第49話 我々の業界ではご褒美です
なんて思って廊下をぶらぶらしていたら、向こうから歩いてくる白崎を見つけた。
「お、白崎! 終わったか!」
こいつが戻ってくればあいつらもすぐに元気になるだろう。
そう思うと、俺の声も自然と弾む。
ところがどうだ。白崎はなんだか様子がおかしかった。
期末テストが終わった後みたいにげっそりしている。
そして、俺に気づくと「うぅ……」と涙ぐみ、猛ダッシュでこちらに駆けてきた。
「黒川きゅううううううううううん!」
「おい待て!? 廊下を走るな!?」
俺の制止など聞くはずもなく、白崎はそのまま全力ダッシュで俺の胸に飛び込んだ。
「ふぐぅっ!?」
いや、もはやそれはタックルだから!
俺じゃなかったら悶絶してるぞ!?
ともあれ、避けるわけにもいかないので、俺はガシっと白崎の華奢な身体を受け止める。
「おい白崎? どうした? 生徒会の連中になにかされたの……か……」
だって、あの白崎が半泣きだ。
余程の事があったとしか思えない。
心配になって俺は聞くのだが。
「フンスフンス、スーハースーハー、クンカクンカ、ハフハフ、ふにゃ~……」
俺の胸にギュッと顔を押し付けて、興奮した犬ころみたいに匂いを嗅ぎまくって幸せそうにしている。
なにこれ、怖い。
驚いて硬直する俺の胸に、白崎は猫みたいにぐりぐり頭を擦りつけて言うのである。
「私ね、ものすご~~~く頑張ったの。それでもう、色々ボロボロなの。だから今だけは何も言わないで甘えさせて」
目を潤ませて、クスンと鼻を鳴らす白崎は、いつも通りに美少女だ。
以前の俺なら、だからどうしたと突き離していただろう。
けど、こいつには面倒な事後処理を丸投げしてしまった。
俺だって、辛い事があったら母親の胸で泣きたくなる。
まぁ、それは昔の話だが。
だからと言って、俺なんかの胸で気持ちが安らぐとは思えないのだが、白崎がそうしたいと言うのなら、醜い嫌われ者の胸なんか幾らでも貸してやる。
流石に俺も、それくらいの義理はこいつに感じていた。
「……まぁ、好きにしろよ」
「黒川きゅん……もう! 私がヘロヘロの時に限ってデレるなんてズルすぎだよ! なんか今までの苦労が報われた感じがして、泣けて来ちゃった! という事で遠慮なく。クンカクンカ、スーハ―スーハ―。ん~、グッドスメ~ル」
じ~んと感動したように目をうるうるさせると、白崎は俺の身体に匂い付けでもするように、顔や頭を一層激しくこすり付け、胸板や腋の匂いを嗅ぎまくる。
「って、おい!? 腋をやめろ!? そんな所、臭いだろ!?」
別に俺は一ノ瀬と違って体臭がパワフルな体質ではないと思うのだが。そうは言っても男子なのだ。良い匂いがするわけはない。
「んは、んはんは……臭いわけないでしょ! 大好きな彼ピの匂いなんだから! ていうか、もっと匂って欲しいくらいだし。実は私、臭いフェチなの。アンちゃんくらいキツくても全然オッケー。す~~~~~、ぷぁ~。生き返る~」
「やめろって!? 深呼吸するな! 恥ずかしいから!」
こんな半端な時間に旧校舎の端っこの廊下を歩いている奴なんかほとんどいない。
つまり、少しはいるわけで。
そいつらがぎょっとして、ヤバい! みなかった事にしよう! みたいな顔で回れ右をするもんだから、俺は顔から火が出る程恥ずかしくなった。
「やぁだぁ! もうっちょっとだけご褒美欲しいよぉ~!」
甘えた声で顔を擦りつけられ、俺はほとほと困ってしまった。
どういわけか、俺はこれくらいの事では以前のようにブスだのバカだの言えなくなってしまっていた。
多分、小暮先輩の事が尾を引いているのだろう。考えなしに放った暴言で、彼女を深く傷つけてしまった。そのせいで小暮先輩は、危うくカスみたいな大人にレイプされる所だったのだ。
俺は俺で、その事を一晩反省していた。
これまで俺は、他人と関わるのが嫌でずっと嫌な奴を演じてきた。その為に、沢山の言葉の暴力を振るってきた。今になって思うと、なんて酷い事をしたのだろうと思う。中には純粋にボッチの俺を気遣って声をかけてきた奴だって居たのだ。
俺のしてきた事はただの八つ当たりで、クソッタレの不良共と大差なかったんじゃないか?
そんな風に思えて、自分の事が恥ずかしくなった。
それにだ。
こんな事を思うのはズルいのかもしれないが、こうして白崎に胸を貸していると、俺みたいなどうしようもない人間にも、ちょっとくらいは価値があるんじゃないかと思えて嬉しい。
勿論そんなのは、見当違いの思い上がりなのだが。
だから俺は、好きなだけ白崎に頭ぐりぐり、臭いくんくんをさせてやろうと思ったのだが……。
やっぱり無理だ! 恥ずかしい!
俺は醜い嫌われ者で、ボッチの童貞男なのだ!
学校一の美少女とのべたべたなんか、荷が重すぎる!
「も、もういいだろ白崎!? ご褒美が欲しいなら、別のを用意してやるから!」
焦った俺は、考えなしに言ってしまった。
「別のご褒美!? なになに!」
現金な白崎は、ぱぁ~っと笑顔になって顔を上げる。
こんな顔を見せられたら後には引けない。
「い、いや、その、特になにか考えてたわけじゃないんだけど……。その、なんだ。一ノ瀬達も落ち込んでるみたいだしさ。前みたいに、みんなで遊びに出かけたら元気が出るんじゃないかと思ったんだけど……。そんなのはご褒美とは言わないよな……」
あぁもう! 俺はバカか!? 俺と遊ぶのがご褒美だろ? って、そんな勘違いした俺様男みたいな事を言いたかったわけじゃないんだ!
ただ、なにも思いつかなかったのだ。他人と関わってこなかった報いだろう。こんな時、どうしたらいいのか全然分からない。それに、俺は今まで白崎の事を全く見ようとしてこなかったし、考えないようにしてきたのだ。
学校一の美少女は、直視するにはあまりにも眩しすぎるから。だから、何をしたらこいつが喜ぶのか、まったく分からなかった。
本当、俺って最低な男だな……。
なんて落ち込む俺とは対照的に、白崎はぶんぶんと激しく首を横に振る。
「そんな事ないよ! むしろその言葉を待ってたって言うか、一番のご褒美って言うか! つまり黒川きゅん、今度は私の行きたい所、どこでも付き合ってくれるって事でしょ?」
いや、そこまでの事は全然考えてなかったのだが。
「……まぁ、多分、そんな感じだと思うけど」
白崎がそれでいいなら、俺は別に構わない。
……いや、勿論外出には抵抗があるのだが、我慢して付き合ってやる義理はあるという事だ。
ダブルデートがそうだったように、行ったらなんだかんだ楽しいのだろうし。
「……でも、出来れば一ノ瀬達も楽しめる場所だといいんだけど……」
「私海がいい!」
俺の話を聞いていたのか、白崎は目をキラキラさせて言うのである。
……どうしよう。
……俺、泳げないんだよなぁ……。
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泳げない方はコメント欄にどうぞ。
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