第63話 隙あらばいちゃいちゃ

「折角だし、白崎君にならって今日からボクもアンナ君と呼ぶ事にしよう。アンナ君もボクの事は親しみを込めて回路と呼ぶように」

「え~。今更だし、別によくない?」

「……回路って呼んでほしい……」


 恥ずかしそうに上目遣いでおねだりされて、一ノ瀬はボッ!? っと真っ赤になった。


「わ、わかったから! 回路! これでいい!?」

「実に良い。呼び方が変わっただけでグッと距離が縮まった気分だ。もう一度頼む」

「か、回路……」

「もう一度」

「回路!」

「もう一回」

「もういいでしょ!? 恥ずかしいから今日はおしまい!」


 ソファーの上でかいた胡坐の上に西園寺をのせて、そんなやり取りをしている。


 ……なぜだろう。


 なんなこう、ドキドキする。


 ああいうのをイチャイチャと言うのだろうか。


 クイクイ。


 白崎に袖を引かれる。


「なんだよ」

「私も名前で呼ばれたい!」

「それはちょっと……」

「え~! い~じゃん玲君!」

「れ、玲君って呼ぶな!? そう呼んでいいのは母さんだけだ!」

「え~! いーじゃん玲君! 可愛くない? お義母さんには許可取ったし!」

「勝手に取るな!? てか、許可を取る相手は俺だろうが!?」

「ぶー。じゃあ、玲児君は?」

「べ、別に黒川君のままでいいだろ……」

「だってこれからは黒川キュンのお家に遊びに行くし。黒川君って呼んでたら変でしょ?」

「別にいいだろ。母さんの事はお義母様とか呼んでるんだから」

「お義母さんの前で黒川君って呼ぶのが変って話! 別にいいじゃん! 玲児君で! なにか問題でもあるの?」


 ムスッとして聞いてくる。


 そんなもの、あるに決まっている。


「――だよ……」

「えぇ? なに? 聞こえませーん!」

「名前で呼ばれるとドキドキすんだよ!?」


 涙目になって俺は叫んだ。


 だって俺はボッチの醜い嫌われ物だ。友達だってろくに居なかった。名前を呼んでくれる相手なんか母親くらいのものだ。それを急に、その、なんだ……す、好きな子に、名前で呼ばれたら……困る……。


 うぁあああああ!


 胸がドキドキして、顔が熱くなって爆発しちまう!


 だってそうだろ!?


 今までは考えないようにしていたけど、俺は白崎の事を好きになっちまったんだ!?


 その事を母親の前で宣言させられた。


 そしたらもう、自分の気持ちを誤魔化せない。


 学校一の醜い嫌われ物のこの俺が、学校一の美少女の白崎を好きになるなんて!


 あぁ、恥ずかしすぎる……。


 胸が苦しい……。


 なんだよ好きって……。


 わけわかんねぇ……。


 真っ赤になって困惑する俺を、白崎は「でへへ~」と幸せそうに眺めている。


 飾りみたいな小さな鼻から、たらりと赤いものが流れ出した。


「だぁ!? だから、なんで鼻血を出すんだよ!?」


 俺もいい加減慣れたもので、ポケットには白崎用のティッシュを常備している。


 そいつを手早く取り出して、白崎の鼻に押し付ける。


「らっで、ぐろがわぐんががわいいのが悪いんでしょ!」

「知らねぇよ!?」


 とりあえず鼻の穴にティッシュで栓をしておく。


「むぅ。毎回そんな顔されたら貧血で死んじゃうし、玲児君呼びは黒川キュンが慣れるまで待ってあげましょう」

「そ、そうしてくれ……」


 じゃないと俺の心臓がもたない。


「じゃあその代わり、桜って呼んで」

「いや、それもキツイんだけど……」

「いーじゃん! 黒川キュンが名前で呼んでくれれば正妻感も増すし、周りも本当に付き合ってるんだって思うでしょ?」

「思わねぇだろ……」


 一応いまだに、他所の連中には不当な方法でこいつらを無理やり彼女にしていると思われてる俺だ。今更他人の目なんか気にしないが、名前で呼んだ所でそれが変わるとも思えない。


「やだやだ呼んでよ~! 回路ちんが羨ましい~! アンちゃんだって出来たんだよ!?」


 言われてそちらを向くと、一ノ瀬と目が合った。


 フッ、ヘタレめ。あたしの方が甲斐性あるしぃ~? とでも言いたげに、勝ち誇った顔でフンと鼻を鳴らしてきやがった。


 お前だって西園寺の告白を保留にしただろうが!?


 確かに俺はヘタレだが、お前だって大差ないからな!


 ともあれ、一ノ瀬にあんな顔をされたら黙ってはいられない。


 俺は覚悟を決めて白崎を見つめた。


 言ってやる。言ってやるぞ!


 たった三文字だ。


 難しい事なんか一つも……。


 一つも……。


 ひと、つ、も……。


「しゃ、く、りゃ……」


 無理だった。


 好きな子に名前を呼ばれるよりも、好きな子の名前を呼ぶ方がずっと恥ずかしい!?


 俺の口は砂漠みたいに干上がって、舌はもつれて絡まった。


 もう、俺は恥ずかしくって泣きそうだ。


 どぷっ。


 逆側の穴から勢いよく鼻血が吹き出した。


「あへ~。最高ぉ~」


 倒れそうになる白崎を慌てて支える。


「だから嫌だったんだよ!?」


 頼む西園寺! 白崎が鼻血を出さなくなる機械を作ってくれ!?


――――――――――――――――――――――――――――


 鼻血出しすぎだと思った方はコメント欄にどうぞ。

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