第61話 本領発揮

「……そんな事があったなんて」


 白崎と出会ってから起きた一連の出来事を聞いて、母さんはそう言った。


 俺の気持ちが本当なのだと知った後でも、こんな話普通なら簡単には信じられない。


 けど、そこは流石の白崎だ。


 母さんの表情が『ん?』となる度、逐一補足を入れて納得させた。


 その中には、俺自身知り得なかった白崎の思惑と苦労があった。


 別に白崎は、最初から俺を困らせようという気は全くなかった。


 むしろ、俺と関わる事で生じる様々なトラブルを、機転を利かせて利用していた。


 その全てが、俺と付き合う為。


 そして、醜い嫌われ者である俺の人生を楽しく明るいものに変える為。


 心を閉ざした醜い嫌われ者である俺の心をこじ開けて、友達を増やし、賛同者を増やし、評判を回復し、開いた世界の楽しさを思い出させる為だった。


 そんな事は、今になって思い返せば俺にも分かる。けれど、実際裏で頑張っていた白崎の口から改めて聞かされると、本当に苦労をかけたと申し訳ない気持ちになる。


 なんのメリットもなく、むしろデメリットしかなく、俺はいつも反抗的で、報われる保証なんか一つもない日々だったはずなのに。


 白崎は今日までずっと、俺に尽くして尽くして尽くしまくってくれていたのだ。


 それが伝わったから、母さんもこんな突拍子もない話を困惑しつつも信じてくれた。


「あぁ! それなのに私ったら、こんなかわいい子が玲君の事を好きになるわけないって頭から決めつけて! とんでもない事を!? 桜ちゃんは玲君の真の理解者で、絶対裏切らない親友で、未来のお嫁さんになる子なのに!? ごめんなさい桜ちゃん! この事で、どうか玲君を嫌いにならないで!?」


 血相を変えた母さんが土下座して、ガンガン床に頭突きを始める。


「か、母さん!? やめてよ!?」


 俺が必死に止めようとしても、母さんは壊れた玩具みたいに床を凹ませるばかりだ。


「だって、やっと出来たお友達なのよ!? しかもこんなに良い子で、可愛くて、頼りになるやり手の美少女だなんて! なによりも、こんな手間のかかる悪魔顔の拗らせ息子を心から好きになってくれたのよ!? お母さん普通に申し訳ないわ! あぁ、ごめんなさい! 桜ちゃん! どうか許して!」


 なにか今、どさくさに紛れてちょっと酷い事を言われたような気がしたが、きっと気のせいだろう。母さんが俺にそんな事を言うはずがない。


「お母様! どうか気にしないで下さい!」


 そして白崎は、ここぞとばかりに母さんの前に跪き、その手を取ってニッコリ笑った。


「……桜ちゃん。こんな私を許してくれるの?」

「当たり前じゃないですか! だってお母様は、私にとっても義母様になる人なんですから! むしろ私、お義母様がそんな風に私の事を認めてくれて嬉しいです。こんな見た目だから、男を手玉に取って遊んでる悪女とか言われる事が多くて……よよよ……」


 芝居がかった泣き真似をすると、母さんは「桜ちゃん……」と感動したように呟いて、ぎゅっと華奢な身体を抱きしめた。


「あぁ、ありがとう。こんなダメなお義母さんを許してくれて。玲君はあんな事言ってるけど、私はいつでも大歓迎よ! むしろ、あんな息子でよかったら、いつでも貰っていってちょうだい! 結婚だって許しちゃう! 子供だってオーケーよ! 私自身、玲君を産んだのは早かったから。あぁ、早く孫の顔が見たいわ。桜ちゃんの子なら、きっと天使のように可愛いでしょうね……」

「はい! 私もその日が楽しみです!」

「か、母さん!? なに言ってるの!? 俺達はまだ付き合ってもないんだよ!? 結婚とか孫とか、話が飛躍しすぎだよ!?」

「なに寝ぼけた事言ってるの玲君!? こんないい子、他にはいないわよ!? 超ド級の上玉じゃない!? こんな子が玲君に惚れるなんて、それこそ奇跡みたいな事よ! 桜ちゃんの気持ちが変わる前に、さっさと籍を入れちゃいなさい! 私だって竜児さんと結婚する時はそうしたんだから!」

「で、でも母さん!?」


 いや、母さんの言い分はもっともなのだ。醜い嫌われ者の分際で、白崎みたいな顔もいい、頭も良い、性格もちょっと難はあるが概ね良い美少女を待たせるなんて、何様のつもりだと思う。


 ……でも、俺は最近までボッチの醜い嫌われ者だったんだよ!?


 ……彼女が出来るなんてこれっぽっちも考えてなかった。


 それどころか、友達だっていなかったんだ!?


 いきなり結婚とか孫とか、考えられないって!?


「いいんです、お義母様。私は玲児君の気持ちの準備が終わるまで、幾らでも待てますから」

「でも、いいの? あの子は旦那に似て、くっっっっそ真面目だから普通に待ってたらかなり時間がかかるわよ?」


 母さん? なんか、急に俺に対する当たりが強くなってない?


 流石の俺も聞こえない振りは限度があるんだけど……。


「平気です。だって玲児君は、さっきハッキリ口で言ってくれましたから。私と結婚できるお似合いの旦那様になる為に、精一杯努力してくれるって……。友達になるのにも一々宣言するような真面目な人なんです。玲児君がそう言ってくれたなら、それはもう、絶対なんです」


 胸の中の宝物を抱くように、うっとりしながら白崎が言う。


「いや、あの、結婚とか旦那とかは言ってないと思うんだけど……」

「なに玲児? 付き合うだけ付き合っておいてヤリ捨てする気なの? 桜ちゃんにそんな事したら、お母さん許さないわよ?」


 パシンと掌を叩いて母さんが俺を睨む。


「そ、そんな事言ってないだろ!? ただ、今はそこまでは考えてないってだけで……」

「男の子でしょ! ちゃんと考えなさい! 付き合った後には結婚、結婚の後には子作りが待ってるんだから! まぁ、お母さんは出来婚だから、順番が多少前後しても固い事は言わないわ。うちはお金もあるし、お母さんもそれなりに手が空いてるから、子育てサポートだってばっちりよ」

「ぅ、ぁ、ぅ……」


 そんな! 俺の最強の味方だった母さんが白崎に取られちまった!?


 どうすりゃいいんだ!? 


 気付けば俺は無意識に白崎に視線で助けを求めていた。


 すると白崎は、仏のような安らかな笑顔で頷くのだ。


「まぁまぁお義母様。玲児君にも心の準備は必要です。私ももう少し、玲児君と甘酸っぱい恋愛をしたいので。結婚とか子供の事は、もう少し待っていただけると」

「そうよそうよね。だってまだ、彼女ですらないんだものね。あぁ、本当にうちのバカ息子がごめんなさいね。玲児はああ言ってるけど、実質彼女だと思って甘えちゃっていいんだからね。玲児が失礼を働いたら、いつでもお義母さんに連絡してね。しっかりシメ……じゃなくて、教育しておくから」

「母さん!?」


 あぁ、優しい俺の母さんは死んでしまった……。


 ……いや。


 むしろ、それだけ白崎を信じてくれたと喜ぶべきか。


 母さんはずっと、俺が心配で、俺の為に人生の全てを捧げていた。


 そろそろ母さんも、自分の人生を楽しむべきなのだ。


 俺は親離れ、母さんは子離れをする時なのかもしれない。


「その時は是非お世話になります! あ、これからは玲児君のお家に遊びに来てもいいですか?」

「勿論よ! いつでも来てちょうだい。お泊りだって許しちゃう! 安心して。玲児の部屋もそれなりに防音が効いてあるから。勿論他のお友達が一緒でも大丈夫よ。でも、その時は事前に連絡してね。お義母さん、ご馳走を作って待ってるから!」


 あぁ、白崎の奴、ここぞとばかりに勢力を拡大していく!


 いや、悪くはないんだけど。


 悪くはないんだけど!


 なんかこう、魔王軍に蹂躙されている気分だ……。


「あぁ、本当はお夕飯をご馳走してゆっくりお話がしたいのだけど、あまり遅くなると桜ちゃんの親御さんを心配させてしまうわね。今日はこのくらいにしましょう。お義母さん、車でお家まで送っていくわ」

「そんな、悪いですよ」

「いいのよ。未来の嫁と姑の仲じゃない。それに、二人だけで話したい事もあるし。玲児のどこに惚れたのかとか、お義母さん、興味あるわ。玲児、悪いけどテーブルを片付けておいてちょうだいね」

「それはいいけど、あんまり変な事言わないでくれよ……」

「例えば、小学校の中学年までおねしょしてた事とか?」

「や、やめてよ母さん!?」

「えー! 黒川きゅんそんな歳までおねしょしてたの!? がわいいいいいいいい!? お義母様! そういうの、もっと聞きたいです!?」

「ふふ。そこで萌えるとは、桜ちゃんも分かってるじゃない。あなたとは、色々話が合いそうだわ。ダメな子程可愛く見えちゃうのよね」

「そうなんです! この前もプールで――」


 わいわいがやがや、楽しそうに盛り上がりながら二人が出ていく。


 あとには真ん中からくの字に折れた小麦粉塗れのテーブルと可哀想な一人息子が残された。


 ……くすん。


 なんか嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだが。


「……あんなに楽しそうな母さん、初めて見た」


 それだけでも、白崎を連れてきた甲斐はあったというものだ。


 †


「あとお義母様。一つ質問していいですか?」

「えぇ。なんでも聞いてちょうだい。私は桜ちゃんのお義母さんなんだから」

「もしかしてなんですけど。お義母様、Vチューバーやってないですか?」

「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」




――――――――――――――――――――――――――――


 おねしょしていた方はコメント欄にどうぞ。





 一話あたりのボリュームが多かったり、五作品同時連載していたり、先の展開を考えたりで時々更新されない日があるかもしれません。


 続ける気は有りますのでご容赦ください。

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