双子の卵を見る程度かしら。でもそういった魂って大半は憔悴しょうすいしていて貴方みたいに意思疎通が出来るほど元気のある魂はまず居ないわ。体力の無い魂は昇華させようとしても自我を保てなくなるの。だから長瀬君の様に元気のある魂が天部に来るのは本当に珍しい事よ。しかも長瀬君は転生業務課ここで働けるだけの精神力も持ち合わせていた。だから嘘を言ってまで働かせようと思ったのよ」

 想像していたよりも自分本位で身勝手な理由だった。少しだけ働くのを辞めないと言った自分を責めたくなるほどに。でも聞けてよかったとも思う。どんな会社にも都合はあるし、その都合を知らずに働くのと知って働くのでは気分だって変わってくる。

 うん。まあ、ロクでもない上司っぽいのは間違いないけど。美人じゃ無ければ許してないと思う。

「ちゃーっす!守護天使しゅごてんし第二柱だいにちゅう!イスラフィール!神使しんしとしてイナンナの姉御に呼ばれ見参したっす!!」

 不意に、なんの脈絡もなく雰囲気をぶち壊す豪快な音を立てて部屋の扉が開けられ、元気100%で出来てるような少年の声が部屋の中に響き渡った。突然のことに驚いて声の主へ振り返るとそこには金髪にピアス、そしてスカジャンというヤンキーフルセットを着こなした男がニコニコ笑顔で立っていた。服装はともかくとして顔つきは少しあどけなさが残り格好を除けば好青年な雰囲気を感じ取れる。

「ん?もしかしてアンタが昇華するっていう人魂ひとだまっすか?なんか冴えない顔っすね」

 黙っていれば好青年っぽいと追加しよう。

「口を慎んだほうがいいわよ。これからイスラの上司になる相手なんだから」

「そうっすね。申し訳なかったっす」

 イナンナが窘めるとイスラと呼ばれた少年は素直に頭を下げた。あの程度で腹をたてるほど子供でも無いのでそんなに気にしてはいなかったけれど、そうして謝ってくれるのは嬉しい。でも、今はそれより気になることが。

「別に気にしてないよ。それより俺がイスラさんの上司になるってどういうことですか?」

「そのままの意味っす。兄貴は昇華したら俺らの上司になるんすよ」

 追加の情報が一切ないセリフに頭を抱えそうになる。いや、解らないから。俺は社会に出てからずっと平社員のままなんだぞ。後輩は流石に居たけど部下なんて居たこと無い。しかもさっき“神使が第二柱”とか言ったよね。めちゃくちゃ偉そうな相手の上司ってどういうことなんだよ。

「悪いんだけど、私はぼちぼち仕事を再開しないといけないから、細かい話はそのイスラに聞いてくれる?イスラも天部の事や天使の事を長瀬君に説明してあげて頂戴」

「うっす。じゃあ行きましょうか兄貴」

「アッハイ」

 状況をうまく飲み込めてなくとも呼ばれれば身体が反応してしまうのは社会人の性か。はたまた社畜の性なのか。

 と言うか兄貴呼びするんすね。弟は居たけど兄貴なんて初めて呼ばれたわ。

「えっと、よろしくおねがいします。イスラさん、で良いですか?」

「好きに呼んで欲しいっす。それと兄貴は俺の上司になるんでタメで良いっすよ」

「私はこの天部に来たばかりです。イスラさんは言わば先輩に当たるかと思うのですが」

「俺は気にならないっすね。むしろ堅苦しくされる方がイヤっす」

 まあ、相手がそういうなら別にいいか。取引先って訳でもないし。

「それでなんだけど、なんで俺がイスラさんの上司になるの?」

「できれば“さん”付けも止めてほしいっすね」

「あ、うん。わかったよ。イスラ」

「それでいいっす。兄貴は天使の九位階って知ってるっすか?」

大天使アークエンジェルとかのやつかな」

 アニメだかラノベだかにそんなのが有った気がする。

「そうっす。そんな感じで天使には9の階級があるんすよ。上から順に上位三隊の熾天使セラフィム智天使ケルビム座天使ソロネ。中位三隊の主天使ドミニオン力天使ヴァーチュース能天使エクスシア。そして俺を含めた大天使が所属してる下位三隊の権天使アルケー大天使アークエンジェル一介天使エンジェルっす」

「へー。大天使ってもっと上の方かと思ってた」

「大天使は階級的には下っすけど、仕事自体は結構重要なものが多かったりするんすよ。例えば俺は神使しんしと呼ばれてて守護天使課を仕切ってるっす」

「イスラは第二柱とか言ってたっけ」

「そうっすね。神使は七柱まであって、俺はその二柱っす」

 言葉遣いや格好はともかく、その神使ってやつに選ばれる実力はあるってことか。その神使ってのが何かも気になるな。

「神使ってなんなの?」

「神使は文字通り神に使えるもののことっす。天界の重要職についてる神をサポートするのが主な役割っすね。俺はイナンナ姉御の直属の舎弟っす」

「なるほど」

 要するに秘書みたいなものだろうか。

「そういえば俺はどの、えっと階位だっけ?になるんだ?」

 別に聞かなくてもすぐ判ることではあるが、なんとなく聞いてみた。イスラの上司になるなら少なくとも権天使アルケー以上の天使ってことになるとは思うのだが。



「兄貴がこれから成るのは第二位の智天使ケルビムっすよ」



「………………は?」

 大天使の上司ってだけでも驚いていたのに、第二位ってもう訳が解らない。この天部のことなんて微塵みじんも知らない俺がいきなりそんな上位職(?)について良いのだろうか。

「驚くことじゃないっすよ。イナンナの姉貴はこの天界のナンバー2なんすから、その直下に就く兄貴もそれだけの階級が必要ってだけっす」

「な、ナンバー2…?」

 あのボサ髪の社畜感満載な彼女が、天界のナンバー2だと……。

「多分なんすけど、兄貴が想像してる数倍は重要な課っすよ」

 各世界の維持と発展のために生命の管理をしているって事は聞いているし、その字面の簡単さに対して重そうな仕事ってのはなんとなく感じていた。

「転生業務課の本来の目的は『世界の管理』っす。その世界の中には天界も含まれてるんすよ。つまり転生業務課が管理しているのはって訳っす。それらを一挙に仕切っているのが姉御なんすよ」

 もはや空いた口が塞がらなかった。今まで地球にいくつもある国の一つの、更に細かい都道府県の更に更に細分化された街の中の一角。そんな小さな世界で生きてきた俺には想像もつかないほど途方も無い規模。

「はは、はははは……」

 規模の大きさに思考がついて行かず、俺は笑うことしかできなかった。少しどころじゃない、一体俺はどれだけ楽観的に見ていたんだ。

「まあ、話が大きすぎて解らないかもしれないっすけど、実際に天使になれば少しは解ると思うっすよ。昇華の際に天部が持つ知識がある程度は共有されるっすから」

 イスラのフォローも放心状態の俺の耳には届かず、ただただ口角を引きつかせて笑っていた。

 そんな俺の姿を見たイスラは「ダメそうっすね……」と呆れた声を漏らしながら俺の腕を引き、目的地である生命の樹セフィロートのある場所まで案内してくれた。


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