2.過去と想い

私、七瀬心逢ななせここあがいる七瀬家は父親の仕事の為に二度か引っ越しをしてきました。1度目は小学の四年生で、二度目は高校進学と共に再びこの街に戻ってきました。


 この街から離れる前は普通に暮らしていました。母と散歩に行ったり、遊んだり。仕事が忙しい父は滅多に家に帰る事がなく、遊んだりして私に構ってくれるようなことはほぼありませんでした。


 しかし、私の誕生日やクリスマスには帰ってきて一緒にお祝いをしてくれました。日常的に父と接することが少なかったけど、実父とは別の父親的存在がいました。


 街にある喫茶店のオーナーさんです。オーナーさんと仲が良かった父は私の面倒を見てほしいとお願いしていました。


 「すまない、この子を少し見ていて欲しい」

 「お前も忙しいのだろう、安心しろ。任せな」

 「よろしく頼む」



 父が家にいない間は母に育てられたながら、喫茶店でに遊びにいくことが多かったです。


 母と喧嘩して、喫茶店に逃げ込んで来た時にはオーナーさんが甘いココアを出してくれました。


 「大丈夫だよ。安心しなさい」

 「仲直りのおまじないをかけてあげよう」


 優しい声で話をしてくれるオーナーさんの傍とお店はとても心地よかったです。そして、そんな私と遊んでくれる友達がいました。オーナーさんの息子さんで"まきちゃん"です。


 同い年ということもあってすぐに仲良くなりました。時には喧嘩してぽかぽかと殴り合ったり、公園にいって遊んだり、オーナーさんに一緒に怒られたりしました。


 オーナーさんとまきちゃんのおかげで、とても楽しい充実した毎日を送れました。


 しかし、お父さんの仕事の都合で家族で引っ越すことになりました。それを知ったのは引っ越す前日でした。どうやら、最後まで楽しく過ごしてほしかったそうでギリギリまで言わなかったみたいでした。


 オーナーさんとまきちゃんに「さようなら」も言えずに次の日に引っ越すことになりました。幸い引っ越した先で友達もできて寂しい日々は送らずにすみましたが、再びこの街に戻るということで私はそれがとてもうれしかったです。


 お礼も出来ずにこの街を去ってしまったのとオーナーさんとまきちゃんに何も言わずにさようならしてしまったのが心残りだったので、高校生になって戻ってきた私はそれを果たすために戻ってきました。



**************



「……というわけです」

「そうだったんだ…」


 店の外で店内を覗いていた挙動不審の七瀬を店内に招き話を聞いていた。その話に槙斗は驚きつつも、その話の中の一つに悩みを抱いた。


「それにしても七瀬さんって槙斗の幼馴染だったんだな、なぁ、まきちゃん?」

「?!」

「まきちゃんがこんな可愛い子と遊んでたなんて羨ましいよ、いいなぁ、まきちゃん」

「…おい、いい加減にその呼び方やめないとぶん殴るぞ!」

「可愛いんだからいいじゃん、まきt…ぃっつ!」


 まきちゃん呼びを辞めない涼太を取り敢えずぶん殴って黙らす。槙斗は普段慣れてない呼び方にもどかしさを憶えた。そんなやりとりをしていると七瀬がポカンと口をあけて呆けてしまっていた。


「話遮っちゃって悪いな。申し訳ないんだけど、あんまり昔のことを覚えてなくてな。誰かと一緒に遊んでたっていう記憶はあるんだが、その子が七瀬さんだったということは覚えてなくて、すまん!」

「私も遊んでもらったというより、自分が強引に振り回したところがあるので、・・・・・・すみません」

「しかし、七瀬さんはよく覚えてたな。まきty・・・槙斗があんまり覚えてないのに」

「えっと、その、家庭の事情とかあってお世話になっていたことが印象深かったのもあるんですが、約束したあのk・・・・・・!」

「「約束?」」

「・・・いえ、なんでもないです!」

「俺、七瀬さんとなんか約束してた?もしかして忘れてる?」

「大丈夫です、・・・・・・今は」

「今は?!」


 槙斗は過去に何を約束したのか憶えてないことに後悔を抱いた。七瀬はその約束を憶えているようで、しかし聞いても「内緒です」と答えてはもらえなかった。さらに七瀬の顔はほんのりと赤くなっていることかな気づいた槙斗は全力で後悔をした。


 なんとか思い出そうとしても小さい頃の記憶が曖昧なので簡単には出てこない。槙斗は何か約束する時は書き留めるかしっかり記憶に焼き付けようと決意した。


「あっ、そういえばオーナーさんはいますか?久しぶりなので挨拶をしたいのですけど」

「・・・っ!」


 七瀬からの話を聞いて抱いていた悩みというのは既に父が亡くなってしまっていることである。片桐家と七瀬家が関わりがあったのなら亡くなってしまったことは伝わっているはずなのだが。


 (七瀬さんのお父さんが技と伝えていない?それとも知らない?)


 どちらにせよ七瀬さんが知らないのは事実であった。ショックを受けてしまうだろうが伝えなければならない。


「その・・・、父さんは六年前に事故で亡くなってしまったんだ。もうここにはいないんだ」

「・・・・・・!」


 小さい頃からお世話になっている七瀬にとって父親的存在だった槙斗の父の死は相当ショックを受けるだろう。


「・・・そうですか。手を合わせたいのですが大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。でも、今は店開けてるから夜まで待ってくれるか?」

「あっ、分かりました」


 取り敢えず、店も営業中なので閉めるまで待ってもらうことにした。意外だったのは訃報を聞いてあまり驚かなかず、取り乱すことも無かったということ。既に知っていたような反応だった気がした。


 20時閉店なためかなりの時間を待ってもらうことになってしまうが、その間七瀬は客席で待って来れていた。


 「何か飲む?」と聞くと「・・・ココアをお願い」と返した。ココアを飲みながら待つ姿は昔を思い出しているのか、とても悲しく寂しそうな雰囲気を漂わせていた。





 20時になったので店を閉める。涼太には悪いが帰ってもらうことにした。涼太も分かってくれたらしく素直に帰宅してくれた。


「積もる話もあるだろうから帰るよ」

「悪いな、明日も宜しく」

「あぁ。そういえば明日は来るんだっけ?」

「さっき明日少し遅れるってメールが来た」

「了解、じゃあまた明日な」

「あぁ、またな」


 店の電気を消し、七瀬を連れて店の奥に行く。喫茶店へのリフォーム時に二階への階段を移動している。本当は現在の店の入り口付近にあったのだ。都度思うのは何故別の土地を買って店を建てなかったことだが、萌央は教えてくれはしない。


 二階へあがると、部屋の電気が付いていた。この時間ならまだ寝ているはずなのだが、起きているのだろうか。


 部屋のドアから覗くと電気を付けたまま寝ていた。電気の無駄づかいなので電気を消すと、七瀬が話しかけてきた。


「・・・今の、お母さん?小さい時に見た姿とあんまり変わってないですね」

「そうか?結構変わってると思うぞ」


 やはり接客をする以上若づくりはするらしい。槙斗からすれば毎日のように見ているので微妙に増えた小皺はよく分かる。


 そんなことを喋りながら更に奥の部屋へ向かう。そこには小さいが片桐朝一の仏壇が置いてある。墓はここからかなり離れたところ、朝一の地元に建てられている。


「ありがとうございます。手を合わさせもらいますね」

「あぁ、どうぞ。・・・それじゃあ俺も一緒にさせて貰おうかな」


 二人で線香に火をともして、目を瞑り合掌をする。槙斗が目を開けると七瀬はまだ目を瞑ったままでいた。昔の事を再び思い出しているのだろう。朝一のことを萌央と槙斗と同じくらい想っている人がいるとしたら七瀬ぐらいだろうか。


 七瀬が目を開けて、「ありがとうございます」と再び言ったその顔には涙が伝っていた。


「実は、オーナーさんが亡くなっていたのは既に知っていました。父が夜部屋で電話しているのを聞いたんです。私はこうして手を合わせるまで信じられなかったんです」


 徐々に大きくなっていく涙を流す七瀬を見ていられなかった槙斗は

七瀬を覆うように抱きついた。


「大丈夫。父さんは今でも天国で七瀬さんを覚えてるし、その日々を楽しかったと思っているはずだ。こうして大きくなった七瀬さんを見られて良かったはずだよ」

「・・・そうだと、いい、です」


 ぐすっぐすっと泣く姿は子供のようで、どこか懐かしいものだった。小さい頃に泣いていた七瀬を槙斗が慰めていたように。それを思い出した、槙斗は更に手の中の七瀬をぎゅっと抱きしめた。



 数十分ほど泣いていた七瀬は槙斗の手を離れた。涙を拭った七瀬は落ち着いたものに変わっていた。電話の話を聞いてしまった時から今までずっと払拭しきれなかった思いが、少しばかりすっきりできたのかも知れない。


 夜も暗くなり余り遅くなってしまっては危ないので、話はまた明日ということになった。七瀬がここでバイトをするにも母の萌央に話を通さなければならないからだ。


 七瀬を見送るために部屋を出ると萌央が廊下を歩いていた。トイレに行く途中であろう萌央は槙斗たち二人に気づいたようで顔をくるっと向けた。


「・・・あれっ、槙斗じゃん。今日大丈夫だった?」

「涼太と二人だけだったけど、なんとかなったよ」

「それなら良かった。もう一人ぐらい雇おうかし・・・・・・ん?後ろにいるのは・・・」


 七瀬の存在に結構時間をかけた萌央は寝起きだからか反応が悪かった。萌央は七瀬の顔見て「どこかで見たよな?」と呟きながら頭を唸らせる。


 おそらく覚えてないというか、小さい頃から成長しているので分からないだろうと思い名前を言おうとすると、気づいて驚いたのかビックリしていた。


「もしかして、うちに昔よく遊びに来てた心逢ちゃん?昔と変わりすぎてて分からなかったよ」

「その節はどうもありがとうございましゅっ・・・!」


 久しぶり過ぎて興奮と興味深々な萌央は七瀬の頬を摘んでいた。そして、ジッと七瀬を見回しだしたので槙斗はチョップをお見舞いした。


「母さん、そんくらいにして。七瀬さんが困ってるだろ」

「いいじゃない、久しぶりなんだから。こんなに可愛くなっちゃって。この街に帰ってきてたのね、知らなかったわ」

「今年の春からだって」

「そうなの。それにしても二人ともどうしてここに?」

「手を合わせたかったんだってさ」

「・・・!七瀬さんありがとうね。朝一も喜んでいるはずよ」

「いえ、こちらこそありがとうございます」


 七瀬がお辞儀をすると萌央が頭に手を掛け撫で始めた。


「心逢ちゃんは朝一にとって娘の様に可愛がっていたのよ。また顔を見せに来てくれるかしら?」

「はい、何度でも」

「それなんだが、七瀬さんがここで働きたいらしいんだが大丈夫か?」

「あら、そうなの?丁度もう一人ぐらい増やそうと思っていたのよ、助かるわ」


 即採用が決まったので、七瀬の顔がパァッと嬉しそうに輝いていた。書類など制服などは明日渡すことになったので、七瀬を見送ることにした。俺も家に帰る準備をして店を出た。


 帰路に着く七瀬を見送り槙斗も歩き出すと、七瀬が話かけてきたので振り向いくと満面の笑みで、


「今日はありがとうございました」


 そう言うと再び、七瀬は前を向いて歩き出した。


 槙斗はそんな七瀬の顔を見て、昔の記憶が頭をよぎった。


 (私、大きくなったら・・・・・・)


 微妙に思い出せないもどかしさに頭を抱えつつ、明日からの日々にいっそう楽しみに思うのであった。

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