第64話 全部建前

「それで黒川キュン。具体的にはどうなったら私の事彼女だって認めてくれるの?」


 鼻血が止まると、おもむろに白崎が聞いていた。


「いや、具体的にとか言われても困るんだが……。そ、それよりさ、ゲームしようぜ!」


 昨日の件のダメージだって回復してない。そこにさっきのアレだ。既に俺のMPはゼロ下回ってマイナスの域だ。もう今日はいつもみたいにだらだらゲームをさせてほしい。


「ダメです。黒川キュンは私の事待たせてるんだよ? どうなったら彼女だって認めてくれるのか、あいまいにしておくのはズルいと思います!」

「うっ。それはそうだけど……」


 ふくれっ面で問い詰められ、俺は困った。


 いや、まったくもってその通りではあるのだ。


 こっちはボッチを拗らせたなんの取り柄もない醜い嫌われ者。


 対する白崎は引く手数多の学校一の美少女様だ。


 本来なら、悪魔に魂を売ったって付き合えるような相手じゃない。


 そんな相手に好きだと言われ、待ってくれと答えを保留にしている。


 普通なら、なに贅沢言ってるんだと殴られたって文句は言えない。


 白崎だって、そんな曖昧な態度では不安だろう。


 どう格好つけた所で、俺はビビって白崎の好意から逃げ回っているだけなのだ。


「そうだよ黒川! あたしから桜を取ったんだからちゃんと責任持てし!」

「そうだそうだ! 白崎君が可哀そうだ! ところでアンナ君は、具体的にはどうなったらボクを彼女だと認めてくれるのかね? 黒川君にああ言ったのだから、もちろん考えがあるんだろうね?」

「え? それはその、えっと、あはははは……」


 バカめ。一ノ瀬の奴墓穴を掘りやがった。


 まぁ、そっちはそっちでよろしくやってくれ。


「で、どうなの? 黒川キュン」


 冗談めいた態度だが、それなりに真剣な様子で聞いてくる。


 この辺の塩梅の上手さが白崎の怖いところだ。


 別に無理して言わなくてもいいけど……でも、なぁ……。


 みたいな絶妙な温度感を出してくる。


 そんな風に聞かれたら、誠意を見せなければ男ではない。


 いや、黙って彼女だと認めるのが一番の誠意なのだろうけど……。


 生憎俺には、そこまでの甲斐性はない。


「……具体的とは言えないけど。一応、考えてはいる……」


 言い訳でもするように、たどたどしく俺は言った。


 仕方ない。そんな事が可能なのか、自信がないのだ。


「聞きましょう」

「……俺は白崎の彼氏なんだって胸を張って言えるようになったら……」

「ん~」


 しっくり来ないという顔で白崎が首を傾げる。


「もうちょっと具体的にお願いします」


 まぁ、そうだよな……。


 けど、なんといっていいのやら。


 ……いやまぁ、なんとなく、イメージは持っているのだ。


 ただ、それを口にするのが気恥ずかしい……。


「……醜い嫌われ者のままじゃダメなんだ。いや、顔はどうにもならないけど。でも、白崎が俺と付き合って、なんであんな男とってバカにされて欲しくない。その……無理かもしれないけど……白崎みたいにみんなに尊敬されるような人間になって、お似合いのカップルだねって……そんな風に思われるくらいちゃんとした男になったら……その、気後れせずに、白崎は俺の彼女なんだって認められるようになれると思う……」


 多分、今の俺が白崎と付き合っても、ろくな事にはならないと思う。そりゃ、白崎はいいかもしれない。俺みたいなダメな奴が好きなんだから。でも、俺は嫌だ。きっと白崎の凄さに甘えてダメになるか、押しつぶされてしまう。白崎と付き合うのなら、俺だって白崎の事をちゃんと幸せにしてやりたい。それが出来ないのに付き合っても、苦しいだけだ。


 そんな俺の想いを受け止めて、白崎は「ん~」と顎を撫でる。


「もう一声欲しいですね」

「うううううううッ!」


 声にならない呻きを上げて、俺は地団駄を踏んだ。


 いや、その通りではあるんだけれど!


「だって、全然具体的じゃないんだもん」


 肩をすくめると、白崎は俺の想いを要約した。


「つまり黒川君は、自分に自信がないから人に認められる凄い奴になりたいって事だよね?」

「いや、そう言われると身も蓋もないんだが……」

「でもそうなんでしょ?」

「……まぁ、大体は……」

「それじゃあなって貰いましょうか」


 いや、簡単に言うなよと思うのだが。


「……はい」


 言い訳はせず、俺は素直に頷いた。


 そうしなきゃ、白崎と付き合えないのだ。


 なら、つべこべ言わずにやるしかない。


「で? 具体的にはどうするの?」

「……まだ考えてません」


 ふ~、やれやれ困った彼氏ちゃんだ、とでも言いたげに白崎が肩をすくめる。


「……その、とりあえず、ボランティアでもしてみようかと……」


 これまで散々悪行を重ねてきた俺だ。いやまぁ、別にそこまで悪い事はしてないが。それでも今まで積み重ねてきた良くない態度がある。今更ちょっと良い事をしたくらいで周りの目が変わる事はないだろうが。それでも、やらないよりはマシだろう。


「それもいいけど、私に一つ提案があります」


 待ってましたというように白崎が手を上げる。


 聞く前から嫌な予感がビンビンした。


 俺にはわかる。


 多分白崎は、それを言う為にこの話を持ち出したのだ。


 つまり、それくらいろくでもない話なのだろう。


「黒川キュン! 私と一緒に配信者になりませんか!」


 ……なに言ってんだこいつは?

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