第27話 あ。私、分かっちゃった。

「という訳で、安藤君恋愛応援緊急対策本部を設立します!」

「いぇ~い!」


 クソビッチツインズが盛り上がる。


「勝手にやってろ。俺は帰るからな」


 アホらしい。付き合ってられるか!


「待ってください!」

「待たねぇよ! 大体、俺はお前の期待するチートパワーなんか持ってねぇんだ! いた所でなんの役にもたたねぇだろうが!」


 そうでなくとも恋愛経験皆無の俺だぞ? 

 力になれる事なんて一つもない。そもそもなる気もないが。


「そんな事ありません! だって黒川先輩は普通に白崎先輩達を彼女にしたんですよね? それって悪魔の力を持ってるよりもすごい事ですよ! 是非僕に、モテる男の秘訣を伝授してください!」


 ……なるほど、そうなるのか。

 つまり、どっちに転ぼうが俺は詰んでると?

 白崎の奴、これが狙いだったに違いない。


「ここで安藤君を助けてあげれば、黒川君がミラクルパワーで私達を無理やり恋人にしてるって噂も少しは払拭できるかもしれないでしょ? 上手くいけば黒川君のイメージアップにも繋がって一石二鳥! だからさぁ、助けてあげようよ」


 ご機嫌取りをするような声で白崎は言う。

 なにがイメージアップだ馬鹿馬鹿しい。


 良い奴なんて所詮、でしかない。そんな風に思われたら、それこそ都合よく面倒事を押し付けられ、食い物にされるだけだ。そして舐められ、地獄行きだ。


「その顔。また変な事考えてるでしょ」

「考えてねぇよ」

「嘘。私には分かるんだから。黒川君になにがあったのか知らないけど、無理して嫌われ者でいるより、普通に良い人になって人から好かれた方が楽しいと思うけど」

「うるせぇ。勝手に決めつけんな」


 吐き捨てると俺は席に戻った。


「あれ? 協力してくれるの?」


 白崎がキョトンとする。


「嫌だって言ってもどうせ無駄だろ。面倒臭ぇが、安藤にモテる男のイロハって奴を教えてやるよ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」


 安藤は飛び上がって喜ぶが、勿論そんなのは嘘っぱちだ。というか、モテる男のイロハなんか知るわけがない。けど、断った所で白崎の屁理屈に丸め込まれるだけだ。だったら素直に協力した方がマシだろう。


 どうせ俺のアドバイスなんか聞いたところで安藤の告白が上手くいくとは思えない。だから普通に失敗して、俺なんかを頼ってしまった事を死ぬほど後悔するはずだ。で、俺の場合悪い噂は光の速さで広まるから、二度と安藤のような馬鹿が現れる事はなくなるだろう。


 安藤の恋? 知った事か! 大体、俺は散々嫌だと断ったのだ。その上でどうしてもというのなら、勝手にしろ! それで失敗しても俺の責任じゃないし、そもそも自分の色恋沙汰を他人に委ねようという考えが間違っている。そんなもん、自己責任だろ!


 しいて誰かが悪いというのなら、この状況を作った白崎が悪い。

 どうなったって俺は無罪だ!

 そんな心地で開き直った俺を見て、一ノ瀬がぷっ吹き出す。


「黒川がモテる男のイロハね……く、くふふ、やべ、ツボるんだけど」

「ふふ、あはは、もう! アンちゃん、笑ったらダメだってば!」


 忌々しいクソビッチツインズめ……。

 一緒になって笑いながら、白崎が俺に耳打ちする。


「心配しないでね。私も安藤君の話を聞いて、いい感じにアドバイスするから。黒川君は適当に合わせてくれれば大丈夫だよ」

「うるせぇ。お前のアドバイスなんかこれっぽっちも必要ないんだよ!」


 白崎のアドバイスなんか聞いたらどんな目にあわされるか分かったものじゃない。

 それに俺は、これ以上ふざけた茶番に付き合う気もない。


「それでですね、黒川先輩。僕の好きな部長の話なんですけど――」

「今すぐ告ってこい」

「……え。告ってこいって、黒川先輩、僕まだ、相手がどんな人かも話してないんですけど……」

「必要ない。部長と付き合いたいんだろ? なら、つべこべ言わずに言う通りにしろ」

「で、でも……」

「あぁ? 安藤。てめぇがどうしてもって言うからアドバイスしてやったんだろうが。疑うんなら最初から頼るんじゃねぇ!」

「ひ、す、すみません!」


 まぁ、安藤が疑うのは当然だ。こんな無茶苦茶なアドバイス、従う方がどうかしている。これで諦めるならそれでいい。馬鹿正直に従う馬鹿ならお前が悪い。俺は最後のチャンスをやったからな!


「いや、待てって黒川! いくらなんでもそれはないだろ!」


 空気の読めない一ノ瀬が食って掛かる。

 アホが。そもそも俺にまともなアドバイスが出来るわけないだろうが!

 無理言って諦めさせた方が安藤の為だっての!

 ところがだ。


「私も黒川君の言う通りだと思う!」


 性悪悪魔の白崎が乗ってきやがった。

 余計な事を!


「桜まで!? なに言っちゃってんの!?」


 一ノ瀬が愕然とする。こうなったらお前だけが頼りだ! 

 頼むからこの面白半分の性悪女を止めてくれ!


「……わかりました。僕、告白します」

「「はぁ!?」」


 思わず一ノ瀬とハモる。

 なんだか悟った顔をしているが、俺にはさっぱりわからんぞ!?


「確かに黒川先輩の言う通りです。僕は先輩に助けて欲しくて声をかけたんです。それで助言を貰って信じないんじゃ失礼ですよ! なんでそんな事言うのか分かりませんけど、黒川先輩は現に白崎先輩と一ノ瀬先輩を彼女にしてるし……うん! とにかく僕は、黒川先輩を信じる事に決めました!」


 キラキラと眩いばかりの純粋さで目を輝かせて安藤は言う。

 だめだこいつ! 完全に考える事を放棄してやがる!


「いや、待て。俺の顔をよく見て、もう一度ちゃんと考えてみろ!」

「そうだって! 早まっちゃだめだから! こいつの顔のどこにモテる要素があるし!」


 一ノ瀬のデブは後で殴る。でも、その通りだ。

 誰が見てもモテそうにない、邪悪で不気味で凶悪な顔だろうが! 

 どこに信じる余地があるんだよ!?


「確かに黒川先輩は悪魔顔です。悪魔が人間の皮を被ろうとして失敗したようにしか見えません。どこをどう見たってモテる要素なんか一ミリも――いだぁ!? なんで殴るんですか!?」

「逆に聞くが、なんで殴られないと思った?」


 こいつ、本当は俺の事舐めてるだろ?


「と、ともかくですよ。そんな黒川先輩が、なんとただの人間で、普通に白崎先輩や一ノ瀬先輩と付き合ってるんですよ? もうそれだけで信じる価値があるじゃないですか! 言わば黒川先輩は、僕みたいな冴えない非モテ男子の希望なんです! 黒川先輩でも白崎先輩達と付き合えるんなら、僕だって部長と付き合えるかもしれない! ていうか、付き合えなきゃおかしいじゃないですか――いだぁ!? だから、なんで殴るんですか!?」

「いや本当、なんで殴られないと思うんだ?」


 こいつ、マジで俺の事舐めてるだろ?


「まぁでも、安藤の言う通りかも。黒川でも桜と付き合えたんだって思ったら、多少の無理はどうにかなるような気がしてきたし……」

「よし一ノ瀬表出ろ。今日こそ決着つけてやる」

「はぁ? 上等だし。あたしが勝ったら桜貰うから――ぎゃああああああ!? 取って!? 取ってええええええええ!?」


 白崎に首の後ろから虫の玩具を入れられて一ノ瀬がひっくり返る。

 一ノ瀬と喧嘩するフリをしてバックレてやろうかと思っていたのに、余計な事をしやがって!

 しかも白崎の奴、何事もなかったかのように安藤と話しだすし。


「安藤君の言う通りだよ。私みたいな美少女だって、黒川君みたいな人を好きになっちゃう事はあるの。ていうかね、学校一の美少女の立場から言わせて貰うと、男の人が気にしてる見た目の話なんか、結構どうでもいいんだよ? そりゃ、見た目を気にする女の子もいるだろうけど、あたしはそういうの全然ピンとこないし。むしろ、ビビってくるかの方が大事。それで、一緒にいるとワクワクして、楽しくて、苦しくて、切なくて、でも好きで……そんな気持ちにさせてくれるかって事の方が大事なの。あとはギャップが沢山あって弱い癖に強がりで、意地っ張りで天邪鬼で可愛くて――」

「だぁ! 余計な事を言うんじゃねぇ!」

「し、白崎先輩?」


 安藤もドン引きだ。

 てか、自然に俺の恥部をバラしてんじゃねぇ!


「とにかく! 安藤君が自分の事をどう思ってるかなんて、全然関係ないって事! だから告白しよう! それでだめならまた告白! 相手が折れるまでアタックし続ければ絶対に成功する、恋愛の必勝法だよ!」

「……諦めたらそこで失恋、ですね?」

「そういう事!」


 ハツラツの笑顔で白崎がブイサインを掲げる。

 安藤は力強く頷くと、ハッとして青ざめた。


「……え? でも、今の話だと、白崎先輩の方が黒川先輩を好きになったって事ですか!?」

「そうだよ? ていうか、ずっとそう言ってなかったっけ?」

「そ、そうですけど……」


 安藤が信じられないという顔で俺の顔をチラチラ見る。

 拳を構えたら「ひぃっ!?」と言って目を背けたが。


「と、とにかく僕! 先輩に告白してきます! 黒川先輩、白崎先輩、一ノ瀬先輩! 今日は本当に、ありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げ、安藤が部室を飛び出して行く。


「おい! 安藤! 早まるんじゃ……」


 行ってしまった。

 てか、部長は塾じゃなかったのか?

 まさか、乗り込むつもりじゃないだろうな……。


「……おい白崎。お前、どういうつもりだよ!」


 ギャン泣きする一ノ瀬は無視して、白崎を睨みつける。

 俺をからかうだけじゃ飽き足らず、純粋な一年まで巻き込みやがって。

 そこまでして俺をおちょくりたいのか?


「安藤君が心配?」


 何の心配もいらないとばかりに、白崎がニッコリと俺に笑いかける。

 こいつには人の心がないのか?


「……なわけねぇだろ。あんな奴、どうなろうが知った事かよ」


 そうとも。安藤なんか所詮は赤の他人だ。今日会ったばかりだし、物凄く失礼でムカつくクソ生意気な一年坊主だ。俺が心配しなければいけない理由など、一つもない。

 ……ないはずなのだ。


 それなのに、俺の中にはいまだに人の心が残っていて、したくもない心配をしてしまう。

 あのバカな一年が惨めに振られる所を想像して、心が痛いんでしまうのだ。

 こんな心なんか、取り出して捨ててしまいたい。

 そうすれば俺は、もっと楽に生きられるのに。


「大丈夫だよ。きっと上手くいくから」


 まるでそうなる事を知っているみたいに白崎が断言する。

 勿論そんな筈はない。きっと、どうでもいいと思っているだけだ。

 そうでなければ、こんな態度は取れはしない。

 それでも俺は聞いてしまう。

 この胸の疚しさを少しでも軽くしたくて。


「……なんでそんな事が言えるんだよ」

「さーて。なんででしょうか?」


 悪戯っぽくはぐらかされ、俺はムカついて鼻を鳴らした。

 白崎に期待した俺がバカだった。

 俺をおちょくる為に、はったりを言っただけなのだろう。

 本当に嫌な女だ。


「もう、すぐ怒っちゃうんだから。ヒントはね、私にはお友達が沢山いて、色んな子の恋バナが入ってくるって事」


 ちょんちょんと白崎が小さな耳を指で弾く。

 そんな事を言われても、なんの事やらという感じだが。

 気になるが、白崎に答えを乞う気にはなれない。


「もう、本当に意地っ張りなんだから」


 それが楽しい事であるかのように言うと、白崎は床でぐずっている一ノ瀬を起こした。


「ほらアンちゃん。いつまでも泣いてないで、私達も帰るよ?」

「だっでええええ! 桜があだじの背中にむしのおぼぢゃいれるんだもおおおおおおん!」

「それはアンちゃんが悪いから反省して。でもごめんね」

「うん! あだぢ、はんぜいずる!」


 白崎に頭を撫でられ、一ノ瀬はあっさり機嫌を直した。

 ……こいつ、白崎に構って欲しくて泣いてただろ……。

 ともかく、こうなってしまってはどうにもならない。

 精々、ひどい振られ方をしないように祈ってやるだけだ。


 †

 

 その夜のゲームの時間。

 俺は白崎から、安藤の告白が成功した事を知らされた。


「ね、言ったでしょ。だから心配ないって」

「……うるせぇ。そんなもん、たまたまだろ」


 胸のつかえが取れて俺はホッとした。

 忌々しいが、心という奴は俺の意思ではどうにもならないのだ。

 ……立派な嫌われ者になれるように、もっと精進しなければ。


「相手が誰か気になる?」


 意味深に白崎は言う。


「……別に」

「じゃ、教えてあーげない」


 白崎はケラケラ笑うと、やはり意味深に言うのだ。


「でも、すぐにわかるんじゃないかな?」


 どういう意味かなんて聞いてやらない。

 そんな事をしたら、白崎の思うツボだ。


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